南仏ニースでアストンマーティン DB12に試乗した(写真:Aston Martin Lagonda)

アストンマーティンが、2023年5月に発表した新型車「DB12」。これまでGT(グランドツアラー)なるカテゴリーだったDBシリーズが、今回は「ST=スーパーツアラー」に。

スーパーツアラーなんて、これまで使われてこなかったジャンルをわざわざ創出するアストンマーティン。そんなことに意欲を燃やす背景には、なにがあるんだろう。

「Grand is not enough=“グランド”じゃ物足りない」っていうのが、DB12のお披露目のときに使われたキャッチコピー。グランドツアラー以上だよ、って意味だ。


ひと目でDBシリーズだとわかるスタイリング(写真:Aston Martin Lagonda)

従来のDB11から基本シャシーを流用しつつ、さらにパワフルになったエンジンをはじめ、足まわりの再設計、電子制御のディファレンシャルギア「E-Diff」など、充実した内容を持つ。

もちろん、その充実ぶりは、単にスペックスの列記だけではない。運転してみて「なるほど」と感心させられた。従来のアストンマーティンのGTとは、たしかに違う。

私がDB12に乗ったのは、南仏ニース。モナコの市街地を見下ろす風光明媚な道や、内陸部の山岳路や高速道路と、さまざまなコースを走りまわった。

プレミアムからウルトラへ

「私たちはこれまで3年半、新しいオーナーのもとで活動を続けてきています。今の目標は、世界でもっとも評価される高性能なイギリスのブランドになることです」

マーケティングと製品戦略を統括するアレックス・ロング氏は、DB12開発の背景を説明する。


さらに贅を尽くして仕立てられたインテリア(写真:Aston Martin Lagonda)

「私たちは(2021年にアストンマーティン・コグニザントとして)F1に進出するなど、明確な目的をもってブランドの変革を行っています。プロダクトで目指しているのは、言ってみれば、ウルトララグジュアリーの分野。今やプレミアムブランドの製品はどんどんパワフルになっていますから、ここでも存在感を出していきます」

こう続けるロング氏が見せてくれた製品戦略のチャートには、クルマ好きにとってはキラ星のごときモデルの数々が、参考として配されている。

DB12は、アストンマーティンが用意した横軸が「パフォーマンス」、縦軸が「ラグジュアリー」のチャートにおいて、もっとも上位に置かれていた。狙いを明確にするためだ。

「パワーと操縦性、ラグジュアリー性、デザイン、コネクティビティ、それにサステナビリティ。あらゆる面で私たちは努力を惜しみません」


長いボンネットをもつ「2+2」のスタイルは、同社の黄金時代のヘリテイジだとされる。

1948年から1970年代にかけて、数々の魅力的なモデルを送り出し(中にはボンドカーのDB4も)、ルマン24時間レースでも優勝するなどモータースポーツの世界でも活躍。この時期のオーナーだったデイビッド・ブラウンの功績は、今も「DB」として大切にされているのだ。


DBの名は1948年のDB1に端を発する伝統あるもの(写真:Aston Martin Lagonda)

一方で、先のロング氏の説明にあったように、アストンマーティンはさまざまな点で時代に先駆けようとしている。

ミッドシップの4リッターV8エンジンにアストンマーティンとしては初めて電気モーターを組み合わせ、1000馬力超のパワーを発揮するという「Valhalla:バルハラ」を2022年に発表(発売は2024年)。

次に、「Valkyrie:バルキリー」が控えている。バルキリーは、軽量・高剛性かつ高価なカーボンファイバーで作られた車体に、コスワースと共同開発した6.5リッターV12エンジンを搭載。

「F1マシンに限りなく近いが、サーキット走行に限定されない」(アストンマーティン)とされるのが、バルキリーだ。価格は4億円に近いというが、「受注は好調」というから驚く。


限りなくF1マシンに近い公道走行可能なスポーツカー、Valkyrie(写真:Aston Martin Lagonda)

2023年6月26日には、「Racing Green.」なる電動化戦略を発表。電気自動車(BEV)のテクノロジー企業であるアメリカ・ルーシッドグループとの提携関係を通じて、2026年までにすべての新型車に電動パワートレインの選択肢を設けるとした。

DB11→12へのテーマは「動力性能アップ」

そんな中にあって、DB12。“ちょっと旧態依然”のモデルである。3982ccのV型8気筒エンジンを前車軸とフロントバルクヘッドの間に搭載した、いわゆるフロントミッドシップのレイアウトを踏襲するし、電気モーターは搭載しない。

とはいえ、今回は動力性能アップが重要なテーマだから、DB11から大幅に手が加えられている。ターボチャージャーは大径化した2基を搭載。最高出力は393kWから500kWへと上がっている。最大トルクは675Nmから800Nmに。


フロントにミッドシップされて500kWもの大パワーを発揮するV8エンジン(写真:Aston Martin Lagonda)

「高出力化は、カムシャフトのプロファイルを変更し、圧縮比を上げ、大径ターボチャージャーを装着。さらに、オイルクーラーの表面積をDB11の2倍にするなど、冷却効率の向上の採用で達成」したと、アストンマーティンはプレス向けリリースに記す。

8段のトルコン式オートマチック変速機をリアディファレンシャルギアと一体化し、重要配分の適正化を狙ったトランスアクスル方式も踏襲。後輪を駆動する。

ディファレンシャルギアは電子制御され、E-Diffと名付けられたもので、電子制御のスタビリティコントロール(ESC)と連動し、「コンマ数秒で作動し、あらゆる走行状態で最高の操縦感覚をもたらします」とアストンマーティン。

