仕事の視野を広げるには読書が一番だ。書籍のハイライトを3000字で紹介するサービス「SERENDIP」から、プレジデントオンライン向けの特選記事を紹介しよう。今回取り上げるのは成田奈緒子著『「発達障害」と間違われる子どもたち』(青春新書インテリジェンス)――。

■イントロダクション

少し前から「発達障害」「グレーゾーン」といった言葉が巷間で取りざたされるようになった。幼少期に問題となることが多いが、社会に出てから発達障害と診断されたり、疑われたりするケースもあり注目されているようだ。

実際、発達障害とされる子どもの数は年々増え続けているというが、それはなぜなのか。

本書では、数値上の発達障害児が増加している社会背景を説明しながら、発達障害の診断がついていないのに似たような症候を示す「発達障害もどき」が増えている可能性を指摘。

発達障害もどきとみられる子どもは、生活リズムの乱れから脳機能のバランスが崩れ、問題行動へとつながっている場合があるとし、そうした状態から抜け出すための脳の育て方を提示している。

著者は小児科医で文教大学教育学部特別支援教育専修教授。医学博士。発達障害、不登校、引きこもりなどの不安や悩みを抱える親子・当事者の支援事業「子育て科学アクシス」を主催している。『高学歴親という病』(講談社)など多数の著書がある。

はじめに 子どもの「発達障害」を疑う前に知ってほしいこと
1.「発達障害と間違われる子」が増えている
2.「発達障害もどき」から抜け出す方法
3.睡眠が子どもの脳を変える
4.親と先生のスムーズな連携が、子どもを伸ばす
5.子育ての目標は「立派な原始人」を育てること

■“発達障害疑い”の子どもが増えた背景は「文科省の調査」

近年「発達障害と呼ばれる子どもが劇的に増えている」といわれています。2006年の時点では、発達障害の児童数は約7000人でしたが、2019年には7万人を、2020年には9万人を超えました。途中から調査対象が広がったことを踏まえても、数字だけ見ると13年(2006〜2019年)で10倍に増えていることになります。

多くの子どもたちが発達障害を疑われている背景にあるものをお話していきましょう。文科省は2000年に「21世紀の特殊教育の在り方に関する調査研究協力者会議」を行いました。その最終報告で、会議に集まった研究者たちが「通常学級にいる特別な教育的支援を必要とする児童生徒に積極的に対応することが必要」という意見を出したのです。これを受け、2002年に「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査」が行われました。

この調査は、小中学校の通常学級の中に発達障害の芽を持つ、特別な支援が必要な子どもがどのくらいいるのかを把握するため、教員に対してアンケートをとるかたちでおこなわれたのです。この結果、通常学級の中には6.3%、人数にして2〜3名(40名学級の場合)もの「特別な支援を必要とする児童生徒」がいることが明らかになりました。

写真=iStock.com/StockPlanets
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/StockPlanets

■「この子も、発達障害なのかもしれない」と思う教師や親

発達障害の可能性のある子どもが6.3%いるという数字が出たことで、発達障害という言葉と概念は急激に日本の教育現場に広がりました。ただ、これらの調査は、発達障害を診断できる専門家が行ったものではありません。学校現場にいる教師が児童の言動を評価するかたちで行われたものであり、明確な診断基準に照らし合わせて行われたものではないのです。それなのにこの数字は、発達障害の子どもの「本当の在籍率」を示しているかのように広がっていったといえるのです。

教師や親御さんの子どもを見る目の中に「発達障害」という選択肢が1つ追加されたことにより、「この子も、発達障害なのかもしれない」と思う方が劇的に増えたのも事実です。先生の話を無視して歩き回る子、みんなと同じ行動ができない子、すごく不器用な子……。これまでは、少し手がかかるだけと思われていた子どもたちが、発達障害という枠に当てはめられるケースも現実には増えたように思います。

写真=iStock.com/west
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/west

■「発達障害のような」行動をする4歳のAちゃん

学校などから「発達障害では?」と指摘されて、私のところに相談にくる事例の中には、医学的には発達障害の診断がつかない例も数多く含まれています。私はそのような例を「発達障害もどき」と呼んでいます。発達障害もどきとは何かを大まかにお伝えすると、「発達障害の診断がつかないのに、発達障害と見分けのつかない症候を示している状態」を指します。これは、私が診療を通して出会った子どもたちの症候を見る中でつくった言葉で、そういった診断名があるわけではないことを、ご注意ください。

発達障害は「先天的な脳の機能障害」と定義されるため、診断のためには「生まれたときからの成育歴」を聞き、それを診断基準に照らし合わせる必要があるのですが、成育歴にまったく問題はなくてもあたかも「発達障害のような」行動(*落ち着きがない、集団生活に対応できない、衝動性が高いなど)が見られる子どもがいます。このような子どもたちによく見られるのが、生活リズムの乱れです。

