トヨタ自動車東富士研究所で行われた「トヨタテクニカル・ワークショップ2023」に参加(写真:トヨタ自動車)

まさに、抜本的な「モノづくり」変革だ。

トヨタが発表した新BEV(電気自動車)の車体、電池、さらに実車走行……というフルパッケージの取材を通じて、そんな思いを持った。そして、「ついに日本でもBEV本格普及期に突入するのではないか」という気配を感じたのだ――。

トヨタは2023年6月上旬、静岡県裾野市にあるトヨタ自動車東富士研究所で「トヨタテクニカル・ワークショップ2023」を開催した。

トヨタ研究開発を統括する中嶋裕樹副社長は、その冒頭で、「今年4月以降の新体制におけるこれまでの事業改革は概要説明が主体だった」として、今回はトヨタの量産に向けた先行開発の「90%以上を公開する」と、力強く挨拶した。


副社長CTOの中嶋裕樹氏(写真:トヨタ自動車)

その後、「電動化」「知能化」「多様化」という大きく3つの領域について、部品やデータを目の前にしての研究開発担当者による詳細説明や、研究開発中のさまざまな車両のテストコース試乗へ。朝から始まったワークショップは、短い昼食の時間を挟んで、午後5時近くまで続くというハードスケジュールで行われた。

まさに、トヨタがいう「現地・現物・現人」を感じる貴重な体験であり、トヨタ新体制が進める新規事業に対する本気度の高さと、その思いが各部門のエンジニアにしっかりと伝わっていることが確認できたワークショップであった。

本稿では話題を産業界や一般ユーザーからの関心が高い、次世代BEVに絞って紹介していこう。なお、次世代BEVを含めて今回、公開された多くの新技術については、現地での撮影と意見交換に関する録音は禁止され、トヨタ側から提供される画像やデータも一部の技術に限定されている。

変革の1つは「ギガキャスト」

まずは、車体構造について。車体を前部、中心部、そして後部の3つに分けることで、SUV、セダン、クーペなどさまざまな車型やモデルを効率的に作り分けるようにする。その際、キーファクターとなるのが「ギガキャスト」だ。「車体の骨格を大きなアルミ鋳造品で一気に作ること」を意味する。

比較として、これまでの鉄の合金をプレス加工し、溶接して作った車体後部が置かれていたが、こちらは86部品・33工程からなる。対するギガキャストでは、1部品・1工程で作ることができ、生産工程がまったく変わる。

アルミ鋳造については現在、エンジンやトランスミッションなどで使われる工法であり、その知見を車体に活かすという。


左が86の部品からなる従来品。右がギガキャストによる一体成型品(写真:トヨタ自動車)

筆者が気になったのは、「これを、従来のプレス工程のように組立工場内に置くことが可能なのか」という点だ。これまで、さまざまな自動車メーカーのエンジン工場などで鋳造製造の現場を数多く見てきたが、高熱での過酷な作業が今でも必要とされているのが実状だからだ。

これに対して開発担当者は、そうした鋳造作業の実状を十分に踏まえたうえで「作業工程における周囲の空気の冷却など新しい生産技術を採用し、従来プレス工程がある場所にギガキャスト製造工程を設置するべく話を進めている」と新工法の実現性の高さを強調した。

これが実現すると、製造におけるリードタイムは一気に短縮され、自動車業界全体に対する大きなインパクトを与えることになるだろう。

トヨタは、「bZ4X」を筆頭とした現行のBEVやHEV(ハイブリッド車)の生産方式と比べて、ギガキャストなど新しい技術を導入する生産手法により、「BEVの開発費を従来を100とすると2026年に70、そして将来は50と半減、また工場投資は2026年に半減させる」(BEVファクトリープレジデント 加藤武郎氏)とする。


BEVファクトリープレジデントの加藤武郎氏(写真:トヨタ自動車)

