「このあと家来る？」付き合う前に彼の家に誘われ、ついていったら…
空前のゴルフブームが到来している今、ゴルフは男女の出会いの場としても有効だ。
30歳を目前に、いい出会いがなく焦りを感じていた森脇那月（29）も、ゴルフを始めたが…。
東京のゴルフコミュニティーに、ヒエラルキーが存在することを知る。
同じ思惑を抱く女性たちが集うこのコミュニティーで、那月は最後まで勝ち抜き、理想の男性を捕まえることはできるのか―。
◆これまでのあらすじ
▶前回：「これって港区では常識？」29歳女が、タワマンのパーティーで目撃した驚きの光景とは
Vol.6 進展しない彼との関係に痺れを切らし・・・
レストランが入っているビルの階段を下りていくと、スパイシーな香りが鼻を刺激する。
今晩は、友人の麻由子と代官山の『サル イ アモール』でディナーだ。
私が麻由子と会うのは、約2ヶ月ぶり。
アラサー女子の2ヶ月は、結構いろいろなことがあるものだ。
「那月、ちょっと会っていない間に、すっかりゴルフ女子になってるじゃない」
麻由子に誘われたゴルフをきっかけに、何度かコンペに参加し、ゴルフ好きの知人が増えた近況を報告すると、彼女は驚いたように言う。
「麻由子のおかげで、すっかり“趣味はゴルフです”って言えるレベルよ」
ベストスコア100を切る20代女性は、“かなりうまい”と評されるレベルであろう。
「そういえば、この間参加したゴルフコンペ、インスタで誘われた案件だったんだけど、パパ探し目的の派手な女性ばかりで…ゴルフ女子界ってそんなものなの？」
「うーん、華やかなゴルフ女子コミュニティーにも、大きくふたつあるからね」
学生時代にゴルフ部に所属していた麻由子は、ゴルフ事情にも精通している。
麻由子曰く、富裕層男性と仲良くなって、お金をかけずにゴルフや食事を楽しむことを目的としたコミュニティーがひとつ。
ここでは、いわゆる“パパ”を探している女子たちも多い。
そしてもうひとつは…。
「那月が話してたエリナさんみたいに、女性も憧れるような、自立して影響力のあるゴルフ女子コミュニティー。
…那月もちゃんと見定めないと、パパを巡った女性トラブルに巻き込まれたり、危ない目に遭うかもしれないから、気をつけて」
麻由子の言う通りだ。
華やかな世界に目が眩み、興味本位で、意図していないコミュニティーに片足を突っ込んでいた自分を反省した。
― でもよかった。エリナみたいなゴルフ女子も、確かにいるんだ。
「で、最近どうなの？」
麻由子のこの台詞は、恋愛トークに切り込む合図だ。
「大輝さんとは進展なしよ」
ゴルフや食事に行ったり、デートと呼べるようなふたりの時間を5ヶ月ほど重ねてきた。
だが、彼からのアプローチは一向にない。
「結構な頻度でふたりで会っているわけだし、大輝さんだって那月に好意が全くないとは思えないけど…」
「つまり、決定打がないってことよね」
― そうよ！その“決定打”に欠けてるのよ、私って…。
自分の吐いた言葉に、妙に納得する。
そして、彼が関係を進展させたいと強く思うだけの価値が私にはないという事実が、重くのしかかる。
「逆に言えば、大輝さんとは付き合ってるわけじゃないんだから、他に気になる人も探しながら、もう少し様子を見てみたら？」
麻由子の言葉で、先日のタワマンパーティーで意気投合したサトル君の顔が浮かぶ。
サトル君とは、毎日他愛のない連絡を取り続けている。波長が合うし、居心地もよい。
ただ、理想の人かと言われれば、そうでもない。
彼は、中堅の不動産会社に勤めていて、職場に出やすいということで八丁堀に住んでいる。
仕事も居住地も、なんだかあまり馴染みがない。稼ぎも想像するに、そこそこ、というところだろう。
結婚相手として考えると、条件を超えてまで好きと言えるほどの魅力は、まだ感じていない。
自分から積極的に誘おうという気にならないのもそのせいだ。
「…そういえば、麻由子は山口康介さんとはどうなの？」
初めて大輝さんと出会った日に一緒にゴルフに行った康介さんは、麻由子の想い人だ。
離婚調停中という点が気掛かりだったが、傍から見ているとお似合いに見えた。
「離婚の件も決着ついてないみたいだし、会ってはいるけど、こっちも進展なし」
「そっか〜。私たち女性は30歳を目前にすると、結婚、出産、キャリアプラン…を考えて焦ることもある。でも、ハイスペックな男子は、焦る必要なんて全くないものね」
