伊勢海老を脅かす海のギャング・うつぼ。いったいどうしたらいいでしょうか?(写真:jazzman / PIXTA)

お祝いの席などを彩る高級食材として、多くの日本人を魅了してきた「伊勢海老」。その水揚げ量が今、三重県の志摩で激減しているという。

三重県と言えば、伊勢海老の漁獲量で、日本トップクラスを誇る県だ。直近こそ千葉県に抜かれているが、全国1位に君臨する年も多い。

三重県志摩市ではその伊勢海老の水揚げが、2015年に約130トンあったのが、2021年は約71トンと、ほぼ半減してしまったという。

量が獲れなくなれば需給バランスが崩れ、値段は高騰する。これが続くと今後、我々が今までのように伊勢海老を食べられなくなることも大いに考えられる。

水揚げ減少の原因はいくつか考えられる。海水温の上昇問題、海流の変化(特に黒潮が影響)、そして海の砂漠化と言われる海藻が著しく減少・消失する「磯焼け」。伊勢海老は藻場を棲みかにしていたり産卵する場所にしているためその場所がなくなってしまっている。

伊勢海老を脅かす最大の問題…うつぼの大量発生

そして志摩エリアで今、伊勢海老を脅かす最大の問題となっているのが「うつぼ」の大量発生だ。


うつぼ。グロテスクな見た目だが……

海のギャングとも呼ばれるうつぼは、顔は獰猛だし、歯も後ろ向きについていて噛まれたら離れない厄介なやつだ。

その「うつぼ」の好物はタコ。しかし、この海域のタコがほぼうつぼに食べ尽くされてしまい、そこで新たなターゲットとして狙われているのが伊勢海老だという。

殻の硬い大きなオトナの伊勢海老は自分の身を守ることができるものの、まだ稚魚と言うか子どもの伊勢海老が食べられてしまう。すると、自ずと大きな伊勢海老になる前に食べられてしまうことになる。

自然界の弱肉強食、自然の摂理といえばそれまでだが、頭では理解できても、伊勢海老が食べられなくなったりしたら悲しすぎる。伊勢海老で生計を立てている三重県志摩の人たちにとっては生活がかかっている。

今、この由々しき問題に正面から挑む人たちがいる。

ひとつは、東京で飲食店を多く展開するトランジットジェネラルオフィスとアーティストたちがコラボした「EAT to KNOW」プロジェクトだ。美味しく食べることによって環境問題を知り、次の世代に“食”のバトンを渡すことを目的としているという。

この春からは第1弾として渋谷の「チリンギートエスクリバ(XIRINGUITO Escriba)」が志摩のうつぼを使ったメニューを展開している。


うつぼが入ったパエリア「伊勢志摩の海のパエリア」


「伊勢志摩の海のパエリア」のメニュー写真(写真:筆者撮影)

「うつぼパエリア」と名付けるのかと思ったら、そこは「伊勢志摩海のパエリア」と上品なネーミング。ユーモアと言うか、示唆に富んでいるのが、メニュー写真にはいた蛸が、実際のパエリアにはいない。うつぼに食べ尽くされたので”いない”、という意味がそこには込められているのだという。

実は、うつぼには厄介な骨がある。鱧(はも)に似た感じの小骨と言われているが、鱧のような骨切りで済む代物ではなく、結構硬い骨。しかも上半身と下半身で違う構造で、身の中にもぐっている感じだ。

今回のパエリアを食べてみると、うつぼの小骨が口の中でチクっとした。

お店では、小骨が出たら1人分のソフトドリンクを無料にしてくれるサービスを提供し、そのチクっとをエンタメ化している。

大変な骨抜きを、若き職人が華麗に解決

ただできれば、そのチクっとはなく、穏やかに食べたいところ。そう思っていたところ、その問題を華麗に解決している“若き職人”が静岡県にいた。

伊東駅の近くにある「うつぼ」。ズバリ、うつぼを店名にした食事処だ。経営するのは、米田憲さん(32歳)。


「うつぼ」を経営する米田憲さん。指3本は、うつぼを3分で捌けることを表現している(写真:筆者撮影)

現地を訪れ、刺身、フライ、唐揚げ、蒲焼きがセットになったこの店の「うつぼ満腹膳」をオーダーしてみた。単品で頭を唐揚げにした「ギャング揚げ」も注文。


「うつぼ満腹膳」(写真:筆者撮影)


