トム・クルーズの来日予定がキャンセルされるなど、ストライキの影響は広がっている(筆者撮影)

ハリウッド俳優のストライキが、ついに始まってしまった。5月2日に始まった脚本家のストライキのせいで、すでに多くの作品の撮影が止まっていたが、出来上がった脚本で進めていたものも、もはや中止せざるを得なくなった。

トム・クルーズの来日キャンセルにも見られるように、ストライキ中、俳優は、スタジオ、テレビ局、配信会社の作品の宣伝活動に一切たずさわることができない。プレミアのレッドカーペットを歩くのも、新作についてツイートするのもだめだ。

クルーズの『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』は、ストライキが始まった14日朝の時点で日本以外の国では公開されていたからまだいいが、この後に控える夏の大作は痛手が大きいだろう。

配信できる作品のストックが枯渇する

映画祭も頭を抱えている。8月末から始まるヴェネツィア、テルライド、トロント、ニューヨークなどの映画祭はアワードシーズンの出発点で、著名な監督と俳優による期待作が多数上映される。ここで評判を得て、その勢いをアカデミー賞の時期まで引っ張っていくのが典型的な戦略だ。

しかし、スターが来ないとなれば、その目論見は崩れる。映画祭に作品を出すのをやめるのか、いっそ公開を来年まで延ばすのか、スタジオは選択を強いられ、映画祭側も方向性が見えなくなる。

一般人にも影響が目に見えてくるのは、おそらく来年だろう。今はまだ、スタジオ、配信会社には、完成した作品のストックがあるからだ。だが、それもいつか尽きる。『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』や『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』などの大ヒットでやっと活気が戻ってきたところだけに、劇場主にとっても暗いニュースだ。

このストライキで苦しむ人たちは、世界中にいる。オーストラリアやカナダのクルーやケータリング会社、運転手なども、かかわっていた作品が突然撮影中止となり、収入がとだえてしまった。先が見えない中では家や車を買う計画もいったん置くだろうし、外食や旅行も控えるだろう。一刻も早く交渉を再開し、新たな契約を結ぶことがみんなのためだ。

だが、残念なことに、そうなる可能性は低い。全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)と、スタジオ、テレビ局、配信会社を代表する全米映画テレビ製作者協会(AMPTP)の見解が、あまりにかけ離れているからである。

俳優組合と製作者協会の労働条件についての契約は定期的に行われる。今回、いつになく揉めることになったのは、近年、Netflix、アマゾン、アップルなど、ハリウッド以外のところから参入してきて、違う仕事のやり方を始めたからだ。

ディズニーはDisney+、ワーナーはMax(旧HBO Max)、パラマウントはParamount+など、メジャースタジオも配信に参入し、その“新しい”やり方は、主流になってしまった。そのせいで、俳優たちの収入が影響を受けたのである。

87%の組合員が年収2万6000ドル未満

一番わかりやすいのは、レジデュアルと呼ばれる再使用料。これは、1960年のストライキで、出演した映画がテレビ放映される場合に支払われるべきだとして、俳優と脚本家が勝ち取った権利だ(俳優組合と脚本組合が同時にストをしたのは、歴史上、この時と今回だけである)。

後にビデオやDVDが販売される時代になると、そこでもレジデュアルが発生するようルールが変更された。仕事がない時も過去の仕事からお金が入ってくるおかげで、俳優や脚本家は生活していけるのだ。

しかし、Netflixをはじめとする配信の作品は、ここに当てはまらない。彼らは最初に決めた一定額のレジデュアルを払うだけで、作品が何度視聴されても額を増やすことはない。そして今や、配信が作る作品数は、通常のテレビよりずっと多い。俳優組合の健康保険に入るには、演技の仕事で年収2万6000ドルを稼がなければいけないが、今では87%の組合員がこの資格を満たせない状況になった。

俳優と脚本家の組合は、こういった現状を反映した、まったく新しい契約内容を要求している。その一つとして、配信会社が会員から徴収する会費の2%をレジデュアルに当て、作品の人気度に応じて出演者に配分するという新ルールを提案した。

しかし、製作者協会はまるで取り合わない。俳優組合と製作者協会の間で決められている俳優の最低賃金も、インフレを考慮し、初年度は現在の15%増し、2年目と3年目はそこからさらに4%増しにすることを俳優組合は要求したが、製作者協会は5%、4%、3.5%を主張。交渉の中で、俳優組合は、 初年度を11%まで落とすと妥協したが、製作者協会は方針を曲げなかった。俳優組合の交渉を率いるリーダーたちは「それだと物価の上昇についていけない」と憤慨する。

そんな俳優組合に、製作者協会はまるで共感しない。それどころか、彼らの要求を「非現実的」「法外」と受け止めている。ディズニーのCEOボブ・アイガーは、「まだコロナのダメージからも立ち直れていないのに。今は新たなダメージを起こすのに最悪の時」と、彼らへ不満をもらした。

製作者協会は、自分たちが出したオファーを非常に寛大だと本気で思っているのだ。そんな製作者協会について、俳優組合のプレジデント、フラン・ドレッシャーは、「感覚が完全にずれている」と一蹴する。たしかに、今、配信会社はどこも、収益を出すプレッシャーを抱え、社員をレイオフしたり、ラインナップの見直しをしたりして経費を削減している。

だが、そんな中でもCEOらは巨額の報酬を手にしている。それはキープしつつ、富を生み出しているのに、貢献した俳優や脚本家を安く使いたがる彼らは、自分たちを搾取しているのだと俳優たちは見る。


ハリウッドでも現場と上層部の格差が広がっている(筆者撮影)

AIの進化で収入が減少も?

AIの問題もある。製作者協会は「俳優本人の許可を必要とする画期的な内容のオファーをした」と主張するが、俳優組合のトップは、彼らは1日のギャラでエキストラを雇ってスキャンし、永遠にそれを所有し、使用し続けるつもりだという衝撃的な事実を組合員に明かした。

ワーキングクラスの俳優にとって、エキストラは大事な仕事だ。俳優組合に入っていなくてもエキストラとして働くことはできるが、一定の割合は組合員を雇わなければいけないうえ、ギャラも組合員は非組合員より高い。その部分を削減するための策なのかもしれないが、そうなると俳優たちはますます生活が成り立たなくなる。

現在、ロサンゼルスでは、ホテルの従業員たちも、より良い待遇を求めてストライキを行っている。また、最近は、スターバックスやスーパーマーケットチェーンのトレーダー・ジョーズでも組合を結成する動きが見られる。上層部だけが儲かり、現場に不公平な状況を押し付けるシステムに、業界を越えて労働者が立ち上がっているのだ。俳優と脚本家は、そんな風潮にも勇気づけられていると思われる。

ストライキの初日、フォックス・スタジオの前でデモに参加した女優のアリソン・ストーヴァーさんは、「誰もストライキなんかしたくない。でも、しないではいられない状況にいる。私たちが求めているのは、生活できるだけの収入」と語った。それは果たして「非現実的」で「法外な要求」なのか。スタジオと配信会社がそう考え続けるかぎり、このストは終わらない。

(猿渡 由紀 : L.A.在住映画ジャーナリスト)