5つの電池の量産を「あと5年以内」に目指す

次に、電池技術。今回は、一気に5種類もの新型電池を公開し、これらすべてを「5年以内の量産」を目指すというから驚きだ。

トヨタが持つ電池の基準として、2022年から量産しているbZ4Xに搭載するリチウムイオン電池パックがある。この電池パックでの満充電の航続距離は、中国の基準であるCLTCモードで615km、そして急速充電についてはSOC(電池の充電状態)10〜80%における充電能力を約30分としている。


今回、説明された各種電池に関する展示(写真:トヨタ自動車)

これに対して、2026年から量産予定の「パフォーマンス版」では、ニッケル・コバルト・マンガンによるいわゆる三元系とすることで、bZ4X用の電池と比較して、航続距離が一気に2倍、コストは20%減、そして急速充電能力で20分を実現する。

一方で、コストを抑えた「普及版」も、パフォーマンス版とほぼ同時期となる2026〜2027年の量産に“チャレンジする”とした。これは近年、中国で利用が進んでいるLFP(リン酸鉄系)を使うバイポーラ構造を採用する。bZ4X用の電池と比較して、航続距離は20%増、コストは40%減、そして急速充電能力は30分となる。

3つ目は、2027〜2028年に実用化にチャレンジする「パフォーマンス版・バイポーラ」だ。この電池では正極にニッケルを使い、パフォーマンス版との比較で、航続距離10%増、コスト10%減、急速充電能力は20分となる。

注目の「全固体電池」にもチャレンジ

そして、4つ目と5つ目が、次世代電池の代表格として産業界から関心がとても高い「全固体電池」である。こちらも2027〜2028年の実用化に“チャレンジする”とした。

トヨタは、2021年に「全固体電池をHEV用に量産する計画だ」と発表したが、その後のグローバルでのBEV市場の急速な変化を踏まえて、全固体電池をBEV用に使うことを決めたという。


展示された全固体電池(写真:トヨタ自動車)

全固体電池とは、正極と負極の間にある電解質を液体から固体に変えたもので、イオンの移動が速くなることで充電効率が上がるなどメリットがある。

トヨタは全固体電池を内製で研究開発しており、材料や構造について量産に向けた目途がつきつつあるようだ。その性能は、先のパフォーマンス版と比較して航続距離は20%増で、急速充電能力は10分まで短縮するという(コストは非公開)。

さらに航続距離を50%増、急速充電10分とした上級版の量産にもチャレンジするとしている。つまり、航続距離でみると、全固体電池の上級版の航続距離は、既存のbZ4X用電池と比べて3倍になる計算だ。

筆者は「急速充電での高出力化は、充電器の熱対策などまだ課題も多いのではないか」と聞いたが、この点について電池開発担当者は「指摘の通り、全固体電池のセル側や電池のマネージメントシステム側だけでなく、充電器を含めた充電全体に関するさらなる進化によって全固体電池のメリットが生まれる」という回答だった。

なお、これら5種類の電池の生産については、アメリカのIRA(インフレ抑制法)のような国や地域での規制、またBEVの実質的な需要を考慮し、地産地消型と国や地域を超えた連携型の双方について、電池サプライヤー各社などとの協議を進める。

2026年150万台、2030年350万台が見えた?

今回のワークショップでは試乗も充実しており、乗用BEV、商用軽バンBEV、「ハイラックスBEV」、FCEV(燃料電池)小型トラック(量産済み)、FCEVトラック(助手席乗車)など数多くのトヨタおよびトヨタ関連企業(日野・ダイハツ)の電動車に試乗した。


今回、試乗車として用意された電動パワートレイン車(写真:トヨタ自動車)

その中で印象的だったのは「クラウン クロスオーバー」をベースとしたBEVだ。走り味としてクルマ全体の一体感があって、操縦安定性もかなり高いレベルにあると感じた。完成度も高く、“ほぼ量産レベル”といえるデキばえだった。

そのデキのよさの背景に「走りの作り込み」に対する匠の技があることを、匠自身の言葉とトヨタ関係者のコメントからも理解することができた。

トヨタはこれを「マルチパスウェイプラットフォーム」と呼ぶ。つまり、ICE(エンジン車)やHEVとBEVをトヨタ既存の車体構造であるTNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)で“作り分ける”ことを指す。


