夫に内緒で男と高級鮨デート。しかし、2軒目に誘われず撃沈…女が何気なくやってしまった失態とは？

2022年12月17日 5時6分

人生のステージが変わるたび、女の友情はカタチを変える。

そしてドラマの舞台も…。夜の港区から、昼の港区に変わるのだ。

20代は深夜の西麻布で、30代は昼の麻布で。女たちは時に嫉妬し、時に優越感に浸る。

これは大人になった女たちが港区で繰り広げる、デイゲーム。

◆これまでのあらすじ

女性とたびたび食事をしていることが判明した優子の夫・平蔵。サトミは、優子に“ハニートラップを仕掛けてほしい”と頼まれ… 。

▶前回：「自由がない」子持ち女。「孤独」な独身女。32歳女たちを襲うリアルな閉塞感の正体

ハニートラップの行く末

息子を寝かしつけ、そのままうたた寝してしまった私は、優子の夫・平蔵から届いたメッセージの音で、目が覚めた。

『平蔵：サトミちゃん、ぜひお食事行きましょう！来週の火曜か水曜は？』

「うっ…」

スマホの画面を見て思わず、声を出してしまった。

“夫と会って、ハニートラップを仕掛けてほしい”

優子にそう言われて渋々、平蔵に連絡したのだが、具体的な日にちを提案されると、現実味を帯びてきて焦る。

しかし、好奇心で、優子からの依頼を承諾してしまったのは私だ。

子どもを産んでからというもの、刺激のない毎日が当たり前になってしまった。

だが元々は、イレギュラーな出来事が大好物なのだ。

― 水曜にしようかな…。

そう思いながら、リビングへ行くと夫が話しかけてきた。

「ねぇサトミ。最近、俺に対して文句言わないし穏やかだよね？何かあった？」
「ん？別に。何もないよ」

― それどころじゃないってだけ。

私は心の中でつぶやきながら、冷凍庫からバニラアイスを取り出した。

【登場人物】7年ぶりに再会した32歳女たち

夫は、妙に勘が鋭いところがある。

平蔵がうちに来たときも、“平蔵は女好きな雰囲気がある”と推測していた。

私は、なんとなく夫と目を合わせないようリビングのソファに移動する。

いくら頼み事とはいえ、異性とふたりでお酒を飲むのはルール違反だろうか。

ほんの少しだけ罪悪感が生まれたが、夫も夜のお店に行ったりしているのを思い出した。

― 今回は許してね。

そう思いながら、溶け始めたカップアイスの縁をスプーンですくった。

◆

水曜日。

「さすがに、旦那さんが家にいない平日に『お料理教えて！』は、まずかったよね。ごめんなさい」

平蔵は席に着くなり、私に最初に送ったメッセージについて謝った。

― ええ。ありえないと思いました。

私は心の中で毒を吐きながら、嘘っぽい笑顔で答える。

「あはは。そうですね。夫に誤解されたら面倒ですし、優子にも悪いので」

私たちは恵比寿にある『松栄』に来ていた。

「おいしい日本酒を飲みたい」とリクエストしたら、平蔵が予約してくれたのだ。

― ずっと気になってたお店なんだよね～。

私は内心ラッキーと思いながら、鮨に合うというシャンパンで乾杯し、お互いの子どもや優子の話で会話をつないだ。

平蔵は、たしかに女性の扱い方に慣れている感じはある。

だが、突出して“女好き”なところは、今のところ見つからない。

「そういえば、私この前、レストランで平蔵さんを見かけましたよ。女性といたので声はかけませんでしたけど…」

私は、そう切り出して様子を伺った。

「え！？え～っと。いつだろ？」

― 明らかに慌てているじゃない…。

「2週間くらい前だったと思います」
「…。た、たぶん、見間違いじゃないかな？僕、広尾エリアはあまり行かないし」
「…そうですか」

― 私は「広尾」のレストランとは一言も言っていないけど？

そう言葉が出かかったが、グッとこらえた。

間違いなく、平蔵はあの日のことを言っていた。

これは、嘘をついていることの証拠だ。でも、私はそれ以上の言及はしなかった。

なぜなら、この話をしたあと平蔵はわかりやすくテンションが下がったからだ。

私との会話はストップし、小声で「おいしい」と言うだけ。

「平蔵さん、なんか元気ないですね。仕事で何かありました？」

会話がなく気まずかった私は、優しく尋ねた。

「いや、どちらかと言うとプライベートがうまくいっていなくて…ってごめんね。なんでもないから気にしないで」

平蔵は私に謝ると、日本酒を飲んだ。

