(写真:Masami/PIXTA)

最初に次の問題を見ていただきたい。

塩25グラムを水100グラムに溶かすとき、食塩水の濃度を求めよ。

「溶液に含まれる特定の成分の割合」という意味を理解しておけば、

食塩水の濃度=塩(g)/{塩(g)+水(g)}×100(%)

であることはすぐにわかる。したがって、答えは「20%」である。ところが、「溶液に含まれる特定の成分の割合」という意味を理解せずに、単に上の公式だけを暗記するものだから、公式を忘れると、

食塩水の濃度=塩(g)/水(g)×100(%)

という誤った式で濃度を求めて、「25%」という誤答を得てしまうのである。そもそも、「クラスにおける女子の割合」と言えば、

女子の人数/(女子の人数+男子の人数)×100(%)

であることは誰もが認めるだろう。これさえ思いつけば、食塩水の濃度の公式で間違うことはないはずである。

「やり方」の暗記だけを教える教育の悪影響

現在、日本の大学生で「25%」と答える者が少なくない。もちろん大学ごとに状況は異なるが、理系の大学生にも「濃度」を一から教え、文系の大学生にも「確率の意味(同様に確か)」を一から教えている光景は珍しくない。

背景には小中学生に対する算数・数学の教育が、「やり方」の暗記だけですませているところが多くある。さらに、高校での教育を真面目に考えれば、そのような問題点に気づくはずと思うが、実態は違う。

昨年、ある高校の数学教諭や高校長から、次のことを同じように言われたことがある。「先生のような方が、ウチの高校で数学を教えると、呆れると思います。教科書準拠のドリルの答えをそのまま覚えさせるか、やり方を暗記させるだけです」という指摘である。

このような実態に関心を払っていたからこそ、2020年末に『AI時代に生きる数学力の鍛え方』(東洋経済新報社)を刊行して「暗記でなく理解の教育」を訴え、昨年末には『中学生から大人まで楽しめる算数・数学間違い探し』(講談社+α新書)を刊行して「理解せずの学びは間違いのもと」を訴えた。

現在、教員の過労問題が大きく取り上げられている。それゆえ、「教科指導の研究までは目が向かないから、やり方の暗記教育で誤魔化すしかない面がある」という教員サイドからの意見が数多くあることは承知している。

実際、何年か前に筆者のゼミ生が教育実習に行った先で(九州の大都市)、実習の指導教諭から「この地区は学校が荒れている。教科の指導を夢見ていたら大間違いだよ」と言われたほどである。

また、筆者の東京理科大学時代のゼミ卒業生は、「数学を教えることは大好きだけど、生徒指導等の負担が厳しすぎる」と言って、公立学校の採用試験を受かって専任教諭であったものの、あえてそれを辞職して、薄給の非常勤講師として頑張っている。

機能していなかった「教員免許更新制」

筆者は1990年代後半から、小中高校への出前授業ばかりでなく、全国各地の教員研修会での講演も積極的にお引き受けしていた。ところが2009年に、10年に一度の「教員免許更新制」が導入され、事態は一変した。

しばらくの間はこの制度の実態を知ろうと思い、何箇所かの免許更新講習の講師を積極的にお引き受けしたが、その実態は矛盾に満ちたものであることを悟った。そこで、2013年に出版した拙著『論理的に考え、書く力』(光文社新書)には次のことを述べた次第である。

毎年、あちこちの会場で免許更新講習が行われているが、教育現場にまったく興味をもたない大学教員が自分の専門のトピックスをばらばらに話しているだけのところが多く、昔からあった各自治体での定期的な教員研修制度のほうが、現場を考えての研修だけにずっと機能していたと断言できる。

そもそも「不適格教員」の問題は、この制度ができる前に対処の方法が確立していたのであり、何のための制度かさっぱり理解できない。せいぜい、教員の身分が不安定になったように印象づける制度かもしれない。それによって失ったもののほうがはるかに大きいと考える。

そして昨年(2022年)になって、ようやく教員免許更新制は廃止されたのである。この免許更新制度がいまだに続いていたらと思うと、ゾッとする関係者は大多数であろう。

筆者はそのように、なるべく教員の教科指導に関する研究に充てる時間の確保のために全力で頑張ったのである。しかし多勢に無勢で、その制度の廃止までに相当な時間を要したことが残念でならない。

そのような「行動歴」のある筆者ではあるが、それでも冒頭の問題を間違えて大学生になる者が相当多くいる現状には、「できるところから改善する努力をすべきではないだろうか」と提案したい。

ほぼ同じ問題で1983年のほうが高かった正解率


2012年度の全国学力テスト(中学3年対象)に出題された食塩水の問題(編集部撮影)

2012年度の全国学力テストから加わった理科の中学分野(中学3年対象)で、10%の食塩水を1000グラムつくるのに必要な食塩と水の質量をそれぞれ求めさせる問題が出題された。

これに関して、「食塩100グラム」「水900グラム」と正しく答えられたのは52.0%に過ぎなかった。実は1983年に、同じ中学3年を対象にした全国規模の学力テストで、食塩水を1000グラムではなく100グラムにしたほぼ同一の問題が出題された。この時の正解率は69.8%だった。

ほぼ同一の問題で行った2つの大規模調査結果で、正答率でそのような大差がつく状況を鑑みると、算数や中学数学に関する基礎概念の教育を徹底する指導を優先していただきたい。

それなくして、理系分野を専攻する大学生の割合を現在の35%から50%に増やす政府の教育未来創造会議が掲げた目標は、絵に描いた餅になるだろう。

(芳沢 光雄 : 数学・数学教育者)