新ジャンル航空機「LSA」やっと日本で許可… 国産ダメ!? 航空行政が周回遅れな“理事国”日本の実態
欧米で急成長を続ける軽量スポーツ機ジャンルの「LSA」。日本でもようやく飛べるようになりましたが、それでもアメリカやカナダ、ヨーロッパなどと比べると圧倒的に遅れているそう。どこが問題なのか探ります。
主要国のなかで唯一LSAが普及していない日本
1990年代のバブル崩壊後、いまでも縮小が続く日本の小型機市場を尻目に、世界の小型機市場は年率平均5%を超える成長を持続しています。
2020年以降は、航空機業界も新型コロナによる世界的な経済活動の停滞の影響を受けたものの、その中でいち早く回復が期待されているジャンルが「軽量スポーツ機」、通称LSA(Light Sports Aircraft)と呼ばれる新しいカテゴリーの航空機です。日本の軽自動車規格の航空機版、ともたとえられるでしょう。
とはいえ、日本は主要国の中で唯一、LSAが普及していない国です。その理由は日本の航空法ではLSAが航空機として定義されていなかったからです。そのようななか2022年12月26日、国土交通省航空局は研究開発用航空機などの飛行許可に関して新しい通達を公布。その通達により飛行許可を受ける研究開発用航空機の中にアメリカもしくはヨーロッパのLSA規格に適合する機体も含まれることになりました。
南アフリカを本拠とするスリング・エアクラフト社製のLSA「スリング2」(画像:スカイクリエーション)。
今回の通達により、アメリカに遅れること18年、ようやく日本でもLSAが条件付きで飛べることになりました。日本の航空史にとっては歴史的な一歩でしょう。しかし、その内容は国際標準と大きく乖離したものと言わざるを得ません。今回の通達では相変わらず足りない部分が多々あるからです。
元々、LSA制度の根底には、新しい技術の恩恵を積極的に活用して機体規模を小型軽量に限定することでリスクを軽減し、同時に機体認証と操縦免許の両面で大幅な規制緩和を行うことで小型機の普及を促す、そういった考えが含まれていました。
各国のLSA制度は細部の差異こそあるものの、どれも機体要件と免許制度の二本柱で構成されています。機体については、総重量は600kg以下(水上機の場合は 650kg以下)、エンジンは1基、座席数は2座(2人)までといった要件が制定されています。これに合わせ、免許制度でも「軽量スポーツ・パイロット」免許もしくはそれに相当する新しい操縦士免許が新設されています。
この専用免許は、飛行時間や航法訓練などのトレーニング要件と身体検基準の両面で自家用操縦士免許と比較して条件が緩和されているのがポイントです。ゆえに、この免許で飛行できるのは昼間の有視界飛行方式に限られます。また、航空管制との交信訓練を追加で修了した場合に限り、管制空域の飛行も認められるという形です。
実験機扱いだから実任務では飛行禁止!
各国でLSAが相次いで導入されてきた背景には、小型機の運航コストが上昇し、機数と航空従事者の両方が減少するという深刻な問題が関係しています。この問題を打開するために導入されたのが、LSAという新しい航空機のカテゴリーと免許制度なのです。
こうした制度に支えられ成長を続けてきたLSAは、すでに実用機としての実績を重ねており、飛行学校における訓練機や自家用機、グライダーの曳航などといった用途で活躍の場を広げています。さらに近い将来、LSAの実用性と経済性を活用して森林火災や遭難者の捜索、農薬散布、パイプライン監視などといった分野でも運用が始まる見込みです。
南アフリカを本拠とするスリング・エアクラフト社製のLSA「スリング2」(画像:スカイクリエーション)。
ひるがえって、日本の状況を鑑みると、今回の通達改正は研究開発用の実験機の飛行許可などの内容の変更にとどまり、新たな免許制度を導入するわけではありません。しかも、適用されるLSAもアメリカ規格(ASTM制定)もしくはヨーロッパ規格(CS-LSA)の要件を満たしたメーカー製の完成機に限ります。
加えて、その操縦には自家用操縦士以上の資格が必要になりますが、飛行は昼間の有視界飛行方式に限られ、管制空域の飛行は認められていません。これでは実験機としてLSAの飛行が可能になるだけで、とても実用機として運航できるような制度ではないのです。
さらに問題なのは、今回の通達の内容は法的整合性や国際合意の点で矛盾を抱えていることです。
