●進行役のきっかけは『水ダウ』でのファインプレー

お笑いコンビ・平成ノブシコブシの吉村崇が6月29日、東京・早稲田大学で行われたトークイベント「テレビっ子〜21世紀のテレビ奮闘史〜」(主催:早稲田大学・企画集団便利舎)に、フジテレビの木月洋介氏、テレビ朝日の北野貴章氏とともに登場。あふれるテレビ愛を熱弁しまくり、来場した約150人を沸かせた。

平成ノブシコブシの吉村崇

○■収録をすっぽかし…『しくじり先生』誕生へ

2000年以降のテレビ界を振り返りながら、現状や今後についても語っていく同イベント。04年入社の木月氏と10年入社の北野氏からは、入社当時の「会議の時間が38時まで」「会議してたら『局内同士で企画パクるんじゃねえ!』って乗り込んできた」といった、現在ではありえない労働環境やバチバチの局内の雰囲気が明かされた。

そんなAD時代、北野氏は人手不足で番組を掛け持ちしすぎた結果、寝過ごして「収録行かなかったこともありました(笑)」という大ミスを犯したが、そんな失敗経験から生まれたのが、北野氏の代表作『しくじり先生 俺みたいになるな!!』だった。

現在は働き方改革やコンプラ意識が進み、制作現場の環境は大きく改善。吉村は「昔はピリピリして何十時間も会議したらいい番組ができるっていう考えがなぜかあったんですけど、仲良く作っても面白い番組できるんだっていうのが証明されましたよね」と結論づけた。

○■実は『ピカルの定理』レギュラー候補から外れそうだった

吉村は、木月氏がディレクターを担当していた『ピカルの定理』のメンバーだったが、立ち上げ当初にレギュラー候補から外れそうだったことを告白。深夜番組『フジ算』で木月氏とピースがタッグを組んだ回の評価が高かったことを受け、『めちゃ×2イケてるッ!』総監督で知られる片岡飛鳥氏から「同期4人で総合バラエティ番組を作りなさい」と新たなコント番組のGOが出たことで、ピースを中心にメンバーをそろえることになったのが、『ピカル』の立ち上げだった。

そこに平成ノブシコブシの名前も挙がったが、以前、別のコント番組『コンバット』のレギュラーだったため、「フジテレビでコント番組を2個やるというのは無理だから、入れないかもしれません」と聞いていたという。

そんな頃、吉村が『(株)世界衝撃映像社』(フジテレビ)の世界の先住民族にホームステイする企画で、破天荒スタイルがブレイク。そのおかげで平成ノブシコブシも『ピカル』に参加するチャンスを得ることができたそうで、吉村は「結構大事な場面でしたね」と振り返った。

『ピカル』は2010年10月から3年という放送期間だったが、吉村は「ものすごく良い3年間だったなと思いますね。青春でしたね」と、しみじみ。一般的なレギュラーバラエティの収録は、隔週1日の2本撮りが多い中、『ピカル』はリハーサルを含め週3日押さえられていた時期もあったという。『とんねるずのみなさんのおかげでした』『めちゃイケ』『SMAP×SMAP』もフジテレビ独特のスケジュール確保で週2日収録だったが、それ以上の頻度で『ピカル』にどっぷり浸かっていたのだ。

(左から)テレビ朝日・北野貴章氏、吉村崇、フジテレビ・木月洋介氏

○■「この熱量と時間のかけ方でYouTubeに負けるわけないんだから!」

出演者の拘束時間もさることながら、スタッフが番組にかける時間はそれ以上。吉村は「みんな異常な熱量でしたよね。これやったからって給料上がるわけじゃないのに、すげぇ人生懸けて作ってくれるんですよ。それが素敵だなと思う」と感謝した上で、「1時間番組で編集も含めてどれくらいかかるんですか?」と尋ねた。

