作家・村上龍氏が新作『ユーチューバー』について語ることとは?(写真:近藤篤)

デビュー作『限りなく透明に近いブルー』を皮切りに、多くの話題作を世に送り出してきた村上龍氏。彼の最新刊『ユーチューバー』(幻冬舎)は、自身を彷彿とさせる70歳の著名作家・矢粼健介を主人公にした異色の連作小説だ。

表題作では「世界一もてない男」を自称するユーチューバーに声をかけられ、半世紀にわたる女性遍歴を赤裸々にユーチューブで告白する。初体験の相手、家具デザイナーの女性、ユミコ、ヨウコ、キョウコ、ユリコ、マコ、ジュンコ、ヨシコ、リコ、リエ、アケミ、トモミ、ミキ、エイコ、一人ひとりに物語があった。自由、女性、そして小説について、村上龍氏が今語ることとはーー。

圧倒的なアーカイブがユーチューブの魅力

――「ヤザキケンスケ」という作家は村上先生の分身としてしばしば登場しますが、たとえば『69 sixty nine』では「矢崎剣介」、本書では「矢粼健介」と微妙に漢字が変わっています。これはそれぞれの主人公が別人である、という意味でしょうか?

村上龍氏(以下「村上」):いや、特に別人であるという意味はありません。“わたしの分身である主人公”の場合、極端な話、名前はどうでもいいんですね。「ヤザキケンスケ」という名前があるので、その都度、適当な漢字を当てています。

――矢粼はユーチューブを毎晩のように見ていた時期があると書かれています。ご自身もそうだったのですか?

村上:ユーチューブの面白さの一つはその圧倒的なアーカイブです。たとえば本書でも触れているハナ・マンドリコワという女子テニス選手がいました。チェコ人で、全盛期にはクリス・エバートやマルチナ・ナブラチロワにも勝っている。でもむらっ気があって、強いときはどんな相手にも簡単に勝ってしまうのですが、やる気がないときは下位の選手にも敗れるという選手でした。

1986年の全仏大会のQF(クォーターファイナル=準々決勝)、彼女がシュテフィ・グラフと対戦したゲームがユーチューブに上げられています。他にもハナのゲームはたくさんアップされていますが、1986年の全仏QFはぼく自身が現地で見た特別な試合でした。すごいゲームで、しかも美しかった。2人ともバックハンドは片手打ちで、シュテフィ・グラフのスライス、ハナのトップスピンは見ていてほれぼれするものでした。

ぼくは1986年にテニスのグランドスラム(四大大会)を全部回っていて、他にも当時見た試合がたくさんユーチューブにアップされています。テニスだけでも大量のビデオがアップされていて、サッカー、ボクシング、バスケット、野球などきりがないです。スポーツだけでもすごい数があり、映画や音楽に至ってはそれこそきりがありません。

でも、ある日、飽きるときが来ます。なぜか見なくなるんです。それが“過去”だからだと思います。それがぼくにとっての、ユーチューブの特徴です。

矢粼が女性に不自由しなかった理由とは

――ほとんどの読者は「矢粼健介=村上龍」と思うでしょう。本書を「村上龍の女性遍歴」と受け取られることに抵抗はありませんでしたか?

村上:そう受け取っている人は、作家に騙されているんです。ぼくは「騙す」ことに関してはほとんど天才的ですので、わからないのかもしれません。赤裸々に語っているように見えても、それは作家の技術です。本当のことも含まれていますが、どこが本当か、わからないはずです。ただし、嘘99%のシークエンスでも、本当のことが1%ほど含まれていたりします。

――矢粼をユーチューブに引っ張り出した「世界一もてない男」も指摘するように、矢粼は作家になる前から女性にもてていますね。「女はいたけど、もてたという感じじゃなかった」と返していますが、無名の青年だった頃から「女はいた」、つまり女性に不自由しなかったのはなぜでしょうか?

村上:矢粼が女性に不自由しなかったのは、「そういう男だったから」と言うしかありません。ただ、「女性を選ばなかったから」ということは言えると思います。自分を好きになってくれる女性を選んでいたんです。

――彼が18歳のとき出会った「家具デザイナーの女性」は前作『MISSING 失われているもの』にも登場するキーパーソンです。「彼女と結婚してたら小説を書かなかったかもしれない」「彼女の喪失感だけで小説を書いてきた」という言葉の意味を教えてください。

村上:意味は言葉通りですよ。矢粼が人生の中で結婚したいと思った相手は、彼女だけなんでしょうね。これらの言葉は「家具デザイナーの女性」の存在感を際立たせ、彼女の存在が矢粼の小説に強い影響を与えたという印象をもたらします。

小説の感想は聞きたくない

――ヨウコは矢粼のことを「用事がない生き方をする人」と表現し、矢粼本人も「おれは、自由なんだ」と言います。村上先生も「おれは自由だ」と思っているでしょうか? だとしたら「自由に生きてきた」ことを振り返り、どう感じていらっしゃいますか?


村上:ぼくは「自分は自由だ」とは思っていません。そう思っている人がいたら、頭がおかしいのではないでしょうか。自由という概念は、自分ではわかりません。ただし、他の人は正しく「彼は自由だ」とわかります。

――本書で読者に最も伝えたかったことは何ですか?

村上:「自由」「希望」「セックス」について考えてみてほしいということです。

――矢粼はアップしたユーチューブの「感想を聞きたくない」と言いますが、村上先生にも本書の「感想を聞きたくない」気持ちはありますか? 担当編集者によると「女性にも好評」だそうですが、そう聞いてどう思いますか?

村上:ぼくは自分の小説の感想を聞くのが嫌いなんです。(デビュー作の)『限りなく透明に近いブルー』から、そうです。「女性にも好評」と聞くと嬉しいです。でも、感想を話し始めたらイヤになってしまうと思います。

(インタビュー・構成 伊藤和弘)

(村上 龍 : 作家)