どこまで笑える? バイデン大統領の「ジョークの実力」とすべらないアメリカンジョークの「鉄則」
G7広島サミットで来日中にバイデン米大統領。アメリカの大統領といえば、晩餐会やパーティーなどでの小粋なジョークを求められることも少なくないが、はたしてバイデン氏の実力とは? 毎年、名だたるスタンドアップ・コメディアンが招待され、時の大統領とのジョーク合戦を繰り広げる、ホワイトハウス記者クラブ主催の晩さん会の様子をお届けする。
権力者とメディアが会食する唯一の晩餐会
その晩のバイデン大統領のスピーチはある有名な格言から始まった。
「新聞がない政府と、政府がない新聞。どちらかを選択しろと問われれば、わたしの選択は躊躇なしに後者だ」
言論の自由の重要性を強調するとき、アメリカ人なら一度は耳にしたことがあるトマス・ジェファーソンの名言だ。
場所は4月30日のワシントン・ヒルトンホテル。パプリカ仕上げのフィレ・ミニョンやアラスカ産高級ヒラメに舌鼓をうつ面々はホワイトハウス担当記者、メディア幹部、政治家、官僚、軍人など2600人を超える。
ホワイトハウス記者会が毎年主催するこの晩餐会には歴代の大統領が出席し、ジョークや毒舌を披露することが習わしとなっている。アメリカでは権力監視を担うメディアと政治家は緊張関係にあり、普段、両者がひとつのテーブルを囲んで酒食をともにすることはないため、この晩餐会は唯一例外的な行事なのだ。
その歴史は古く、最初の出席は1924年のカルビン・クーリッジ大統領に遡る。例外的に出席できなかったのは1981年、暗殺未遂事件で入院中のレーガン大統領だが、この時もわざわざベッドの上から電話でジョークを披露している。唯一、意図的に欠席したのはトランプ前大統領だけだ。
バイデン大統領にとっての「部屋の中の象」
さて、この日のバイデン大統領のジョークの出来はどんなものだったろう。わたしが考える、アメリカンジョークでウケる鉄則の第1条は「だれもが思っているのに、口にできないことをネタにする」というものだ。
だれもがひっかかっているのにあえて避けている問題を、英語では「Elephant in the room」(部屋に像がいても気がつかないふりをする)と言う。そこで「kill the elephant in the room」、つまり口に出せない懸案を話題にのせてギャグにすれば、みんな安堵して喝采を送るというわけだ。バイデン大統領に関して言うなら、「部屋の中の象」はやはり、80歳という自身の高齢問題だろう。
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本人もそのことを意識していたようで、晩餐会では年齢がらみのジョークが多かった。そのいくつかを紹介しよう。
「わたしは言論の自由(憲法修正第1条)を強く信じる。わたしの友人、ジェイムズ・マディソンが書いた好みで言っているわけじゃない」
憲法修正条項を書いたマディソンは19世紀初頭の第4代大統領だ。つまり、自分はそれほど長く人間をやっているというギャグだ。自身の高齢問題がらみでは、さらにこんな追加ジョークも。
「わたしがルパート・マードック嫌いだと思われているようだが、とんでもない。彼に比べたら、わたしは(29歳の)ハリー・スタイルズみたいだろ?」
92歳で4度の結婚歴があり、トランプ推しのメディア王として知られるマードックFOXニュース会長を揶揄する一方で、自らをイギリスの超人気シンガーになぞらえたものだが、はたしてこの比較でどこまで聴衆の笑いを誘えたのだろうか?
