JR四国の観光特急「ものがたり列車」として、2017年4月にデビューした「四国まんなか千年ものがたり」。多度津から善通寺、絶景で知られる大歩危峡などを経由します。車両のつくりや車内の食事なども魅力豊富でした。

四季をイメージした風流な愛称

 JR四国の観光特急「ものがたり列車」は、通年で高乗車率を誇る人気列車です。多度津〜大歩危間で運行する「四国まんなか千年ものがたり」も、年間乗車率90%だそう。

「ものがたり列車」では、専属アテンダントが乗務し、地元食材の料理や地域のおもてなしを体験できるのも魅力。この「四国まんなか千年ものがたり」にはどんな特色があるのか、筆者(安藤昌季:乗りものライター)は今回、大歩危行き「そらの郷紀行」に乗車してみました。始発駅は多度津(香川県多度津町)。ここは四国の鉄道発祥の駅で、予讃線と土讃線の分岐駅でもあります。


JR四国の観光特急「四国まんなか千年ものがたり」。多度津〜大歩危間で運行される(安藤昌季撮影)。

 列車はキハ185系ディーゼルカーを改造した3両編成です。車両のデザインを担当した、JR四国 営業部 ものがたり列車推進室長の松岡哲也さんによれば、「ステンレス車であるキハ185系は車体をいじれないので、初代『伊予灘ものがたり』で凝らした『貫通路を広くしての化粧幌』などはできませんでした」とのことですが、緑、青/白、赤と号車ごとに色分けされており、和漆器のような印象を受けました。

 1号車は「春萌(はるあかり)の章」(緑)、2号車は「夏清(なつすがし)の章」(青)と「冬清(ふゆすがし)の章」(白)、3号車は「秋彩(あきみのり)の章」(赤)という愛称があります。これは、語呂のよい大和言葉を作ってイメージに近い漢字を当てはめた名称とのこと。漢字の読みにも外来文字へ大和言葉を当てるように、一種の日本文化と捉えたそうです。

「胎内へ回帰したような」空間とは

 乗り込むと、デッキ部分に日本の草花の絵があしらわれています。「春:しろばなたんぽぽ、夏:みやこざさ、くまざさ、かたばみ、秋:よめな(のぎく)、すすき、冬:つわぶき」が題材で、「客室を古民家に見立て、デッキはその庭先のイメージ」なのだとか。文化に裏付けられた遊び心が目を引きます。


デッキには日本の草花の絵があしらわれている。春:しろばなたんぽぽ(安藤昌季撮影)。

 1・3号車には、向かい合わせのテーブルを備えた2人席と4人席が配置されています。ユニークなのは「交互に配置している」こと。これは運行区間の両側に景色のよい区間が広がるので、どちら側の側窓にも近づける配慮だそうです。また窓の上に荷物棚がなく、カフェのような荷物箱があるのは「空間の広がり」への配慮。懐かしくもあり現代的でもあり、お洒落な空間に魅了されます。

 特に目を引くのは、天井のつくりです。薪を使う囲炉裏の上部に釣られた「火棚」をモチーフとしています。窓際を低く斜めに、さらに中央を鏡面にして高さを演出したとのこと。落ち着きのある格子も古民家を思わせます。「軒先が低く、室内が高い古民家空間は、胎内へ回帰したような安らぎがある」とデザイナーは考えたそう。

 照明も古民家らしさを意識して最低限です。側窓の下に照明が設けられていますが、「火の灯りを意識して、低い位置の光源を増やした」とのこと。なお、照明カバーには壁と同じ厚さ0.2mmの杉による突板を使い、眩しさを抑え樹木が光っているような見た目です。

童心に帰れる座り方 2号車のみ異なる座席配置

 2号車のみ、全く異なる横一列のベンチソファが配置されています。クッションも置かれ、座り心地は良好です。「ギャレーがあり客室面積が狭いので、逆に一体感を味わえるようベンチソファとしました」とのことで、座席と逆向きの景色が見にくいのですが、「童心に帰って、座席の上で反対座り」がデザイナー推奨の楽しみ方なのだとか。

 2号車は定員11名(4人+4人+3人掛け)。特別感のある内装は人気だそうです。筆者は2号車を予約しましたが、窓向きのベンチソファにより、目の前の景色が目に飛び込んできます。前面展望もモニターで楽しめ、全く退屈しません。

 車端部にはギャラリーもあり、香川漆器など沿線の工芸品が展示されています。洗面台の陶器と箸置き、多度津行き「しあわせの郷紀行」のコーヒーカップは、徳島県の大谷焼です。

途中駅にある専用ラウンジ

 多くのJR社員に見送られ、いよいよ列車は多度津駅を出発します。ほどなく列車は善通寺駅、琴平駅と停車します。琴平駅には「四国まんなか千年ものがたり」の専用ラウンジ「Lounge TAIJU」が設けられています。


琴平駅にある「四国まんなか千年ものがたり」の専用ラウンジ「Lounge TAIJU」(安藤昌季撮影)。

 同駅は駅舎自体が経済産業省の「近代化産業遺産」に指定されています。ラウンジは駅の耐震工事と「四国まんなか千年ものがたり」運行計画が重なったことで、旅の魅力になればと考え設けられたとのこと。「若手の建築社員が手がけ、金刀比羅宮の宮司様に監修してもらったデザイン」だそうで、金刀比羅宮の御社紋も使われています。

 ラウンジでは長時間停車中に、乗客へミネラルウォーターと暖かなスープが提供されます。スープにはノリタケのデミタスカップが使われ、高級感があります。

スイッチバック秘境駅も通る

 琴平駅出発後、列車では事前予約者へ食事が提供されます。ランチョンマットは「そらの郷紀行」が香川の「讃岐のり染め」、「しあわせの郷紀行」が徳島の「しじら織り」です。スプーンやフォークを置くカトラリーレストは「庵治石」とこだわりが見られます。

 なお、この列車では予約していなくても飲食が楽しめます。メニューは豊富で、アルコール類が13種類あります。なかでも8種類の地酒から3種類を選べる「香川漆器で味わう3種飲み比べ」は、漆器が人間国宝・山下義人氏の作品であり、その舌触りも心地良いです。


秘境スイッチバック駅、坪尻(安藤昌季撮影)。

 ほかにもノンアルコールが14種類、「徳島名物フィッシュバーガー」「西山食品店の焼き豚 サラダを添えて」「さぬきのオイルサーディン」といった軽食・おつまみが9種類、デザートが4種類と、あたかも本格的な食堂車にいるようです。

「そらの郷紀行」は途中、讃岐財田駅、坪尻駅、阿波池田駅、三縄駅で運転停車し、ホームにも降りられます。特に坪尻駅はスイッチバックでも知られる秘境駅で、普通列車すらほぼ停車しないため、特別な体験ができます。列車は香川県の里山から徳島の山奥に入り、筆者は大歩危峡の絶景に目を奪われました。

「千年ものがたり」の名前の通り、沿線は1200年の歴史を持つ善通寺や、「こんぴらさん」として知られる金刀比羅宮の門前町、平家落人伝説の残る祖谷地方と歴史を感じさせる地域です。おもてなし、車窓、車内デザイン、食事など、見どころ豊富な列車であり、2時間の乗車時間はあっという間でした。