うつぼの「ギャング揚げ」(写真:筆者撮影)

その「ギャング揚げ」なるモノ、頭から食べられるらしいが、口を開け例の歯までついたままご対面するのでなかなかグロい。しかし食べてみるとフグのような味わいと柔らかい身にたっぷりのコラーゲン部分もあって、これがかなり美味しい。塩胡椒味にしたことも美味しく食べられるコツになっている。


うつぼの刺身(写真:筆者撮影)


うつぼの唐揚げ(写真:筆者撮影)

うつぼの刺身は白身魚そのもので塩もしくはポン酢で食べると美味しい。蒲焼きは皮と身の間のゼラチン質を使い、コラーゲンたっぷりで、ぷるぷる食感。このうつぼの蒲焼きをご飯の上に置くと、「うな丼」と言われてもひょっとしたら分からないくらい遜色がない。

それこそ鰻の稚魚が少なくなっている最近の対策に、このうつぼを使った「うつ丼」を売り出したら結構売れるかもと思った。

ただし、先ほども触れたようにうつぼは「骨」抜きが、かなり大変なのも事実。

実際、米田さんもかつて、お客さんが持ってきたうつぼを捌くのに1匹に対して1時間もかかったそうで、苦労したらしい。

しかし、あるとき簡単に捌くコツを発見し、今では3分で捌けるようになったという。

最近ではこのノウハウを教える講習で東京に呼ばれたり、今まさにうつぼ問題に苦しむ三重県からも相談をされたりしているという。

捕獲してただ処分するのではなく…

伊勢海老の天敵と、うつぼを捕獲してただ処分するのではなく、それを美味しく食べさせる。もしそうしてどんどんうつぼ需要を生み出し、食用に捕獲されることでうつぼの数が減ってくれば、伊勢海老の生き残るチャンスも自然に増える。よい循環が生まれ、伊勢海老とうつぼの生態に、よいバランスがうまい具合に取れるーーのも夢ではないかもしれない。

すでに評判が伝わり、地元の静岡の伊豆高原ビールが運営する本店でも、うつぼの唐揚げを売り出す予定という。

現在、うつぼを好んで食べるエリアは筆者の知る限り和歌山県、三重県の一部、高知県、千葉県、静岡県伊豆地方と限られている。高知県のお隣の愛媛では食べないし、ましてや千葉県のお隣の東京の人もほとんど食べることがない。


和歌山県のアンテナショップ「わかやま紀州館」で売られているうつぼの唐揚げ風珍味(写真:筆者撮影)


高知のアンテナショップ「まるごと高知」で売られている「おもうつぼ」(写真:筆者撮影)

ただ、有楽町交通会館にある和歌山県のアンテナショップ「わかやま紀州館」では「うつぼ小明石煮」と言う甘辛醤油で揚げて煮た商品が置いてある。また、銀座にある高知県のアンテナショップ「まるごと高知」にも同じく唐揚げ風にした塩胡椒味の「おもうつぼ」が置いてある。地元を一歩飛び出して他県で売れる可能性はもっとあるのではないか。

日本だけにとどまらない、うつぼ食の可能性

うつぼ食の可能性は日本だけにとどまらない。うつぼ職人米田さんの着るTシャツの背中には「日本から世界へ」とスローガンが書き込まれている。


うつぼを「日本から世界」へとの米田さんの意気込みが伝わるTシャツ(写真:筆者撮影)

世界中の暖かな海には約200種のうつぼがいると言われているが、彼の捌く能力が世界中に伝播すれば、うつぼが世界の食材となるかもしれない。

今でこそ高級食材の伊勢海老も、顔やハサミや殻をよく見ると決して気持ちのよいモノではないし、最初に食べた人はよく勇気があったなと感心する。うつぼもいつか、そんな存在になるかもしれない。

数カ月前、食用コオロギがネットで炎上していたが、まだまだ日頃食用にしていない(たんぱく源を含む)天然モノで食べられるものはいくらでもある。

以前、五島列島に行った際、島民があまり食べないとクレソンが自生のままほったらかされていた。最近は牛乳が捨てられている状況もあるなど、私たちが美味しく食べられるものは日本中にいくらでも転がっているのだ。

世の中で要らないと思われているモノが、実は別のところでニーズがあったりする。そんな凸凹が少しでも埋まればと改めて願う。


川井潤さんによる連載、過去記事はこちらから

(川井 潤 : 旅する食べるマーケター)