和服を着たパンダ(写真:筆者撮影)

上野動物園から中国に返還されたジャイアントパンダのシャンシャンが暮らす四川省雅安市で、和服姿のパンダ像が飾られていることがSNSで拡散し、「中国の国宝に日本の伝統服を着せるなんて」と炎上した。

地元の人たちによると、このパンダ像は1972年に上野動物園に寄贈された「ランラン」をモデルにしており、ほかにも外国の衣装を身に着けたパンダ像がたくさんあるという。現地を訪れ真相を確認した。

シャンシャンが暮らす四川省雅安市

四川省雅安市は省都・成都市中心部から約150キロ離れた、チベットや涼山イ族自治州と隣接する小さな街だ。パンダの繁殖や研究を行う雅安碧峰峡パンダ保護研究センターがあり、シャンシャンもここで暮らしている。

そんなシャンシャンの第二の故郷で撮影された和服パンダ像がSNSに投稿され、炎上したのは今年5月末のことだった。

愛国主義が強まる中国では、昨年以来「日本風」を醸し出す中国企業が批判を浴び、脱日本を余儀なくされている。

「無印良品とダイソー、ユニクロを足して3で割った」雑貨店として揶揄されてきた中国の雑貨チェーン名創優品(メイソウ、MINISO)は2022年8月、国営メディアに「ロゴや商品、すべてが日系の風格を帯びている」と批判され、日本企業を装っていた過去の戦略を謝罪した(詳しくは、『無印ユニクロに酷似、中国企業が陥った「三重苦」』を参照)。

Z世代に大人気のティードリンクメーカー「奈雪的茶」も同12月、ブランドの英語名を日本語読みの「NAYUKI」から中国語読みの「NAIXUE」に変更し、ロゴも「奈雪の茶」から「奈雪的茶」に改めた。

愛国に傾倒する中国で、和服パンダ像も「中国の国宝に和服を着せるとは何事だ」とネットで批判を浴びたのだ。

問題のパンダ像は、雅安の中心部からは10キロほど離れた「大興二橋」の上にあった。旅行者が通るような場所でなく、全長約1キロ、片側3車線の橋に歩道はあるものの、筆者が現地を訪れたときに歩いて渡っている人はいなかった。

パンダの輪郭をモチーフにした大きなゲートをくぐると、橋の上にパンダ像がぽつぽつと並んでいる。ピンクの着物を着て和傘をさしたパンダ像はその1つだった。説明書きによると、1972年の日中国交正常化を記念して日本に贈られた「ランラン」がモデルだという。


パンダをモチーフにした大きなゲート(写真:筆者撮影)

キャラクターも設定されており、「日本で日中友好を担い、和服を着てイベントに参加し、芸術や文化を経験した」と書かれていた。

ランランの隣には、一緒に日本に渡った「カンカン」がモデルの力士パンダ像もあった。


カンカンがモデルの力士パンダ(写真:筆者撮影)

カンカンのキャラは「日本に渡った後、自ら希望して力士となり、白く真ん丸なお腹で多くのファンを獲得する」となっている。こちらも完全に「日本風味」だが、まわしをつけているだけなので目立たない。SNSにアップした人にも気づかれなかったのだろう。


ゲームキャラクターを彷彿とさせるパンダ(写真:筆者撮影)

さらに橋の反対側に、1980年に日本に贈られたパンダ「ホワンホワン」をモデルにした像があった。著名ゲームキャラクターを彷彿とさせる姿で、「日本のアニメに特別な思いを抱いており、日本でついに子ども時代の憧れのキャラクターに会えた」という設定だ。

知名度が高い34頭をモチーフに

実はこの橋に設置されたパンダ像は、雅安のマスコットキャラクターでひときわ大きい「雅雅(ヤーヤー)」と「安安(アンアン)」を除いて、いずれも雅安市出身で他国に贈られたり中国のパンダ飼育史に大きな足跡を残した知名度の高いパンダ34頭をモチーフにしている。雅安市によると設置されたのは2021年8月だという。

ランラン像が炎上した際、地元民から「ほかにも外国風の格好をしたパンダ像がたくさんある。和服パンダだけ切り取るべきではない」「友好の意を示したもので、批判される筋合いはない」と反論があり、炎上はすぐに落ち着いた。実際、海外に渡ったパンダはそれぞれの国を象徴する姿をしていた。

パンダのゲートをくぐって最初に現れるビールジョッキを手にしたパンダ「天天(ティエンティエン)」は1980年にドイツに贈られた元野生パンダ。「ドイツに渡った後にビールの味を覚え、ビール樽の上で転寝するようになった」そうだ。


ビールジョッキを手にしたパンダ「天天(ティエンティエン)」(写真:筆者撮影)

1972年にアメリカに贈られた「玲玲(リンリン)」は周恩来元首相が米中関係改善の一環として寄贈を進めたとある。アメリカの自由な文化に染まり、パンダ界のマイケル・ジャクソンを目指しているという。


マイケル・ジャクソン風のパンダ

モチーフとなったパンダの渡航先としてはロシアと北朝鮮が最も多い5頭、日本の3頭が続く。

国内のパンダをモチーフにした像からは、中国のパンダ飼育・繁殖史がわかり興味深い。

最古参は1938年に動物ハンターのスミスに捕獲された碚碚(ベイベイ)。重慶市で展示され、パンダ飼育の基礎となった存在だという。
2000年代前半に野外で発見された「載立(ダイリー)」と、「紫雲(ズーユン)」はそれぞれ足に障害があり、紫雲はパンダ界で初めて義足をつけた。

元晶(ユエンジン)は1963年に北京動物園で、中国で初めて人工授精によって生まれた。また、盼盼(パンパン)の子孫は130頭おり、世界で飼育されているパンダの4分の1が血を引いているという。シャンシャンの曾祖母にあたり、2020年に38歳で死んだ「新星(シンシン)」もいる。人間なら140歳に相当する超長寿パンダだった。

パンダで町おこし

街を歩いてみてわかったが、雅安市は最近、「パンダの故郷」のイメージを高めるべくあらゆるところにパンダ要素を取り入れている。

四川省は成都、都江堰、臥龍、雅安の4地域にパンダの飼育・研究施設があるが、圧倒的に地味で旅行者が少ないのが雅安なのだ。


雅安のジャイアントパンダ保護研究センター(写真:筆者撮影)

中国の旅行情報サイトにも雅安のパンダ保護研究センターは「いつもがらがら」と紹介されているし、日本のパンダ好きのブログを見ても、多くは成都の施設のみを訪問するか、成都から近く有料でパンダの世話ができる都江堰、もしくは赤ちゃんパンダの世話ができる臥龍の施設に行く人が多い。

雅安もパンダの世話ができるのだが、成都からの距離が最も遠く、観光資源の豊富な成都や都江堰(同エリアは世界遺産が3カ所もある)、に比べると劣勢は否めない。

雅安市へのアクセスも大幅に向上

だが、中国の近年のパンダブームに加え、2018年末に雅安市と成都市を結ぶ高速鉄道が開設してアクセスも大幅に向上したことから、雅安市はパンダに町おこしのすべてを託すことにしたようだ。

パンダ像が並ぶ大興二橋はまだ像を増やすスペースがあり、もしかしたらシャンシャンの像も設置されるかもしれない。正直、「なぜそこを選んだ」という外れた場所にあるが、シャンシャン公開後に現地に行こうと考えている人はぜひ足を延ばしてほしい。

(浦上 早苗 : 経済ジャーナリスト)