Aちゃんは当時4歳の女の子でした。偏食がひどく、お友達を叩いたり暴言を吐いたりするなど、発達障害でみられる問題行動が幼稚園で観察されていました。Aちゃんのご家庭では、お父さんが帰ってくるのがいつも23時頃だったそうです。なので、なんとAちゃんとお母さんはお父さんが帰る夜中まで起きて帰りを待っていたのです。就寝は夜中の2時くらい。当然、Aちゃんは朝、スムーズに起きられません。

■生活リズムを立て直すだけで「気になる言動」が消えた

私は、そういった生活の話を聞いた上で、Aちゃんのお母さんに父親の帰りを待っていないで早く寝て、Aちゃんを朝7時には起こすことが大切だと話したところ、お母さんも納得して、生活の立て直しを実践してくれたのです。生活を変えてからというもの、Aちゃんにはさまざまな変化が起きました。

夜8時には眠くなって寝つくようになったのです。さらに、朝ごはんもきちんと食べるようになり、幼稚園でもそれまでは自分から友達の輪に加わることがなかったのが、自分から仲間に入り、コミュニケーションを楽しめるようになったそうです。友だちとのトラブルもなくなり、落ち着いて字まで書けるようになり、何をするにも集中できるようになったとのこと。生活リズムを立て直すだけで、Aちゃんの気になる言動がみるみる消えていったのです。

写真=iStock.com/kuppa_rock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

■「からだの脳」が育っていない子は勘違いされやすい

人間の脳は生まれてから約18年をかけて、さまざまな機能を獲得しながら発達していきます。そして脳の発達する順番はどんな人でも同じです。まず最初に発達するのが、脳の一番中心にある「からだの脳」、その次が大脳にある「おりこうさん脳」、最後に育つのが前頭葉にある「こころの脳」。

からだの脳は、脳幹や間脳、小脳、扁桃体にあたる部分で、人が自然界で生きるのに欠かせない機能を担っています。おりこうさん脳とはからだの脳を覆っているしわしわの部分で、この脳の働きにより言葉を獲得し、話すことができます。こころの脳は人を思いやって行動することなど、まさに「人らしい能力」をつかさどる部位です。

脳の発達を「家づくり」にたとえてみましょう。家全体を支える1階が、からだの脳です。からだの上に乗る2階はおりこうさん脳。からだの脳とおりこうさん脳をつなぐ階段の役割を果たすのが、こころの脳です。社会で生きていくために必要な力(相互コミュニケーション力など)、発達障害の人が苦手とする力は、からだの脳の上に建った2階の部分、または階段部分にあります。

そして、土台となるからだの脳ができていないと、おりこうさん脳とこころの脳は、しっかりとそこに在ることはできません。脳のバランスが崩れた結果、「落ち着きがない」「集団行動ができない」「ミスや忘れ物が多い」などの行動が出たり、学校生活などがうまくいかなくなることは多々あります。実は、これらの行動が発達障害で現れる症候によく似ているので、からだの脳が育っていない子は、「発達障害」と勘違いされてしまうことも往々にしてあるのです。

■子育てで大切なのは「子どもを立派な原始人にすること」

成田奈緒子『「発達障害」と間違われる子どもたち』(青春新書インテリジェンス)

発達障害もどきでも、そうでなくても、すべての子どもを育てる上で大切なことは共通しています。それは、「子どもを立派な原始人にすること」です。脳の中で一番に育てるべきは「寝る・食べる・動く」をつかさどり、生きるために欠かせない働きをするからだの脳です。からだの脳を育てるためには、早起きをし、しっかり食べ、よく寝ることをくり返すのが大事ですが、「日が昇ったら起きて、生きるためにしっかり食べて、日が沈んだら身を守るために安全な場所ですぐ眠る」これは、まさに原始人の生活と同じです。

からだの脳を育てる暮らしは、自然界で生き延びる原始人の暮らしと同じなのです。からだの脳には、危険が迫ったときに指令を出し、そこから逃げるという働きもあります。おりこうさん脳が発達していて、高度な計算ができ、何カ国語もの言葉をしゃべれたとしても、からだの脳が育っていなければ「自分が今、危険ではないか、逃げるべきか逃げないべきか」の判断は、できません。この判断ができなければ、人は死にます。原始人の生活で培えるのは、自分の命を守り、生きていくためのスキルなのです。

※「*」がついた注および補足はダイジェスト作成者によるもの

■コメントby SERENDIP

本書の中で、近年は子どもに限らず大人も「逃げる」ことができなくなっていると著者は示唆している。例えば過労死は、寝る暇も食べる暇もない状況から逃げ出すという判断ができなくなっているのだが、これは命を守る「からだの脳」がうまく機能していないためだという。脳を育てる一番のものは「睡眠」だと著者は強調するが、子どもの睡眠不足も大人と同様に命に関わると重く受け止めるべきなのだろう。発達障害と疑われる子どもが増えていることは、現代の子どもが穏やかに眠れない環境にあるという一つのSOSなのかもしれない。

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