まず、基準を満たして量産されたメーカー製の機体であるにも関わらず、国内では実験機扱いとなってしまうことは問題でしょう。さらに、管制空域の飛行については、国内のLSAは飛行が許可されませんが、外国籍のLSAには飛行が許可される点も二律背反だと言えます。
ICAOの分担金は世界3位、でも航空後進国の日本
なお、管制圏の飛行についてはもうひとつ大きな矛盾点があります。国産ジェット旅客機として大々的にアピールされたMRJを例に出すと、型式証明を持たないMRJの試験機は管制圏のある空港で飛行が許可されているのに対し、すでに量産されているメーカー製のLSAはその空港に着陸できないのです。これでは海外のLSAメーカーにどう説明するのでしょうか。
南アフリカを本拠とするスリング・エアクラフト社製のLSA「スリング2」(画像:スカイクリエーション)。
筆者(細谷泰正:航空評論家/元AOPA JAPAN理事)は、今回の通達がLSAの飛行に関して暫定的なものであることを望みますが、仮にこれを恒久的な規則とするなら、さらに大きな問題を提起する要因になるのは必至でしょう。
それは、すでに締結している国際合意の不履行という側面です。日本はアメリカやヨーロッパ各国、さらにはカナダなどといった主要国との間で航空分野に関する合意を進めようと、「BASA」と呼ばれる包括的な二国間相互認証協定を締結しています。相互認証の範囲は、機体の安全基準だけでなく操縦士や整備士の資格まで、広範囲かつ深度化していくことを目指しています。諸外国のように、LSAの操縦を対象とした新たな免許制度が存在しない今回の通達のみでは、明らかにBASA不履行と見なされます。
また、日本は民間航空の安全で健全な発展を目的とした国際民間航空機関(ICAO)の理事国です。日本はアメリカ、中国に次ぐ世界第3位の金額を分担金として拠出し、さらに職員も派遣しています。そのICAOではLSAの普及を加盟国に呼び掛けています。今回の通達だけでLSAの普及が実現できるとの認識であれば、ICAO理事国としては思慮が浅いといわざるを得ません。
長い間、ガラパゴス状態であった航空法の下に置かれ続けた日本では、航空産業の空洞化が進んでいます。ゆえに、国内では新しい航空機の開発やパイロット養成が困難になっています。そのため、日本企業はアメリカでプライベートジェットを開発・生産し、主要な航空会社についても海外でパイロット訓練を行っている状況です。
高性能な日本製エンジンが小型機で重用されているのに…
残念ながら、日本は航空の分野では完全に後進国に脱落してしまいました。その結果、安全基準など新たな国際標準の策定作業には参加することができません。この状態をマラソンにたとえると、日本は先頭集団を遠くに眺めてかなり後ろから追いかけている状況と言え、加えてその差は縮まるどころか広がりつつあります。
先頭集団を構成している北米と欧州、ブラジルなどがルールを決め、それを従属的に受け入れることしかできないのが今の日本です。ICAO理事国としてはとても恥ずかしい状態といえます。この状態から日本が航空先進国に返り咲くにはどうしたらよいか。それには先頭集団と同じ制度や基準を一日でも早く受け入れることしかないのです。
南アフリカを本拠とするスリング・エアクラフト社製のLSA「スリング2」。エンジンは出力100馬力のROTAX社製「ROTAX912iS」を搭載(画像:スカイクリエーション)。
まず着手すべきは、航空人口の増加とルール・メーキング(制度設計)の可視化です。これらを避けて通ることはできません。航空先進国では、案件ごとにルール・メーキング委員会が組織され議論、検討、改定案の作成が行われています。メンバーの人選や会議の内容もすべて公開です。
自動車では電動化が急速に進んでいますが、航空機の分野ではまだまだレシプロエンジンの時代が続きます。世界の航空機ユーザーは信頼性が高く高性能な日本製エンジンが航空機用に製品化されることを待っています。昨年、小型航空機の共同研究を発表した新明和工業とヤマハ発動機に対して、全世界の小型機ユーザーから熱い視線が注がれているのに、日本ではあまり知られていません。
総2階建ての超大型機エアバスA380のパイロットも、最新鋭のステルス戦闘機F-35のパイロットも、初めて乗る航空機は小型の単発プロペラ機です。つまり、多くの優秀な操縦士と整備士を育成するためには、小型機の普及が欠かせないと言えるでしょう。そして、新たな産業政策として航空機産業の育成や、航空運送業の国際競争力を強化するといった面でもLSAを実用機として普及させることは必須です。
筆者としては、今回の通達に留まることなく、一日も早い抜本的な法改正が実行されることを望んでいます。