北野氏は『しくじり先生』について、「教科書を作らなきゃいけないし、まず説得しなきゃいけないんです。特にゴールデンの時代は本当に逮捕された人とか、みんなで会議で5〜6年前の週刊誌見て、『そろそろしゃべってくれないかな』って話しながら案を出すんですけど、みんなオファーを受けてくれない。初期なんて『しくじり先生』ってタイトル出しちゃうとその時点でダメなんで、名前隠して『人生を語ってもらう番組です』って言ってましたから(笑)」とゲリラ戦法も駆使していたそうで、「先生を作るのに、1人半年くらいかかってました。3時間スペシャルが月に1回か2回あって、月に6人消費していくんで、15人ぐらい同時並行で準備してました」「(1時間番組1本に換算したら)トータル100時間ぐらいですかね」と明かす。

木月氏も「『ピカル』とか『新しいカギ』みたいな総合バラエティは時間かかります。『新しいカギ』でこないだ収録した新企画のロケは半年前から仕込んで、それが(放送尺)20分しかできない」と話し、それを聞いた吉村は「これがね、YouTubeに負けるわけないんだから! この熱量と時間のかけ方!」と、改めて手間ひまをかけた制作スタイルを実感。そして、「俺は先住民族のロケに2週間行って毎日撮るんですけど、スタジオで見るのは15分くらいですからね」と思い出していた。





最近は進行役も任されるようになった吉村。そのきっかけは、『水曜日のダウンタウン』(TBS)の「生中継先に現れたヤバめ素人のさばき方で芸人の力量丸わかり説」でのファインプレーの連続だったという。

背景として、吉村は「先住民族のロケも行ってるから、あれ以上のヤバいやつを見てるんですよ。銃で撃たれたし、斧も投げられたし、国内の奇人ぐらいなんとでもないだろうって」と、その心境を解説。最近でも、自身の企画で吉村を進行役に起用した木月氏は「僕らは信頼できると思いますもん。『吉村さんがいればなんとかなる』って思う」と伝えた。

●YouTubeはテレビの敵ではなかった



このトークイベントで、吉村はテレビ界における様々な改革を提唱した。その1つが、「テレビの数字、変えません?」と、評価軸を視聴率から変更すること。「よく(ネット)ニュースで視聴率低いとか言うけど、個人(視聴率)1%は全国の視聴者で人数換算するとおよそ100万人が見てる。ですけど1%の番組って終わりますよね。なのにYouTubeでは100万回再生ですごいと言われて、単位の違う戦いをするより、テレビも『何百万人が見ました』にしたほうが統一感がある。数字のあやふやなところで勝敗がついている今がある。100万人見てる番組をバサッといく(終わらせる)のはもったいないよ!」と主張した。

また吉村は、テレビとYouTubeの関係性を誤解していたという。

「俺ずっとテレビの敵ってYouTubeだと思ってたんですよ。エンタメの歴史を考えたときに、劇場があって、ラジオがあって、映画、テレビで、その後がYouTubeだと思ってたんです。でもその後に、Spotifyとか音声が入ってくるんです。テレビの上位互換だと思ってたYouTubeの後に音声が来るっておかしいなと思って、エンタメの流れを1列じゃなくて2列にしたんです。そこで劇場の後ろにYouTubeを置いたら、ピタッと当てはまって歴史どおりになった。ということは、好きなものを編集なくても苦痛なく見れる、お笑いのライブを劇場で見てる感覚がYouTubeなんですよ。そもそもテレビの上位互換じゃないし、ライバルでもなかったんです。ファンによるファンのためのものがYouTubeだったけど、テレビってファンじゃない人に向けてやらないといけないじゃないですか。お笑いを見たくない人に強制的にお笑いを見せて笑いを取らなきゃいけない。それが彼ら(YouTuber)は苦手だったんじゃないか」

