インターンシップ先の農園を訪れた化学メーカーに勤める男性(左、提供写真)

40代、50代以降のキャリアに希望はあるのかーー。

社員の定年後のキャリア支援に乗り出す企業はあるが、「肩たたき」と警戒されることを恐れ、うまく進まない現状もある。セカンドキャリア支援を進める大企業が直面した難しさと乗り越え方を紹介する。

役職のない50代が遠慮がちにしている

鈴木祐子さん(仮名)は、日本のある大企業で約10年間、キャリア相談員として社員の相談を受ける中で、40、50代のセカンドキャリアの相談にも乗っている。

相談室ができたのは10年ほど前。立ち上げメンバーだった鈴木さんは、社内に元気のない50代が多いのが気になっていた。

部長職など役職がある50代はだいたい元気です。でも、そうではない人たちは、自分の立ち位置を気にして遠慮しているんです。『会社にいさせてもらえるのだから文句を言ってはいけない』という雰囲気がありました」

スキルの棚卸しをして、やりたいことを見つけてほしい。そう思って鈴木さんは50代向けのキャリア研修会を企画した。だが、参加者は数人。相談に来る人もほぼいなかった。参加者の少なさから、研修を行うための予算がつかなくなった時期もある。閑古鳥が鳴く状態が数年続いた。

「若い世代と違って、ミドル世代は業務中に自分のために時間を使うという発想がありませんでした」(鈴木さん)。「キャリア」という言葉自体が、若い人や出世をしていく人のものと捉える人も多かった。

自身も50代の鈴木さんは、世代の影響が強いのではと見る。「私たちは誰かに相談したり、自分の感情を表現したりといったことをやってきませんでした。何となく我慢をして過ごすことが正しいと思い育ってきた人が多いような気がします」

風向きが変わり始めたのは2015年ごろ。「人生100年時代」や「ライフシフト」という言葉が広がり、50代の社員から「自分」の相談が少しずつ増えていった。

最初は「雇用延長してもらってもポジションはあるのだろうか」「面白くて働いているわけではない状態を続けてもいいのだろうか」という相談が大半だった。最近は「定年前の50代でやっておくべきことはないか」「自分のセカンドキャリアについて考えたい」という、前向きな相談も受けるようになった。

一時期は研修費がつかなくなったキャリア相談室が、なぜ存続できたのか。鈴木さんはこう説明する。「相談室のメンバー全員が、社内の別の仕事を兼務しています。費用がかかれば、定量的な成果を出すことが求められる。相談も専用の部屋は設けず、会議室を借りているから固定費がかかりません。細く長く。これが続けることができたポイントです」

また、キャリア相談室は人事部から独立した組織にしている。人事部の色を感じると異動や肩たたきなどを警戒し、相談をためらう人が出てくるためだ。

「もやっとしている人にこそ来てほしい」

相談に対し、鈴木さんは「こうしたほうがいい」という具体的な提案はしない。相手の話を聞き、一緒に相手が思考を整理できるようにする。「相談に来る人は副業や転職など外に道があることは当然知っています。ただ、一歩踏み出せるかどうかは別。副業なんて自分にはとてもできないという人が大半です」。

この数年で会社のキャリア施策も整ってきた。先日、全社員が対象のセミナーを開いたところ、意外にも50代の参加率が一番高かった。「キャリア相談」や「キャリア研修」という名称だと、問題意識を持っていないといけないが、セミナーだと気軽に参加できるのでは、というのが鈴木さんの気付きだ。

定年退職する時に「相談したおかげで不安なく、やりたいことが見つかって退職できます」と言われたこともある。ただ、鈴木さんは本当にサポートしたい人は、まだ相談室に来ていない人の中に多くいると感じている。

「もやっとした気持ちをぶつけてくれるだけでいいんです。何度来てくれてもいい。そこから初めてどんなことができるかを一緒に考えたい」と鈴木さんは言う。

再雇用の説明会 定年間際に行う会社も

人事担当の部署がミドル世代に変に気を遣っていて、もったいないと感じることがあります

中高年のセカンドキャリアを支援するダイアローグフォーエブリワン(東京)の代表、大桃綾子さんはこう話す。


ダイアローグフォーエブリワンの大桃綾子さん(写真:同社提供)

同社は、企業から依頼を受けて中高年向けのセカンドキャリアのセミナー開催や、地方企業とのプロボノ・越境学習の事業を手掛ける。もともと大企業の人事部で働いていた大桃さんは、組織の中で年齢が上がるにつれ活躍の場が限定的になることに歯がゆさを感じていた。現状を変えたいと2020年3月に会社を立ち上げた。

2022年の内閣府の調査によると、副業に関心はあるが副業をしていない人は全体の半数近く。実際に副業している人は1割にとどまる。副業よりハードルを下げて会社の外の世界との接点を増やそうというのが同社の事業だ。

参加者のうち40、50代が9割近くに上る。2021年、高年齢者雇用安定法が改正され、企業は70歳までの就業機会確保が努力義務になった。以降、大桃さんの会社への引き合いは増え、取引企業は前年比で2倍になった。

大桃さんは「今は企業、人材側双方がコミュニケーション不足で、誤解が生じているように見える」と話す。

例えば再雇用制度も、どんなポジションでどんな仕事ができるのか、年収を知ってから会社に残るかどうかを決めたいというのは働く側からすると当然だ。しかし、定年間際になってから再雇用について説明会を行う企業もあり、時間をかけて考える余裕がないこともあるという。

「キャリア自律と言いますが、自律的に判断できるだけの情報を与えられていないこともあります」(大桃さん)。

人事部も悪気はありませんが、セカンドキャリアの提案について“肩たたき”と勘違いされるのではないかという不安があり、切り出せない場合もありますまずは人事部と社員がコミュニケーションをとってほしい。そうしないと進まない問題です」

配偶者と腹を割って話すことを勧めたい

鈴木さんも大桃さんも、雇用の流動性を高めない限り、本質的なセカンドキャリア形成は難しいという意見だ。数年前にサントリーの新浪剛史社長が「45歳定年制」を提言し、波紋を呼んだが、2人とも「45歳を節目と考えること」には賛成だ。45歳ぐらいで次のキャリアを考えると先が見通しやすいという。

では50代はどう考えたらいいのか。今の50代男性の場合、配偶者が働いていない家庭も多く、配偶者が生活を変えることに不安を感じるケースも少なくない。

鈴木さんは「まず配偶者と腹を割って話すことを勧めたいです。思い込みで、『働いていない配偶者に迷惑をかけるのではないか』や『絶対反対される』と切り出しにくい人も多いと思います。セカンドキャリアは本人だけのものではないはずです。一緒に考えてほしい」と話す。

大桃さんは次の2つを勧める。

1つは自分のキャリアを考えること。会社に相談できる組織があれば活用してほしい。2つ目は会社にいながら、プロボノや副業にチャレンジすること。ノーリスクで自分の力を外の世界で試せるからだ

多くのミドルシニアをサポートしてきた大桃さんは「考えているだけでは、自分の世界にとどまったままで、堂々巡りです。まずは紙に書き出してみる、なんらかの活動に参加してみるなど周りの力も上手に使って、一歩を踏み出してほしいです」と言う。

腹を割って家族や周りと話し、大きなリスクをとらない方法で外の世界に踏み出せば、小さくても変化はある。我慢や遠慮をせずに、まずは自分の気持ちを他者に洗いざらい話してみると、これまでとは別の考え方、生き方が見つかるかもしれない。

(国分 瑠衣子 : ライター)