アメリカンジョークでウケる鉄則の第2条は、時事ネタを巧みに活用することだ。晩餐会の主な聴衆がメディア関係者であることを考えれば、この2条は絶対に欠かせない。そこでバイデン大統領が選んだのがCNNの人気番組司会者、ドン・レモン氏ネタだった。
このレモン氏が2024年の米大統領選に出馬表明したニッキー・ヘイリー元米国連大使(51)を「50代ですでに女ざかりを過ぎている」と揶揄し、CNNを解雇されたのは今年4月24日のこと。この時事ニュースを受けて、バイデン大統領はこんなジョークをぶち上げたのだ。
「人は老人と言うが、ワタシ的には円熟と呼んでくれ。人は老いぼれと言うが、ワタシ的には賢人と呼んでくれ。人はオワコンと言うが、ドン・レモン氏に言わせれば、男盛りと呼んでくれ」
何とも自虐的かつ円熟味(?)のあるジョークではある。
「雇用を1200万人増やした。トランプ氏の弁護士らの分も含めてだ」
時事ネタを取り入れたジョークは往々にして攻撃的になりがちだ。この夜、バイデン大統領もトランプ氏をターゲットとした時事ネタ毒舌ジョークを連発した。そのいくつかを紹介しよう。
「(この後にスピーチする芸人のウッド氏に)10ドル払うから今夜のスピーチを短くするよう頼まれた。大統領に口止め料を渡すとは、トランプの逆張りだよ」
「(バイデン政権になって)雇用を1200万人増やした。トランプ氏の弁護士らの分も含めてだ」
現在、トランプ氏は不倫関係にあったポルノ女優に高額の口止め料を渡した件で、ニューヨーク検察から起訴されている。この口止め料のために大勢の弁護士を雇うはめになったトランプ前大統領をチクリと刺してみせたというわけだ。
4月に「不倫口止め」など34の罪でニューヨーク地検に起訴されたトランプ前大統領氏
毒舌のホコ先はライバル共和党支持者や同党の大統領選有力候補デサンティス・フロリダ州知事にも向けられた。
「デサンティスがらみのジョークはたくさん用意したんだが、ミッキーが先に叩いちゃったんで出遅れちゃったよ」(解説:LGBTなど性的少数者に寛容なディズニーリゾートを締め上げることで保守層を取り込もうとするデサンティス知事に、ディズニー側が訴訟で応戦するなど、猛反撃している)
「フロリダ州知事に再選されたデサンティス氏が『有権者の信任(mandate)を得たか?』と聞かれ、『んなわけないだろ。俺はゲイじゃない!』と言ったとさ」(解説:同性愛者を目の敵にするデサンティス知事が意識過剰のあまり、信任を意味するマンデートという単語を男とのデートと早合点してしまった、というジョーク)
「まあ、今晩は楽しくやりましょう。ジョークに当惑したり、気が変になったと思ったら、あなたは酒の飲みすぎか、マジョリー・テイラー・グリーンに違いない」(解説:学校での銃乱射事件を陰謀と主張するなど、数々の狼藉で議会除名の動きもあった極右トランプ主義者の下院議員をあてこすっている)
「イーロン・マスク氏はNPR(リベラル系の公共ラジオ)が嫌いなようで、予算を減らせとツィートした。わたしに言わせれば、NPRをつぶす最良の方法は彼がNPRを買収することだ」(マスク氏がツィッター社を買収してから同社の評判、業績が低迷していることを皮肉ったもの)
バイデン大統領が晩餐会でジョークを披露するのは昨年に続いて2度目だが、前年に比べると攻撃的なジョークの割合が格段に増えた印象だ。晩餐会直前にバイデン大統領は次期大統領選への立候補を正式表明している。4月30日の晩餐会出席も出馬宣言後の遊説のひとつと考えれば、ジョークがライバル攻撃色の強いものになったのは仕方のないことなのかもしれない。
大統領の「器」を測る場
ただ、こうした攻撃的ジョークは一時の笑いにとどまらず、次期大統領選に影響を与えることがある。その一例が2011年の晩餐会でのオバマ大統領のジョークだ。当時、再選をめざすオバマ大統領周辺には「アフリカ生まれで大統領になる資格がない」というフェイク情報が飛び交っていた。この陰謀論めいた主張の急先鋒が大統領選共和党候補として2位の支持率を得ていたトランプ氏だった。