これを受け、北野氏はテレビの魅力を「一流の人たちと一緒にものを作れることだと思うんです。吉村さんもそうだし、美術さんのセットもそうだし、照明もそうだし、それが作れる環境なのが、テレビって一番いいんじゃないですか」と分析。吉村は、フジテレビのコント美術を思い返し、「ビルの屋上から撮ってるんじゃないかっていうのをスタジオに作りますし、特効(特殊効果)の中溝(雅彦)さんに会いたいな。ジョージ・ルーカスみたいな人がいるんですよ」と、昭和の『オレたちひょうきん族』から令和の『新しいカギ』まで仕事を続けるレジェンド職人に思いを馳せた。

しかし、吉村は「その環境を一時期『古いよ』って否定された。みんなで作って馴れ合いでやるよりは、一個人のカリスマが配信してやったほうが好きなんじゃないかって、俺ら否定されたんですよ。それは寂しかったですよね。各事務所の先輩が出てきて、そこの空気を読みながら、こうしゃべってこうツッコんで…っていうのを否定されたのが、テレビ好きとしては苦しかったですよ。YouTuberだインフルエンサーだ出てきて不安な数年を過ごしました」と本音を吐露。

それでも、「実力者はまだこちら(テレビ)にいるし、見てる方もこちらのほうが多いというのが分かったんで、もう安心しました。だからとことんテレビを突き進んで、煮詰めていこうと思ってますから」と自信をつけたようだ。

さらに吉村は「局員として、プロ野球で言う“1億円プレイヤー”のようなスターを作るべき」とも提唱。「局員の演出家が出世してプロデューサーとか部長とかになるのは、違うと思うんですよ。(北野氏を指して)演出家は演出家であって、こんな人が部長になれるわけないんだから(笑)。でも演出家ってすごい希少だから、一生演出をやっていくべきだと思うからこそ、会社員の給料だけじゃなく、当てた番組の数%が収入になるとか、システムを考えて“1億円プレイヤー”を作らないといけないと思う。それがないから出世していくしかないんですよ」と訴え、木月氏と北野氏も深くうなずいていた。



○■応援の仕方で好きな番組を終わらせない時代に

他にも、木月氏が演出を担当した『笑っていいとも! グランドフィナーレ』奇跡の共演、オリエンタルラジオ・中田敦彦について、『賞金奪い合いネタバトル ソウドリ〜SOUDORI』(TBS)での平成ノブシコブシのコンビ対談を経ての心境…などの話題を展開し、会場を大いに盛り上げた3人。

最後には質疑応答の時間が設けられ、「テレビ画面だけにこだわらない時代で、テレビ局員の人はどういうことを考えているのか」という鋭い質問が飛んだ。

これに対し、木月氏は「今、新しいマネタイズができる番組をいっぱい考えろと指令が出てるんですけど、それでいうとたまたま先駆者的な存在になっているのが僕の作った『久保みねヒャダ(こじらせナイト)』という番組で。10年やっているんですが、5年で地上波が終わったからライブにして、今はその売上だけでやってるんです」と説明。

北野氏も「僕は、ライブ連動や配信動画などテレビの視聴率だけに縛られないやり方を模索していきたい。それが結果としてテレビの枠を広げることにつながるといいなと思います。『しくじり』も地上波では一旦終わったけど、ネットでは影響力のある番組だったので今はABEMAと番組を制作させてもらっています。『バラバラ大作戦』でダウ90000と『週刊ダウ通信』という番組をやってますが、彼らもテレビではまだそんなに知られていないけど、ライブではものすごく熱量のあるファンを多く持っていて、面白い才能をもった子たちなので、彼らとも番組連動のイベントを続けていきたいと思っていますね」と意欲を示した。

このように、番組を続けるために活路を見い出した事例を聞いた吉村は「自分の好きな番組が、自分の応援の仕方によっては終わらない時代が来るかもしれないですよね」と話し、愛を注ぐテレビにまた新たな可能性を感じたようだった。

企画集団便利舎では、今後も11月の「早稲田祭」などで、芸人、アーティスト、エンタメの裏方を招いたイベントを計画している。