引く手数多な彼らには、いい出会いもあれば、ゆっくり吟味する時間だってある。
「ゴルフはいい婚活の場になるって思っていたけど…。男性はモテるし、ゴルフ女子も女性としてのレベル高いし、ライバル多いよね…」
「そうね。康介さんが奥さんと離婚したがってるのだって、ゴルフで女性との出会いが増えて、奥さんじゃ物足りなくなったんじゃないかって…勘ぐっちゃう」
― 勝手に浮かれていたけど、大輝さんにだって、いい出会いがたくさんあるよね。
自分が彼に選ばれるかもしれない。そう期待していた自分が惨めに思えて、少しでも気持ちを軽くしたいと、食後のデザートワインを口の中に流し込んだ。
『大輝：今日は忙しい？最近連絡取れてないけど、大丈夫？』
― もう…変に期待させないでしょ。
気分転換に渋谷まで歩くからと、麻由子と店の前で別れ、食事中に届いていた大輝さんからのLINEの通知を確認する。
“次に進めば楽になる”という気持ちと“大輝さんと一緒にいたい“という気持ちが、私の中でせめぎ合う。
― 今月中に進展がなかったら、私は大輝さんを諦めて、次に行く！あと、1ヶ月だけ積極的にいく。ダメならダメでいい。
人通りの少ない坂道を上りながら、私はそう決意してスマホの“通話”を押した。
「もしもし、今ご飯食べてて解散したところ。大輝さんに久々に会いたくて…今なにしてる？」
駆け引きなんてできないから。自分の気持ちを素直に彼にぶつけることにした。
大輝さんは、恵比寿で食事をしていたらしく近くのバーで会おうと提案してくれた。
私は彼に指定された場所まで、タクシーで向かう。決心がついたからか、私の足取りはいつもより軽い。
「那月ちゃん、来てくれてありがとう」
「こちらこそ、急にごめんね。近くにいてよかった」
私は、先にカウンター席に着いている大輝さんの横に座る。
― ウイスキー全然減ってないから、そんなに待たせてないかな…。よかった。
「那月ちゃん、最近忙しかったの？この間まで毎日連絡取ったり定期的に会ってたから、1週間ぶりでも久しぶりな感じがするね」
大輝さんの言葉に、嬉しくなる。
私は、背伸びして頼んだ、大輝さんと同じウイスキーのロックに口を付ける。
「私、大輝さんみたいなステキな人と一緒にいていいのか、最近不安になって連絡してなかったんです」
「どうして？僕が会いたいと思って誘ったり、連絡を取ってるんだから、不安になる必要はないんじゃないかな？」
「自信を無くして、大輝さんから離れたくなって…。でも今日は、やっぱり会いたいなって思ったから、連絡したの」
大輝さんのことが好き。
でもその好意を受け取るのを拒まれているような気がして、不安。
そのふたつの気持ちをなんとか伝えようとしたが、いざ大輝さんを前にすると、中途半端な言葉しか出てこない。
初めて会った日も、今日のようなカウンターの横に並んで座って、こんなに魅力的で理想的な人と出会えるなんて、と胸が高鳴ったのをよく覚えている。
そして、あの日と似たようなシチュエーションから、その時の高揚感が思い起こされる。
「もし僕のせいで不安にさせたり、嫌な思いをさせていたなら、ごめんね」
「ううん。私こそ、勝手なこと言ってごめんね…」
「僕は素直に那月ちゃんと一緒にいるのが楽しいから、こうやって会ったりしてる。その気持ちに嘘偽りはない。それでもまだ不安にさせてしまうなら…」
少し悩んだ顔をした大輝さんは、ちょっと出ようか、と、まだ飲みかけのウイスキーを残して、出る支度を始めた。
「大輝さん、もう帰るの…？」
お会計をして外に出ようとする彼の背中を追いかけ、私は外に出る。
「私…大輝さんに、なにか嫌な思いでもさせた…？」
「違うよ。これで那月ちゃんが安心できるかわからないけど、もしよかったら、このあとうちに来ない？」
横に並んで歩く大輝さんの手がそっと私の手に触れ、包み込まれる。初めて触れる彼の温もり。
恵比寿の賑やかな街並みの中で、思わぬ展開に、自分の心臓がうるさくてたまらない。
私は、大輝さんが止めたタクシーに乗り込み、ふわふわした気持ちのまま彼の家へ向かおうとしていた。
▶前回：「これって港区では常識？」29歳女が、タワマンのパーティーで目撃した驚きの光景とは
▶1話目はこちら：「イイ男がいない」と嘆く29歳女が見つけた、最高の出会いの場とは
▶Next：1月9日 月曜更新予定
初めてのテレビ出演オファー。そして、そこで出会った美人ゴルフ女子と…？
