日本の生ハムの製法は、イタリア産やスペイン産とは違う?(写真:花咲かずなり/PIXTA)

2022年1月から、イタリアからの生ハムの輸入が止まっています。感染力も致死率も高いアフリカ豚熱がイタリアをはじめヨーロッパで蔓延しているからで、日本国内にウイルスが流入しないための処置。

しかし、こう長引くと、さすがに業者の在庫のイタリア産生ハムもとうとうなくなり、サイゼリヤだけでなく、高級イタリア料理店、スーパーでも、イタリア産ハムは姿を消し、スペイン産(スペインは清浄国)で対応するお店も。それどころか、あまり馴染みのないアメリカ産やオーストリア産も登場せざるをえない状況になっているのです。

世界的にイタリア産生ハムが不足しているわけではない

「実は、生ハムの輸入禁止をしているのは、日本と香港くらいなので、世界的にイタリア産生ハムが不足しているわけではありません」と教えてくれたのは、スペインの生産者から直接生ハムを輸入している「イベリ家」の若き実業家、山田悠平さん。

イベリ家は、空輸での直接仕入れなので、安定して生ハムは入荷しているとのこと。スペインには、6カ月〜36カ月を超える長期熟成生ハムまでさまざまな生ハムがあり、ストックもそれなりにあるそう。けれど、最近は輸送費が高騰していて、日本の輸入業者はコストがかかりすぎて対応できなくなっているため、スペイン産も不足気味になっているのではないか、との見解を示します。

“生ハム”は、日本の呼び名でイタリアでは「プロシュート」、スペインでは「ハモン・セラーノ」。作り方は、皆さんご存じのように塩漬けし乾燥して、半年以上熟成させるのですが、プロシュートは、皮付き、ハモン・セラーノは、皮を剥いで作ります。なので、イタリアの生ハムのほうが、塩味がまろやかでしっとりとした印象なのに対して、スペイン産の生ハムは、コクのある味わいが特徴です。

では、日本のスーパーでよく売られている日本の食肉メーカーが販売しているお手頃な“生ハム”は、何なのか? この生ハムは、「ラックスハム」と呼ばれる種類のもので、ドイツの生ハムの作り方をベースにしています。

ラックスハムは、長時間塩漬けにした豚もも肉を乾燥させながら発酵させて、低温で燻製した加熱していないハムのこと。しかし、日本の“ラックスハム”は調味液に一定期間漬け込んで作ったもので、乾燥や熟成はほとんどされていないのです。

なぜかというと、「熟成ハム類の日本農林規格」の熟成ハム類の生産方法についての基準では、塩漬剤又は塩漬液を用いて原料肉を低温(0℃以上10℃以下の温度)で7日間以上塩漬すること、となっているので、日本の生ハム(ラックスハム)は、1、2週間で商品化される生ハムなのです。つまり、イタリアやスペインの生ハムとは、まったく作り方が違う、日本独自に発達した生ハムなのです。

国産生ハム作りは、リスクが大きい

そもそもイタリア産生ハムの日本への輸入解禁は1996年、スペイン産は1999年と、古代ローマ時代から作られているヨーロッパの生ハムと比べると日本の生ハムの歴史は浅い。

しかし、ちょっと前のデータですが日本は、2016年度のパルマ産ハムの輸入量が約72万kgで、アメリカに次いで世界2位と、日本人は生ハムが大好き!なのです。であれば、日本のメーカーも生ハムを作ればたくさん売れるのでは? と考えてしまうのですが、そう簡単にはいかないのが商売です。

生ハムは、熟成することでおいしくなるものなので、仕入れから製品になるまで1〜2年かかります。イタリアやスペインのような生ハムを作ろうとすると、熟成させるための貯蔵設備や、仕込みの豚肉もそれなりの量が必要となります。

生ハムができるまでは、豚肉は、ただの在庫になり、多く仕込めば仕込むほど「在庫が多い企業」とみなされ、現金が減り、借金も考えなくてはならず、優良企業とはみなされなくなってしまうこともありえるのです。

効率よく生産し、売り上げを得たい企業にとって2年の投資期間は、リスクがとても大きい。さらに、できあがるまで品質や生産個数の確定ができないのも、なかなか参入できない理由でもあります。

その点ラックスハムは、1、2週間で人気の生ハムが商品化できるので効率がよいため、イタリアから生ハムが輸入される前から日本ではずっと作り続けられているというわけ。

国産豚で作った国産生ハム

一方で、イタリア、スペインの生ハム製法を学び、独自の手法を提案しながら、国産の生ハム作りに取り組んでいる生産者がいます。2017年に、国産生ハムの生産者団体「一般社団法人国産生ハム協会」を設立し、豚もも肉と塩だけで作った国産生ハムの普及に尽力しているのが、野崎美江さん。

「廃校になった小学校を活用し、教室で熟成をしたり(おおわに自然村生ハム工房)、麹菌(草壁ハム製作所、ジャンボン・ド・ヒメキ)を使用したり、潮風を浴びながら熟成したり(シャルキュティエ田嶋)など、テロワール(地域色)を生かした豊かな味わいの生ハムを作っています」と、ヨーロッパの生ハムに負けないおいしさがあると力説! 

確かに、おおわにの生ハムは、生ハム用に豚も育ていて、味の濃いイベリコハムのような生ハム。草壁ハムは、小豆島のような温暖な気候の生ハムはどうか??と思いましたが、醤油麹の作用でまろやかな味わいの生ハムができあがっていました。まさしくテロワールの違いが生ハムに反映されていて面白い! 

また、野崎さん曰く、「日本の生ハムは、ウイスキー、ワイン、チーズに続く、世界に認められるクオリティの高い食品になる」と。確かにその可能性は大いにあると思います。


日本でも生ハムの生産が行われるようになっている(写真:筆者提供)

スペインやイタリアは生ハム大国なので、もも肉が最も高く取引されています。しかし、日本の豚肉市場は、ヒレ、ロース、肩ロース、バラ肉が主流です。もも肉は、こま肉や加工用に回されることが多く、スペインやイタリアでは価値が高い部位なのに、日本では価値が見出されていません。

「国産豚のもも肉を使って、しっかり熟成した原木生ハム(イタリアやスペインの製法の生ハム)作りが日本でも普及すれば、もも肉の価値が上がります。そうすれば、生ハムに適した豚を育てる養豚家も増えてくると思います」と野崎さんは訴えます。

安く取引されていた部位の価値が上がる

日本でも国産の生ハム作りが普及すれば、国産の生ハム作りが盛んになれば、安く取引されていた豚もも肉と腕肉(前足)が、価値のある部位として取引されるようになり、養豚家の収益アップにつながり、消費者は質の高い国産の生ハムを食べられるようになるのです。

いまだイタリアの生ハムの輸入解禁は見通せず、例えアフリカ豚熱清浄国になっても、すぐに生ハムはできないので、日本に届くのは早くても2〜3年後。しばらくイタリア産生ハムは食べられないでしょう。

今、スペイン、アメリカ、オーストリア、フランスなどさまざまな国の生ハムが輸入されていますが、この機会に、日本にも素晴らしい国産生ハムがあることを知ってほしいと思います。そのクオリティの高さに驚きますよ!


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(千葉 祐士 : 門崎熟成肉 格之進 代表)