「夫の給料だけじゃ厳しい…」キャリアを中断し、ニューヨークで駐妻になった35歳女の本音
「海外で、挑戦したい」
日本にいる富裕層が、一度は考えることだろう。
そのなかでも憧れる人が多いのは、自由の街・ニューヨーク。
全米でも1位2位を争うほど物価の高い街だが、世界中から夢を持った志の高い人々が集まってくる。
エネルギー溢れるニューヨークにやってきた日本人の、さらなる“上”を目指すがゆえの挫折と、その先のストーリーとは？
現状に満足せず、チャレンジする人の前には必ず道が拓けるのだ―。
Vol.4 ニューヨーク駐妻の現実
夫（大手商社勤務）に帯同した駐妻・真理（35歳、元大手食品メーカー）
「ママ、見て！すっごくきれいだね！」
ロックフェラーのクリスマスツリーを見て、5歳の娘が目を輝かせながら言った。
12月初旬。私たち家族は毎週のように各地のイルミネーションやクリスマスイベントを訪れている。
夫のニューヨーク転勤が決まった時、帯同するかかなり悩んだ。
私は、日本では、大手食品メーカーの総合職として働いていた。
海外赴任の話が出た時、私はちょうど次女を出産し育休中だったが、彼女が1歳になる頃には復帰を考えていた。
子育てをしながら緩やかに仕事を続けるキャリアパスも、積極的にキャリアアップをするパスも選べる環境が整っていたので、私は仕事を続けるつもりだった。
だから退職してついていくことに、抵抗があったのだ。
でも、これは子どもにとっても英語環境に身を置けるチャンス。
元のポジションに戻れる保証はないが、会社の復職制度もある。今は家族との時間を大切にしよう、と退職を決意した。
ニューヨークでの生活は、恵まれている。
夫の年収は、住宅費や手当を入れて2,300万円。
私の収入がなくても、税金や保険料、私や子どもの英会話教室や日本語補習校の授業料まで負担してくれる。
マンハッタンのクリスマスを象徴するように、目の前でキラキラと輝く巨大なツリーを見つめながら、“ここに来て良かった”と今の幸せを噛みしめていた。
1年後
来て半年頃までは幸せだったのに、最近になって暗雲が立ち込め始めた。
英語はこちらに来れば自然と話せるようになると考えていたが、思ったほど上達しない。
初めの頃は市の主催するESL（語学学校）に通ったり、オンライン英会話で勉強をしていた。
こちらには移民がたくさんいるが、英語を話せない人に対して冷たい目を向ける人も少なからずいる。
電話は途中で切られ、店員に面倒くさそうな顔をされるうち、複雑な英語が必要な場面は夫に任せるようになった。
そうして結局日本人同士で集まり、英語を話す機会が減っていく。
「そういえば〇〇さんのお子さん、私立に行くんだって！」
居心地がよく親切なママ友たち。でも最近ではこのままでいいのか、という焦りが出てきた。
狭いコミュニティーで、集まれば知り合いのどうでもいいウワサ話ばかり。
仕事もなく、同じ日本人とばかりつるむようになっていた私は、日本にいた頃よりも窮屈さを感じていた。
子どもたちが寝静まったある夜のこと。
夫に子どもの病院関係の問い合わせをお願いしたところ、夫が嫌な顔をした。
「明日忙しいんだよ。結構時間取られるし」
「でも明日中に連絡しないといけなくて…」
すると夫が小さな声で「はぁ…面倒くさい…」と言って、シャワーを浴びに行ってしまった。
こんなとき、言葉でも金銭面でも夫に頼っている自分が“彼の付属品”のように思える。
East River沿いの2bedルームのアパートメント。
窓から見る夕陽が綺麗でこの家が気に入ってるけれど、喧嘩の時には狭く感じる。夜は治安が悪いので、頭を冷やすために出ていくコンビニもファミレスもない。
イラ立ちを鎮めようとパソコンを開くと、長女の学校からメールが来ていた。
内容はクリスマスに先生にあげるアプリシエーションギフトとクラスボランティアに関するもの。
― 公立でも、先生にお金や物を贈るんだ…？
驚きながらも詳細を読んでいると、ふとメールの送り主に気がついた。
― クラスマムってAriaのお母さんだったんだ。確か弁護士って言ってたよね…？
前に親の集まりで「同じ事務所に最近“Reina”っていう日本人の弁護士が来たのよ」と言っていた。
