2022年6月のFTXジャパンのサービス開始を前に出した広告。「グローバル・アンバサダー」として起用していたメジャーリーグの大谷翔平選手を前面に打ち出すなど勢いがあった(写真:2022年6月の報道発表資料より)

当社分別管理の対象外(資産返還の対象外)となります――。

「何度問い合わせしても同じ回答しか返ってこない」。そう憤るのは、暗号資産(仮想通貨)交換所のFTXで売買をしていた男性だ。男性は今、FTXの口座に入れていた数千万円相当の暗号資産を引き出せずにいる。

回答の送り主は「FTXジャパン」。現在、金融庁から業務改善命令を受けている。6月9日には、国外の関連会社などに同社の資産が流出することを防ぐ目的で金融庁が出している「資産の国内保有命令」の再延長が決まった。

FTXジャパンの親会社のFTXは世界大手の交換所だった。だが、顧客の暗号資産を無断流用するなど野放図なグループ経営を行い、2022年11月に破綻。その直後にFTXジャパンは、顧客が口座に預けていた日本円や暗号資産の出金・出庫を停止した。

「乗り換え組」に問題が発生

FTXジャパンが出金・出庫の再開、つまり顧客資産の返還を始めたのは今年2月。日本の規制の下、同社は顧客から預かった暗号資産などを会社の資産とは別に管理しており、約10万人いたFTXジャパン利用者の190億円分もの資産は、問題なく返還されるはずだった。

それにもかかわらず、FTXジャパンは男性など一部の利用者に「当社分別管理の対象外」と通告。返還の対象外となっている資産の額は、合計で10億円を超える規模とみられる。いったい何が起きているのか。

資産を引き出せないのは、モバイルアプリで海外のFTXを利用していた人たちだ。日本の暗号資産業界で著名投資家として知られる「ヨーロピアン」(ツイッターアカウント名)氏も、資産を引き出せずにいる。

FTXは2022年春、日本の交換所の「QUOINE」(コイン)を傘下に持つリキッドグループを買収。QUOINEを社名変更し、同年6月からFTXジャパンとしてサービスを開始した。日本市場参入に伴い、FTXは日本人ユーザーの扱いをFTXジャパンに一本化した。

海外のFTXを利用していたヨーロピアン氏は、これを機にFTXジャパンのサービスに乗り換えることにした。海外のFTXと比べて売買が可能な暗号資産の種類が減るなど、PCのウェブやモバイルアプリは日本仕様に変更されたという。

ヨーロピアン氏はPC用ウェブサイトとモバイルアプリの双方で、本人確認手続きを再度行った。「日本の法令に従って本人確認をしてください」との連絡を受けたからだ。アプリでは出金について問い合わせし、FTXジャパンと名乗る担当者とやりとりもした。

しかし、ヨーロピアン氏がアプリ上で管理していた口座の資産は、返還の対象外になっている。「当社が提供していない他のサービスで保有されていた資産」というのがその理由だ。

日本法人の管理外だったアプリ

FTXジャパンが返還対象としているのは、本人確認手続きと審査を経て同社に開設された口座にある資産。一方、海外のFTX口座は、「当社が提供していない他のサービスで保有されていた資産」であり、返還対象外としている。

モバイルアプリ上の口座の扱いも同様だ。「FTX Japan モバイルアプリ」を経由してFTXジャパンに開設した口座の資産は返還の対象。FTXジャパンのサービス開始前にモバイルアプリで作った口座の資産は返還の対象外となる。

ただし、海外のFTXからの「乗り換え組」でも一定の手続きを経ていれば、FTXジャパンが管理する口座になった。「FTX Japan モバイルアプリ」上で口座統合の手続きをし、本人確認手続きを行ってFTXジャパンに口座が開設されていたら、条件を満たせた。

話をややこしくしているのは、アプリの運営主体がFTX子会社の「Blockfolio」(ブロックフォリオ)だったことだ。海外のFTXは2020年に資産管理アプリを運営していたブロックフォリオを買収。その後、ブロックフォリオが運営していたアプリを「FTX App」に名称変更し、顧客に提供していた。

この「FTX App」を経由して口座を開設すると「Blockfolio口座」として扱われた。海外のFTXのサービスを利用するのは同じだが、PCサイトで開設する「FTX.com口座」とは別管理だった。加えて、FTXが日本人ユーザーの扱いをFTXジャパンに一本化する際、ブロックフォリオのサービスは移管されなかった。

だが、利用者はそのような事情を把握できない。

「アプリストアでは『FTX Japan モバイルアプリ』がダウンロード済みになっていた。今まで使っていた『FTX App』が日本でも公式に使えるんだと思った。PCサイトでは別途、本人確認手続きをした。それで『FTX App』上の口座もFTXジャパンに移管されたのだと信じていた」。冒頭の男性はそう話す。

「『ftx.comと統合』というボタンがアプリ上に出たが、『ftx.jpと統合』ではなかったのであえて押さなかった」。口座統合の手続きで迷ったという別の男性もいる。「Blockfolio口座」と「FTX.com口座」を統合したうえで、FTXジャパンに移管するのだとは当時わからなかった。

責任は海外のFTXだけにある?

「FTX Japan モバイルアプリ」に名称が変わってもアプリの運営主体がブロックフォリオのままであることや口座統合の重要性が、どこまで周知されていたのか。FTXジャパンに見解を問うと次のような回答だった。

「FTX Trading側で提供されていたサービスやその顧客・利用者に関して、必要とされる情報提供や案内の内容や有無は、当社ではなくFTX Tradingから顧客に対して告知されるべきものである。また、当社においては、だれが『Blockfolio口座』の利用者かは認識していない」

「Blockfolio口座」の利用者を把握しているのは、海外のFTX(FTX Trading)とその子会社のブロックフォリオ。その2社でなければ利用者が必要とする情報を提供できなかった――。これがFTXジャパンの主張だ。

「『Blockfolio口座』は利用者の意思に基づいて利用されていた」。FTXジャパンは自己責任論も説く。ただ、アプリを通じて「FTXジャパン」とやりとりまでしているヨーロピアン氏のような例もある。はたして問題の原因は海外のFTXだけにあるのか。また利用者の自己責任と済ませていいのか。


FTXの倒産でトークンの価格が暴落するまでは、海外のFTXは売買できる暗号資産の種類が多く取引形態も多彩で世界的に人気だった(写真:Artsaba Family / PIXTA)

FTXジャパンを監督する金融庁や関東財務局は、利用者への対応や説明の状況を注視しているという。

ブロックフォリオが、FTXジャパンの名の下にアプリを運営していたことは問題とするものの、その責任は基本的に海外のFTXにあるとする。

利用者の中にはFTXジャパンに対する訴訟やADR(裁判外紛争解決制度)で事態の打開を図ろうとする動きがある。ただ、海外のFTXを中心にグループとして再建を進める中、日本法人が独自の判断で自社資産を取り崩すのは難しい。

一方で今の状況は、FTXジャパンにとってもデメリットだ。海外のFTXはFTXジャパンの売却を検討しているが、利用者との間のトラブルは売却交渉においてマイナス材料だ。FTXジャパンの先行きにも影を落としかねない。

(緒方 欽一 : 東洋経済 記者)