もしも自分や家族、友人が認知症だと診断されたら、それから先の人生を、あなたはどのように考えるでしょうか。高齢者の5人に1人が認知症になるといわれているいま、それは決して遠い想像ではありません。

2023年6月30日に公開予定の映画『オレンジ・ランプ』では、39歳で若年性認知症を診断された夫とその家族が、病気と向き合いながら希望を持って歩んでいく様子が描かれています。夫の晃一を和田正人さんが、妻・真央を貫地谷しほりさんが演じます。

本作を「とても明るく、希望が持てるお話」だと表現した貫地谷さん。ご自身が持っていた認知症のイメージや、作中で描かれる温かな世界についてお話を伺いました。

ファンタジーのように明るい、本当の話

--まずは、本作の印象をお伺いしたいです。

貫地谷しほりさん(以下、貫地谷):認知症をテーマにしていても、こんなに明るい物語があることに驚きました。その世界を多くの方に伝えたくてオファーをお受けしました。ちょうど母親が祖母の介護をしていることも、ひとつのきっかけだったように思います。

--本作で若年性認知症を患う夫・晃一は、診断当初は戸惑ったものの、徐々に病気との向き合い方をおぼえ、自分らしい生き方を取り戻していきますね。

貫地谷:そうですね。私の世代だと韓国映画の『私の頭の中の消しゴム』(2004年公開/イ・ジェハン監督)の流行もあって、記憶がなくなっていくのはとてもつらく悲しいことだという強いイメージがありました。でも、実話を基に作られた『オレンジ・ランプ』には、そういう悲しさがありません。本当にあったエピソードなのだろうかと、少し疑いながら演じているようなところさえあったほどです(笑)。

でも、同作のモデルとなった丹野(智文)さんが、試写を見て「(実際の)まんまだ」と泣きながらおっしゃって……。私も「こんなに優しい世界が本当にあったんだ」と確信が持てたし、そんな事実があることを心強く感じました。

--これほど優しい空気で立ち向かえるならば、認知症は思っていたより怖くないのかもしれない、と。

貫地谷:晃一が働く会社のシーンなんて、ファンタジーのようですよね。ときには業務で迷惑をかけることもあったのに、誰もが晃一とやさしく向き合って、認知症にまつわる講習まで受講して働く環境を整えてくれる……このエピソードも、実話なのだそうです。

劇中より

相手を尊重して、寄り添えたら

--序盤では、病気との向き合い方に悩む晃一と、それを支えようとする真央のすれちがいも印象的でした。

貫地谷:冒頭のナレーションで「認知症は人生の終わりだと思っていた」というフレーズがあるのですが、こういう病気のことって、調べれば調べるほど最悪のケースばかりに目が行ってしまうと思うんです。その恐怖におびえる夫と、そんな夫をどうにか支えたいと思っている妻。どちらも悪くないのにうまくかみ合わない、行動しても裏目に出てしまうという状況は、リアルに想像がつきます。病気ではなくても、夫婦という関係性においてありえることだと、とても共感できました。

--貫地谷さんにも「よかれと思って動いたのにうまくいかない」「相手のよかれと思ってしたことが重荷になる」といった経験はありますか?

貫地谷:たくさんあります。20代のころに、それまで当たり前にできていたお芝居ができなくなった時期があったんです。泣かなくちゃいけないシーンなのに感情が一切動かない。私の涙を待つために、現場が2時間も押している……という状況でした。そのとき、プレッシャーに苦しみながらもなんとかそのシーンを撮り終えた私に、マネージャーが声をかけてくれましたがそれを素直に受け取れなくて。当時の私にとってはつらかった。傷ついて自分に余裕がないときには、相手の気遣いを受け取ることさえ難しくなるのだなと感じました。

--渦中にいると言葉が届かない、というのはよくわかります。

貫地谷:自分が「自分の悩みは、自分で解決していくしかない」という価値観を持っているからかもしれません。誰かの最適解が自分にとっても最適解だとは限らないし、どれだけいいことを教えてもらっても、自分自身がそれを必要だと思わなければ、不要になってしまったりする。だから夫婦関係においても、相手が自分で何かをつかめるようにサポートしたり、相手のつかんだものを尊重してあげられるような関係性が理想なのかなと思います。まさに、みずから病気との向き合い方を見つけていった晃一と、それに寄り添う真央の姿だったんじゃないでしょうか。

それにしても、家族も会社も病気に理解があったなんて、やっぱり奇跡のように思えます。でも、奇跡じゃなくて本当にあった話だということが、励みになる。そして、それが当たり前の世の中になっていったらいいと思います。

劇中より

知識が選択肢を増やす

--奇跡みたいな優しさが当たり前にある世の中をつくっていくには、どんなことが必要だと思いますか?

貫地谷:まずはこの映画を観て、認知症について知っていただくことでしょうか。転ばぬ先の杖というけれど、知っていると知らないのとではやっぱり全然違うと思います。たとえば、認知症の方が食事を済ませたあとで「まだ食べてない」とおっしゃるとき、周りは「さっき食べたじゃん」などと言ってはいけないと聞いたことがあります。ご本人の言葉を心なく否定することは、自尊心を傷つけてしまうんです。でも、そういう知識がないと、実際そうした場面に遭遇したらつい言ってしまう気がします。

それから、映画のなかでは若年性認知症への支援があまり整っていなかったけれど、いまはさまざまな支援が増えてきているそうです。認知症に限らず、どんな介護も一人で抱えないようにするために、支援の存在を頭に入れておくのが大切ですよね。自分も周りの大切な人もいつ病気にかかるかわからないのだから、ぜひそうした視点も持って、この映画を観ていただけたらと思います。

(ヘアメイク:ICHIKI KITA(Permanent))
(着用衣装:ジャケット、ベスト/suzuki takayuki ・パンツ/MEYAME(ソークロニクル)・ピアス/AMOR)
(取材・文:菅原さくら、撮影:友野雄、編集:安次富陽子)

■作品情報

『オレンジ・ランプ』
主演:貫地谷しほり 和田正人
出演:伊嵜充則 山田雅人 赤間麻里子 赤井英和 / 中尾ミエ
監督:三原光尋
配給:ギャガ  公式HP:www.orange-lamp.com/
©2022「オレンジ・ランプ」製作委員会
6月30日(金)新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA他全国ロードショー