働きながらクラス委員を引き受けてくれているのかと思うと、言葉や下の子を理由に学校行事に関わっていなかった自分が恥ずかしくなる。
ボランティアの詳細を確認すると、自分でもできそうなものがあった。
― これならできるかな…？
私はサインアップシートを開くと、次女を連れてでもできそうな“イベントセットアップ”の欄に名前を記入した。
◆
ボランティア当日の朝。数人の親たちが参加していた。
仕事前に来ていたり、耳にイヤホンをつけて、ミーティングをしながらの人もいた。
― アメリカのPTAボランティアはできる人がやればいいのよ。だからやらなくても大丈夫。
それが日本人のママ友から聞いていた通説で、やっても迷惑をかけるだけだろうと避けていた。
でも“子どものため”と、仕事があるにもかかわらずに積極的に参加している親もいる。
― 私、ここに馴染む努力をしてなかったな…。
一緒に過ごすのは日本人。話すのも日本語。住んでいる場所だけがニューヨークだが、子どもの学校も人任せ。
このままじゃいけないと、私は少しずつ、学校のボランティアや行事に参加することに決めた。
言葉で困ることもあったが、周りもノンネイティブスピーカーに慣れているのか、気にせず手伝ってくれた。
徐々に現地の親たちとの関わりもでき、自分の世界が広がっていく。
だんだんと自信が出た私は、せっかくの機会だからと、下の子を預けて現地の大学で復職後に役立ちそうな授業を取ろうかと考えた。
しかし…。
「保育園料がこの辺りだとフルで月30万円以上。しかも全然空きがない…。ナニーを雇うにしても高い…」
次女が3歳になれば、無料で3-Kクラスに通える。でも2人分のアフタースクール代や自分の授業料を考えると、自分の貯金を崩しても厳しい。
「はあ…」とため息をつきながら、私はパソコンを閉じた。
◆
週末、長女のクラスの子の誕生日会でAriaのお母さんと“保育園代の高さ”の話になった。
「うちも子どもたちのアフタースクールやプリスクール代、私の大学の奨学金で、私の給料全部持っていかれてるわ。
それに私たちはインド出身だからグリーンカードを取得するのに、10年以上かかるって言われてるし、ほんと生きるのが大変！」
彼女はケタケタと明るく笑う。
Ariaのお母さんは弁護士でお父さんは医者。2人とも立派な仕事で羨ましいと思っていたが、実際には色々と大変だと言う。
「でもそれも自分の夢のためだから。ここで独立することが夢なの」
そして彼女は、唐突に私に質問してきた。
「あなたの夢は何？」
無邪気な笑顔に、私は言葉が出てこない。自分の夢など、最近考えたこともなかった。
― ママでも、こんな年齢でも、夢を持ったって良いんだ…。
これまで“家族のため”と家族を優先して考えることが当たり前だった。
その日から私は、家族の幸せだけでなく、自分自身の夢も考えるようになった。
◆
それから2年後。3年の夫の任期はあっという間に過ぎて、本帰国が決まった。
私はというと、あれから英語の勉強に地域のボランティア、オンラインでアメリカの大学の講座を受講したりした。
でも、2年という月日はあっという間で、すぐにキャリアにはつながらなかった。
そしてさらに4年後…。
私は今、ニューヨークにいる。
今回は夫の帯同ではなく、自力で来たのだ。
帰国後私は元の職場に復帰し、そこで温めていた企画をいくつか提案した。
時間があったおかげで企画を詳細まで詰めて説得力のある資料も揃えることができたし、グローバル化を狙う企業として、アメリカでの主婦の経験を交えた企画は受けが良かった。
私自身、アメリカで他の親たちと関わるうちに“子どもに悪いから”とセーブして働くのではなく、家族との時間も仕事の時間もバランスを取ればいい、という思考に変わった。
そうして、社内公募にあったMBA留学に応募し、選ばれた。
英語での授業経験も少しは役立ち、行きたかった大学に合格し、ニューヨークに戻って来た。
今回は下の娘だけを連れて。
夫とは、私が無意識に感じていた劣等感がなくなってから関係が良くなった。今は日本で長女と頑張ってくれている。
「あなたの夢は何？」
彼女の質問に今やっと胸を張って答えられる。
「世界でも自分の足で立って活躍すること」
それが、今の私の答えだ。
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