海上保安庁の快速巡視船のひとつ「あしたか」が横須賀で一般公開されました。この船は機関がほかの船と異なるそう。加えて姉妹船は東シナ海などで歴史的事件の対応にも当たったとか。普段見られない海保巡視船の業務の一端を見てみます。

狭い調理室も知恵絞って空間を有効活用

 艦船や鉄道車両、各種クルマなどが一堂に会したイベント、「よこすかYYのりものフェスタ」が2022年12月3日(土)と4日(日)の2日間、神奈川県の横須賀市内で開催されました。

 艦船展示のメイン会場となったのは海上自衛隊横須賀基地。そこの岸壁では護衛艦「いずも」や潜水艦「うずしお」に加え、アメリカ海軍のイージス駆逐艦「ハワード」、海上保安庁の巡視船「あしたか」といった船も集まって一般公開が行われ、役割が異なる4つの船を一気に見ることができました。

 天候にも恵まれたため、筆者(深水千翔:海事ライター)も足を運んできましたが、そのなかで気になったのが海上保安庁から参加した「あしたか」です。普段はなかなか立ち入ることのできない船内を子細に見ることができたほか、色々興味深いハナシも聞けたので、同船を紹介するとともに「あしたか」の姉妹船が対応した歴史的な出来事も振り返ってみます。


「よこすかYYのりものフェスタ」で一般公開された海上保安庁の巡視船「あしたか」(深水千翔撮影)。

 今回、公開された巡視船「あしたか」(PS-07)は、180トン型PSと呼ばれるらいざん型巡視船の3番船に当たります。横須賀海上保安部に所属しており、横須賀港内では比較的よく姿を見る船舶の1隻です。普段は田浦の桟橋に係留されているため、過去には海上自衛隊第2術科学校のオープンキャンパスで公開されたこともあります。

 竣工は1994(平成6)年9月で、建造ヤードは三井造船玉野事業所(現三菱重工マリタイムシステムズ玉野本社工場)。主武装として船首に20mm多銃身機銃を搭載しています。これは目標追尾型遠隔操縦機能(RFS)を備えているため、船橋からリモート操作が可能で、かつ目標をロックオンすると自動で常に捉え続けてくれる機能も有した優れモノです。

 乗員数は15人で、長時間の行動も出来るよう船内に調理室と食料の搭載スペースを備えています。「あしたか」の調理室にはコンロやレンジ、冷蔵庫などが所狭しと置かれ、空いたスペースも有効活用できるよう、調理器具やコップが壁や天井に吊るされていました。ちなみに、海上保安庁のコンパスマークが入った食器は重い陶器でできていたのが印象的でした。

2種類の推進システムの混載なぜ?

 ブリッジ(船橋)には巡視船の航行や任務を行う上で必要な機能が詰め込まれており、操船コンソールやレーダーの表示装置、警備救難情報表示装置、通信機器などが置かれていました。


巡視船「あしたか」の食器。海上保安庁のコンパスマークがデザインされている(深水千翔撮影)。

「あしたか」の特徴は、ユニークな推進システムでしょう。同船は船としては快速の35ノット(約64.8km/h)で航行できますが、そのために高速用の固定ピッチプロペラ2つと低速用のウォータージェット1基を備えた3基2軸という構造です。これが使われているのは、らいざん型では7番船の「みずき」までです。ちなみに2022年11月までに全船が退役した、しんざん型も同様の推進システムを備えていました。

 通常、高速性が求められる巡視船艇の場合、ウォータージェット推進だけの場合がほとんどで、プロペラとウォータージェットの混載というのは、なかなかありません。ゆえにエンジンの制御を行うリモートコントロール装置には、プロペラに繋がる主機に指示を出すテレグラフハンドルと、ウォータージェット推進装置の制御レバーが置かれており、そこを見てもプロペラとウォータージェットの両方を組み合わせて運用していることがわかります。

「あしたか」を含むらいざん型巡視船がプロペラとウォータージェットの両方を推進システムとして採用した背景には、不審船や違法操業を行う漁船などの高速化への対応と、遭難船舶を救助する際の操船性の向上といった2つの要素が上げられます。

 実際、1985(昭和60)年4月に発生した日向灘不審船事件では、漁船に偽装した不審船が最高40ノット(約74.1km/h)もの速力で、宮崎県の漁業取締船だけでなく海保巡視船の追跡までも振り切って逃走したことから、巡視船の高速化・高性能化は急務でした。その一方で遭難船舶の救助や接舷して他船に立ち入る際には、速度を落としつつ繊細な操作を行わなければならず、速力を問わず良好な操船性が求められることになります。

 ただ、しんざん型と、らいざん型が計画された当時は、ウォータージェット推進器のみでは信頼性に不安があったことから、高速航行時のメインはプロペラ、低速航行時はウォータージェットと使い分けることが想定されたのです。しかし、その後、ウォータージェットの信頼性が向上したため、混載はこの2タイプで終わり、しんざん型が全隻退役した今、残るはらいざん型の前期建造船の7隻のみになっています。

「あしたか」の姉妹船が対応した歴史的事件

 らいざん型は1番船の竣工から30年近く経つ現在でも、新造船が続々と登場しており、建造時期によってさまざまな点で違いを見ることができます。


東京湾内で行われた海上保安庁視閲式で航行するらいざん型巡視船(深水千翔撮影)。

 たとえば新日韓漁業協定の締結を受け、「捕捉機能強化型」として建造された7番船の「みずき」(PS-11)は、プロペラとウォータージェットを併用する従来の推進システムを備えながら、20mm多銃身機銃に加えて暗視装置や高圧砲水銃を新たに搭載し、防弾性能を強化しています。

 同船は九州南西海域で発生した工作船事件(2001年12月)や、尖閣諸島海域での中国漁船衝突事件(2010年9月)、そして領海に侵入した台湾船と同国の海岸巡防署所属船への対応(2012年7月)に従事。九州南西海域工作船事件では、「みずき」による射撃が北朝鮮の工作船に命中し、火災を発生させています。

 改良型となる8番船の「こうや」(PS-12)からはエンジン出力が向上したため、推進システムをウォータージェット2基に統一。プロペラと舵を廃止しました。併せて「みずき」でも搭載した暗視装置と高圧砲水銃を標準で装備しています。9番船の「つくば」(PS-13)からは船首側に強行接舷用の防舷材が取り付けられるようになり、さらに外観のイメージが変わりました。

 そして2022年12月21日にはジャパンマリンユナイテッド(JMU)横浜事業所鶴見工場で建造されている18番船の「きりしま」(PS-22)が竣工し、海上保安庁に引き渡される予定です。

 時代に合わせて改良が行われていく、らいざん型ファミリー。その1隻1隻に注目してみるのも面白いでしょう。