当初、オバマ大統領は主張のあまりのバカバカしさに、取り合う素ぶりすら見せなかった。しかし、影響力を増すトランプ氏に反論する必要があるとようやく判断したのか、後になって公式出生記録を公表したのだ。
この年の晩餐会はじつに波乱含みだった。晩餐会にはトランプ氏も招待されており、会場にトランプ氏がいることを確認したオバマ大統領がこうジョークを放った。
「わたしの出生記録が明らかになって一番喜んでいるのは、他でもないトランプ氏だ。なぜなら、これで彼が本当に重要だと思う課題に取り組めるからだ。たとえば、NASAの月面着陸はフェイクだとか、ロズウェルの宇宙人はどこに消されたのか、などだ」
オバマ元大統領
このジョークに一同大爆笑となったのだが、トランプ氏の笑顔はひきつっているように見えた。その後、彼は大統領選への出馬を決意するのだが、復讐心が人一倍強いだけに、この夜の屈辱がバネとなって大統領選へと突き進み、さらなる陰謀論の嵐を全米に呼び起こしたというのがわたしの見立てである。
晩餐会では大統領だけでなく、ゲストのコメディアンや芸能人もジョークを披露する。その対象は主賓である大統領であることが多い。当然、その内容は風刺的で、世界一の権力者をからかうものとなる。
そのため、この晩餐会はボブ・ホープやフランク・シナトラといった大物が主賓として招かれた時代から、コメディアンの辛口ジョークに歴代大統領がどれだけどっしり構えていられるか、その器の大小を見極める場としても機能してきた。
今年の晩餐会でバイデン大統領に毒舌を放ったのはコメディ専門チャンネル「ザ・デイリー・ショー」の人気者、ロイ・ウッド・Jrだった。まずは紙を取り出し、「大統領、機密書類を忘れていますよ」。そして紙を手渡すふりをして、「いや、まずい。勝手に持ち出しそうだから、わたしが保管します」
これはルールを破って機密文書を自宅などに持ち帰っていたバイデン、トランプ両氏への毒舌であることは言うまでもない。そして次に放ったのが、フランスの年金改革反対デモにかこつけたバイデン大統領の高齢問題だった。
「フランスから学びましょうよ。定年が64歳に伸びたというだけで暴動ですよ。64歳まで働きたくないから、街に出て反乱を起こす。他方、アメリカでは80歳のオッサン(バイデン大統領のこと)があと4年間働きたいと頭を下げる」
ここで不機嫌な表情を見せたら、器の小さな大統領だともの笑いのタネになる。バイデン大統領が率先して大笑いしたのは言うまでもない。
アメリカに息づく欧州中世文化
晩餐会は5日間にわたる一大イベントと化しており、ジャーナリストと権力の慣れあい(too cozy)と批判されてきた。報道各社ごとのテーブルにビッグなゲストを呼ぶ招待合戦も激しくなる一方だ。
にもかかわらず、閉鎖的記者クラブを固定化させ、メディアトップが秘密裏に総理と食事をしている某国の国民から見ると、やはりうらやましい慣例だ。
シェークスピア時代の欧州では王国が雇用する宮廷道化師(court jester)が直言御免で王や社会を批判した。その最大の武器は笑いだった。鋭い風刺と諧謔でその場を動転させ、「異化」する。そして宴が終わると、また「日常」が戻る。権力にとっても許容範囲のガス抜きとなる。そういう体制はしなやかだ。
昨年の晩餐会でバイデン大統領は出番を待つコメディアン、トレバー・ノア氏にこんなジョークを送っている。
「次は君の番だ。存分に大統領を貶していいぞ。モスクワと違い、ここでは刑務所に行くことはないから」
4月に行われたホワイトハウス記者クラブ主催の晩さん会で、スタンドアップ・コメディアンたちとジョーク合戦を繰り広げるバイデン大統領
ヨーロッパ中世の直言御免文化が、ここ北米大陸で生きていると感じるのはわたしだけだろうか?
文/小西克哉 写真/AFLO shutterstock