DXが進んだ時代の「新しい仕事のつくり方」とは(写真:TY/PIXTA)

「このままの働き方でいいのか」――。コロナ禍を経てキャリアを見直す動きは加速しました。しかしやりたいことが見つかっても、新しい分野への挑戦はなかなかハードルが高いもの。そこで本稿では、戦略デザイナーの佐宗邦威氏が実践する、DXが進んだ時代の「新しい仕事のつくり方」を『じぶん時間を生きる TRANSITION』より一部引用・再編集してお届けします。

案件の生まれ方が変わった!

コロナ後に、大きく変わったことがある。それは、多くの仕事のDX化が進んだことで、仕事の案件の生まれ方が変わってきたことだ。僕の経験を振り返っても、以前は本を出版したら、その後に講演や新規案件の相談が継続的に来ていた。しかしコロナ禍を経て、発信した情報が「古くなる」スピードが速くなった感覚がある。本にまとめるのではなく、この瞬間に自分たちがやりたいことを発信することで、共感する人とその場でマッチングし、仕事が生まれていく。

「自分主体の仕事」をつくっていくために、考えややりたいことを発信することがより重要になってきているのではないか。

もちろん、これまでも外に発信することは仕事をつくるうえでは大切なことだった。では、なぜ発信が次の展開につながることが増えたのか。 

アメリカの社会学者、マーク・グラノベッター氏は、人づきあいには大きく分けると「強いきずな(Strong Tie)」と「弱いきずな(Weak Tie)」の2つがあると提唱した。強いきずなとは、家族や職場の人のように毎日顔を合わせるような人間関係。一方、弱いきずなとは、その外側の疎遠な人間関係のことで、時々しか会わない人たちだ。

社会学的な視点からいえば、新たな発想を生むためには「弱いきずな」が重要だといわれている。偶然、斬新なアイデアを得たり、新しいチャンスを見つけたりすることがよくあるが、こうしたいわゆるセレンディピティ(偶然の産物)は、弱いきずなの人との出会いがもたらす可能性が高い。

これまで、「弱いきずな」をつくる役割を果たしてきたのがSNSだった。2008年から10年くらいまでのTwitter、2012年から15年くらいまでのフェイスブックは、新しい世界を広げてくれるメディアとして存在感を示していた。

ところが、コロナ禍以降の2年間、弱いきずなは、密を避けるという行動パターンとともに消滅した。人との交流が制限されてしまい、ゆるい人間関係がつながる機会は急減する。コロナ禍の初期にオンライン同窓会を開催して古い人とのつながりが復活したという人もいたかもしれないが、一時的な流行で、すぐに飽きられてしまった。

気がつくと、僕のコミュニケーションの9割以上を家族と職場の人が占めるようになった。自宅、時々職場のような生活ではセレンディピティが起こる可能性は極端に低くなる。そして「知り合い」という弱いきずなが消失した。これがコロナ禍で起きたことである。

同時に、SNSはかつてのような弱いきずなをつくる力を失いつつある。Twitterなどは一方的な発信メディアとなり、それがきっかけで新しい何かが生まれる機会は激減してしまったように見える。

「やりたいことを発信したら必要なものが入ってくる」というモデルはインターネット空間には前からあった。ただ、以前はリアルの空間とインターネット空間は別々に存在していたから、「インターネット空間ではそういうモデルはよく起こるけれど、リアル空間ではなかなか実現しない」という印象が強かった。

しかし、今はリアルの世界においてもSNSが「社会の窓」になっているから、インターネット空間で起こっていることがリアルの空間でそのまま起こるようになっている。

たとえば、ビジョンやミッションの策定を課題としている経営者が増えているように感じていた僕は、実験的にフェイスブックで「経営者向けに壁打ち(話を誰かに聞いてもらって考えを整理すること)をやります」と投稿したところ、30件以上のオファーが届くなど、想像以上の反響があった。アクティブに発信していくことで世の中のニーズを引っ張り出し、価値も生み出せるのだ。

「本当にやりたいこと」を起点に

では、どのようなスタイルで発信すると良いか。それは、ビジョン、つまり「これをやりたい」を起点に継続的な発信を続けることだ。  

『WHYから始めよ!』の著者として知られるサイモン・シネックは、人を動かすような偉大な人物は、「ゴールデンサークル」というシンプルなパターンに基づいて行動しているという。ゴールデンサークルは、Why(なぜそれをするのか)、How(どうやってそれをするのか)、What(何をするのか)によって構成されており、なかでも中央に位置するWhy、「何のためにやるのか」「何を信じているのか」「その組織の存在する理由は何か」といった感情に訴えかける情報に人は心を動かされる。

WhatやHowは、今の時代、心に響かなくなっているように感じる。だからこそ「本当にやりたいこと」について、理由やビジョンも含めてエモーショナルに語る必要があるのだ。

BtoBの仕事についても「そういえば、〇〇さんがあれをやりたいといっていたな」と思い出し、スタートするケースは増えている。日立製作所のデザイングループなどはやりたいことをオンラインで発信するようになっている。

大風呂敷を広げる必要はない

やりたいことを発信するときの起点となるのはSNSだ。リモートワークが当たり前の時代では、経営者も企業に属する社員も、どんな立場の人も、新しい仕事をものにしたいなら、ネット経由で自ら発信しなければならない。企業のDXが進めば進むほど、ネットワーク化が強固になっていくので、過去のモデルに戻ることはないだろう。


だからこそ「やってみたい!」があれば、待つのではなく、自分からアプローチすることだ。ここで大切なことは、継続性だ。思いつきで発信すること自体が悪いわけではないが、相手に理解してもらうには、オーセンティシティ(Authenticity=本物)があることが求められる。

自身が、等身大の言葉で、やりたいことを発信する。背伸びをしたり、本心とは違う発信をすれば逆効果にもなりうるだろう。「環境問題に取り組みたい」と発信しているのに実生活ではリサイクルもしていないようでは、言動不一致になり、信用されない。

企業においても、綺麗事のパーパスを並べても、実践できていなければ叩かれる時代だ。環境意識の高い消費者に誤解を与えるようなことを指す「グリーンウォッシュ」という言葉もあるくらいで、消費者の目は厳しい。

大風呂敷を広げるような大きな発信を行う必要はない。「ビジョンが小さすぎるのでは?」と思っている人もいるかもしれないが、むしろ偏愛ぶりが見える個性的なビジョンのほうが熱を帯び、多くの人が集まってくるものだ。


2020年にオープンした「eyecurry/Nudge」は軽井沢に移住した夫婦が営む(写真:eyecurry/Nudge)

たとえば、軽井沢の近所に数年前にオープンしたeyecurry/Nudgeというカレー店がある。

コンセプトは、「カレー屋の顔をしたサードプレイス」。お客さんが寛げるような場所にしたいという思いから、「日本一回転率の低いカレー屋」をめざしているという。

実際に、うちの家族は、そのお店が大好きでついつい予約を入れては長居をしてしまう。お店のコンセプトである回転率の低さに貢献をしてしまっているわけだ。そんなお店のコンセプトに共鳴してかはわからないが、地元でも人気を集めている。我が家も友だちの家に夕食を食べにいく感覚でよくお邪魔している。

「日本一おいしい」といった大きなビジョンを掲げなくてもいい。身の丈に合った嘘のない「らしい」スタイルでいることで、むしろ自然と人が集ってくるのだと彼らを見ていて思う。

(佐宗 邦威 : 多摩美術大学特任准教授、戦略デザインファーム「BIOTOPE」代表)