とりわけ、E-DiffとESCの組み合わせは、コーナリング性能に大きく寄与。中速から高速まで、あらゆるカーブで最大限の駆動力を発揮し、車両を生き生きと走らせる。

たしかに、これまでの機械式リミテッド・スリップ・ディファレンシャルギア(LSD)だと、駐車場など低速でも作動し、ガツガツとクルマが動いて違和感があった。DB12にはそれがない。ごく自然。


E-DiffとESCの組み合わせによりスムーズなコーナリング(写真:Aston Martin Lagonda)

乗ってみると、アストンマーティンが言うようにコーナリングは実に気持ちよい。小さなカーブだろうと、ドライバーとの一体感をもたらしながら、すいすいとこなしてしまう。変速のタイミングも賢く、選んだモードに応じてドライバーの期待にしっかり応えてくれる。

後輪操舵システムは持たないが、これについては「開発段階で検討はしましたが、DB12で目指した操縦性において必要はないと判断して見送りました」と、エンジニアリング担当のシニアマネジャー、ジェイムズ・オーウェン氏が説明してくれた。

明確なまでのアグレッシブさ

足まわりは、再設計されている。形式はフロントがダブルウィッシュボーンで、リアがマルチリンク。今回は加えて、スカイフック理論で制御した電子制御のアダプティブダンパーが採用された。

また、前後のトレッドは拡大され、コーナリング性能に代表されるハンドリング性能の向上が目指されるとともに、ボディ剛性も7%引き上げられている。前後サスペンションを強化メンバーで結ぶことで、「ハンドルを切ったときの車体の動きがスムーズになる」という。


南仏の狭い峠道も自在に走ることができた(写真:Aston Martin Lagonda)

ステアリングシステムも「スーパーツアラーというコンセプトのもとに改良しました」(オーウェン氏)とするが、特に重視したのは、「路面からの情報をしっかり伝えてくれること」と「応答性の高さ」だ。

おもしろいのは、コンセプトを明確に「アグレッシブ」としている点だ。実際に操縦すると、ドライブモードによって、おもしろいようにキャラクターが変わる。

でも、一貫して感じるのは、ステアリングレスポンスの許容度の高さだ。やたらとシャープすぎない。でも、クルマを“着ている”ような気がするほど、しっかりとした応答性がある。

「そこは狙いでした」と、オーウェン氏は私の感想にうなずいてくれた。

「フェラーリ『ローマ』のように非常にシャープな応答性は必要ないと私たちは考えたし、一方でベントレー『コンチネンタルR』のように鷹揚すぎるのも違う。競合と目されるクルマとの立ち位置の違いを、ステアリングフィールで実現したのです」

800Nmもの最大トルクが2750rpmから発生するだけあって、加速の反応はするどい。でも、するどすぎることはなく、ちょっと踏むと、意図どおりにちょっと速度を上げる。右足の力をちょっとゆるめると、ちょっと減速する。ドライブしている私の右足とクルマとがつながっている痛快さだ。


エンジンスターターボタンやシフトセレクターはセンターコンソールに集約(写真:Aston Martin Lagonda)

南仏の試乗コースは屈曲が多いうえ、道幅も狭く、ハンドル操作に集中する必要があるが、ふととても静粛性が高いことに気づく。アストンマーティンによると、このクルマのためにミシュランに開発してもらったタイヤ、「パイロットスポーツ5S」の恩恵によるところが大きいそうだ。

「タイヤノイズを抑えて」は、アストンマーティン開発チームのオーダーで、それに対してミシュランはポリウレタンなどを使い、インシュレーションの技術をフル活用して対応した。結果「(DB11より)20%、静粛性を引き上げることに成功した」という。これも「なるほど」と思わされた。

そういうわけもあり室内は静かで、さらにドライブモードを「GT」あるいは「スポーツ」にすると、リラックスして乗っていられる。


360km/hまで表示があるメーターパネル(写真:Aston Martin Lagonda)

フランスのオートルートでは、快適そのもの。もちろん、少し右足に力を込めれば交通の流れをリードできるが、そうしなくてもよい。ここがDB12のもう1つの魅力的な部分といえる。

英国調というのか、クロスステッチが入れられ、どことなくクラシックな雰囲気のシートやルーフライニングに包まれ身を置いていると、「ゆっくりでもいいよね」という気になってくるのだ。


インテリアはあくまでもラグジュアリー(写真:Aston Martin Lagonda)

ラグジュアリークーペの超新星

エクステリアは、「75年にわたるDBシリーズのヘリテイジを生かしつつ、スーパーツアラーと称するのにふさわしいプロポーション」と、デザインディレクターのマイルス・ニュルンバーガー氏は説明してくれた。

日本での価格は2990万円で、デリバリー開始は2023年末ごろを予定しているとは日本法人の弁。フェラーリ ローマともベントレー コンチネンタルRとも異なる魅力を備えたDB12、日本でも新たな高級スポーツツアラーの選択肢として、人気を集めるのではないか。

<Aston Martin DB12>
全長×全幅×全高:4725x2060x1295mm
ホイールベース:2805mm
車重:1685kg
エンジン:3982cc V型8気筒ツインターボ
駆動方式:後輪駆動
最高出力:500kW/6000rpm
最大トルク:800Nm/2750〜6000rpm
変速機:8段AT
0-100km/h加速:3.6秒
価格:2990万円

(小川 フミオ : モータージャーナリスト)