(写真:metamorworks/PIXTA)

「LTV」とは、Life Time Valueの略称で、日本語では「顧客生涯価値」と訳されます。企業視点では、1人の顧客が一生涯に生み出してくれる利益合計額を指します。一方、顧客視点では、一生涯に企業が提供してくれる価値の総量を指します。本稿では、『LTV(ライフタイムバリュー)の罠』より一部抜粋・編集のうえ、LTVを損なうボトルネックを排除し、中長期の利益に貢献する実践的な手法を解説します。

顧客は「ゴールド会員」なんてほしくない

企業がLTVという言葉を用いるとき、企業視点ばかりが先行してしまいます。事前にTwitterのアンケート機能を使い、「LTV」という言葉をどの意味で使っているか、フォロワーの皆さまに質問したところ、545票の回答のうち66%が「企業視点」を思い浮かべると回答しました。「顧客視点」は11%、「両方」は7%にとどまりました。私も日常的に仕事で「LTV」という言葉を使用するときは「企業視点」の意味で用いています。


(出所)『LTV(ライフタイムバリュー)の罠』

企業視点ばかりが先行して失敗を招きやすい典型例に、顧客の囲い込みを狙った安易な「会員プログラム」や「ロイヤルティープログラム」があります。複数サービスの利用促進や、他社サービスへの離反防止を狙って、自社独自の会員組織をつくります。そして「シルバー会員」「ゴールド会員」「プラチナ会員」などのランクを付け、独自のポイントを付与します。アプリ登録を促したり、会員証を発行したりすることもあります。

ところが会員の特典は、わずかばかりのポイントや、どこにでもありそうなクーポンばかりです。顧客視点では、そこの会員になる経済的なメリットはほとんどありません。そのサービスを使い続けてポイントをためたいという気持ちよりも、他社サービスも色々使ってみたいという気持ちが勝ります。わずかばかりのインセンティブでは、顧客を囲い込むことなどできないのです。

「ゴールド会員」など名誉ある称号を与えれば顧客が喜ぶかといえば、全くそんなことはありません。自分が特に好きでもない企業から「あなたはゴールド会員です」と言われても、うれしいはずはないでしょう。もしうれしいケースがあるとすれば、既にそのブランドを愛しており、応援したいと思える状態になっている顧客に限ります。それは会員プログラムによってLTVが伸びるというより、LTVの高い顧客が会員プログラムを支持しているだけです。

また特定のサービスをよく利用していてゴールド会員になったからといって、その会社が提供する別のサービスに興味を持つかといえば、そんなことも全くありません。あるホテルチェーンをよく利用しているからといって、そのグループ企業が提供する商業施設や賃貸マンションまで使ってくれる望みは薄いでしょう。多くの場合、同じグループ企業が提供していることにすら気付いていません。例えるなら、結婚して自分のことを愛していれば、自分の親のことも愛してくれるだろうというのと同じくらい傲慢な発想です。

安易な会員プログラムで顧客を囲い込むことはできません。なぜなら、囲い込まれることによって、顧客に提供される価値が極小だからです。

米コンサルティング大手ベイン・アンド・カンパニーのフレデリック・F・ライクヘルド氏が提唱した、有名な「1対5の法則」によると、新規顧客に商品を販売するには、既存顧客に販売する場合の5倍のコストがかかるといわれています。日本国内の人口が減少し続ける中、新規顧客に「1回で十分」と思われてしまうような”焼き畑ビジネス”に未来はありません。せっかく新規顧客を獲得できたならば、2回目、3回目……10回目と、できるだけ長くお付き合いしたいものです。

そのためには長期間にわたる優れた顧客体験が必要になります。その成果は、総売り上げや総利益だけでは見えてこないため、一人ひとりのお客さまとの関係性の深さを測るLTVで見る必要があるのです。逆に言えば、1人の顧客が生み出す利益が2倍に増えるなら、その顧客の初期獲得コストを倍増させてもよいはずです。LTVを向上できるならば、選択できるマーケティング施策の幅も広がります。

LTVは購入頻度の低い商品でも意識すべき

LTVに対して、定額課金のサブスクリプションサービス(サブスク)だけが気にすべき指標だと思われている方がいるかもしれません。しかしそんなことは決してありません。

例えば、一生に数回しか買わない「家具」であってもLTVを意識すべきです。家具は「引っ越し」「家族構成の変化」「今の家具の劣化」などをきっかけに検討を開始し、最初に思い付いた店舗に足を運びます。多くの人は、家具店といえば「IKEA」や「ニトリ」「無印良品」などを最初に思い浮かべますが、この最初に思い浮かべる候補群に入ることができれば、購入される確率が非常に高くなります。


最初に思い浮かべる候補群に入るには、家具を検討し始める前からの継続接触が欠かせません。例えば、テレビCMの出稿、人通りの多いショッピングモールへの出店、家具以外の日用品の販売などで、潜在顧客との接点をつくらなければなりません。顧客が家具を買うタイミングがいつかは分からないため、企業側は長期的なコミュニケーションを取らざるを得ないのです。

また一度家具を買ってもらった後、そのままお客さまと疎遠になるのは非常にもったいないことです。家具は個人が購入するものの中でもかなり高額な部類に入るため、それを買うと意思決定しただけでも顧客ロイヤルティーは非常に高い状態にあります。先に購入した家具と併用しやすい別の家具やファブリックを提案することはもちろん、日用品やアパレルなど高頻度で購入する高粗利の商品も売れるはずです。

さまざまな商品を取り扱っている、ある総合小売店のデータを分析したところ、家具を買った顧客にはさまざまな商品をアップセルできており、最もLTVの高い顧客群だったという事例もあります。

LTVというテーマは、業界問わず全ての企業が向き合うべきものなのです。

(垣内 勇威 : WACUL代表取締役)