「クラウン クロスオーバー」ベースのBEVは擬装が施されていた(写真:トヨタ自動車)

一方で、bZ4Xの「e-TNGA」はBEVのみに対応するプラットフォームで、ハイブリッド車への転用を想定せずに設計されている。さらに、前述のギガキャストによる次世代BEVがある。

つまり、2020年代のトヨタBEVは、これら3つの方式が同時並行で量産され、そこに全固体電池を含む合計6種類のリチウムイオン電池を採用するという、「BEVのマルチパスウェイ化」を進めることになる。

2023年4月7日の「新体制方針説明会」で「2026年までにグローバルで新たなBEVを10モデル投入し、BEV年間販売台数150万台と、2030年の同350万台」の実現を目指すとしていた。

それが今回、ギガキャスト等の新技術を使うBEVファクトリー由来の次世代BEVとして、コンパクトサイズのセダン・ハッチバックで36万台、ミッドサイズではSUVが36万台、そしてラージサイズではMPV(マルチパーパスヴィークル)が12万台、SUVが60万台、そしてセダン・ハッチバックが24万台の合計168万台をグローバルで目指すとし、という具体的な数字を開示。これを基に、2030年でのグローバルBEV販売の基準である350万台のうち、BEVファクトリー由来の次世代BEVの基準を170万台とした。

つまり、350万台と170万台の差分である180万台は、TNGAベースのマルチパスウェイプラットフォームとbZシリーズなどで使うe-TNGAによるBEVということになる。

このほか、水素活用については「商用車最優先」を掲げ、先に発表したダイムラー・トラック・三菱ふそう・日野との協業も含めた「水素を使う量を増やす」体制づくりを進める。燃料電池車の市場規模は2030年には年5兆円を予測し、このうちトヨタへのオファーとして年間10万台(小型乗用車:約5割、大型トラック:約3割)と見込む。

FCEVと水素エンジン車に関する、量産を前提とした先行開発についてもさまざまな紹介があった。

例えば、BEVやHEVから水素車、またはFCEVに変換していく際に大きな課題となる水素タンクについても、現在の円筒型だけではなく、BEV用バッテリーの形に近い「平型」や、ドライブシャフトをまたぐような形状の「鞍型」など「マルチ水素タンク」の量産にチャレンジするという。

次世代技術の「見える化」で起こること

今回のトヨタテクニカル・ワークショップ2023を通じて感じたことは、「量産ありきの先行開発」の充実だ。

一般的に自動車産業における先行開発というと、「おおよそ10年先以降のための開発」という考え方を持つ自動車メーカーや自動車部品メーカーが多いのが実状である。そうした多くの技術は、「研究のための研究」として世に出ないことが多い。


技術解説を行う水素ファクトリープレジデントの山形光正氏(写真:トヨタ自動車)

一方、現時点でのトヨタの場合、要素技術や基礎技術の先行開発が一気に表舞台に登場し、まさに総力戦でトヨタが「100年に一度の自動車産業大変革」に挑む姿勢が明確になっている印象がある。

仮に、今回トヨタが明らかにしたBEVを筆頭とした各種の次世代技術量産化が、トヨタの想定ロードマップ通りに実現した場合を考えてみると、特にトヨタと技術連携関係にあるSUBARU、マツダ、スズキにとって、インパクトは相当大きなものになるはずだ。

SUBARU、マツダ、スズキが、これまで自社で描いてきた技術ロードマップの中で、「どこまでを自社開発し、どこまでをトヨタからOEM供給を受けるか」という経営判断を想定よりもかなり前倒しする必要があるからだ。


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さらに、ルノー・日産・三菱アライアンス、またGM(ゼネラルモーターズ)との連携を強めているホンダと、トヨタアライアンス(商用車でのダイムラー・トラック連携含む)との競争図式が今後、どう変化するのかも大いに気になるところである。

今回のトヨタテクニカル・ワークショップ2023によって、トヨタの次世代量産技術が「見える化」された。それと同時に、日本自動車産業界が大再編期に入ったことを改めて実感させられた。

(桃田 健史 : ジャーナリスト)