しばらく沈黙が続いた後、平蔵がようやく私に話しかけた。

「サトミちゃんは、旦那さんと仲がいい？」
「私ですか？…う～ん」

どこまで話そうか迷いながら、やんわりと、子どもが生まれてからは夫婦仲がそこまでよくないことを伝えた。

平蔵はうんうんと相づちを打ちながら、目を見て聞いてくれる。

気づけば、私は、子どもが生まれてからの漠然とした不安や、刺激のない日々が続くことへの悩みを漏らしていた。

「…って、すみません。取り留めもないことを話してしまって」

夫婦や自分のことを、ここまで男性に話したのは初めてかもしれない。

優子も私の夫も、平蔵のことを、“女好き”と言っていた。

でも、女性が話しやすい空気を作るのが上手な平蔵は、実は、かなりモテる人なのではないだろうか。

「そうか…旦那さんとケンカしたとき、他の人に目移りはしない？」
「しないですね。私、自分がかっこ悪いと思うことはしたくないんです」
「うん。それがいいと思うよ。失ってから後悔しても、遅いからね」

平蔵はどこか遠くを見つめながら、何度もうなずいた。

なんだかよくわからないが、しっぽりとした空気が流れる。

― ヤバい…この流れだと、2軒目には誘われないわ。

私の予感は、的中した。

平蔵は頃合いをみてお茶をふたつ頼むと、財布からカードを出し、さっと会計を済ませた。

優子から頼まれた“ハニートラップを仕掛ける”というミッションが達成できない、と焦った私は、自分から2軒目に誘ってみた。

「平蔵さん、よかったらもう少しだけ飲みません？」

私は店を出たあと、できるだけ可愛く聞いてみたが、彼は首を横に振った。

「ありがとう。でも今日は帰ろうかな。またみんなで集まろう！じゃあね」
「あ、はい。おやすみなさい」

平蔵は、誘いに乗ってこなかった。

― 優子、よかったね。

私は素直にそう思った。

話していても感じたのだが、手当たり次第に女に手を出すタイプではないような気がする。

世の中には、妻の親友と“裏切り行為”に及ぶ男も存在する。少なくとも、そこまでではないことがわかった。

私は、六本木方面に向かうタクシーに乗ってから、優子に報告しようとスマホを取り出す。

すると、3人のグループLINEで、菜々緒と優子が何やら騒いでいた。

『菜々緒：ちょっと聞いて！この前結婚したばかりのあの子、もう離婚したって』
『優子：え！あの“新婦ちゃん？”』
『菜々緒：そう！笑名前なんだっけ。リリカちゃん？』
『優子：確かそんな名前だったね。でも、離婚って…早すぎない？』
『菜々緒：ね。早すぎ。私も知り合いから聞いただけでさ…優子は何か知ってる？』

そこで、ふたりの会話は止まっていた。というか、優子が止めているような感じだった。

― ていうか、離婚って…早すぎるにもほどがある。

私は呆れてしまった。

妥協婚だとしても、あれだけお金を使って結婚式をして人もかなり呼んだのだから、せめて1年。いや、半年は我慢すればいいのに。

そんなふうに思っているゲストは、私だけじゃないだろう。

しかし、他人には他人の事情がある。

私は、グループLINEに今日の「特にこれといった収穫はなし」という報告をして、自宅に戻った。

「ただいま～」

自分にだけ聞こえるくらいの小声で言ってから、バスルームへ直行する。

そこへ、夫がやってきた。

「サトミ、おかえり！早かったね」
「うん。久しぶりのお鮨、おいしかった～」

『あなたはしょっちゅう食べているんでしょうけどね』

そんな嫌味を込めて言ったのに、夫は気づいていない。

「お風呂上がったら一緒にアイス食べよう。サトミが好きなやつ買っといたから」
「…うん。お腹いっぱいだけど。わかった」

私はそう答え、服を脱ぐため、夫をリビングへと促した。

バスタブに浸かり、外の寒さで硬くなった全身をほぐしていると、お風呂に持ち込んでいたスマホが震えた。

『優子：ふたりとも、今週末の土日どちらかうちに来られない？緊急事態なの』
『サトミ：どっちも空いてる！どうしたの？』
『優子：それがさ…ううん。会ったら話すね。ちょっと私だけじゃ抱えきれなくて』

絵文字なしの文章が、切実さを物語っていた。

緊急事態…。

私はお風呂から上がって、スキンケアをしながら、さっきまで一緒だった平蔵の言動を思い出していた。

すると、頭の中で点と点がつながっていく。

― まさか…ね。

優子に「わかった」とメッセージを送って、夫が待つリビングへ向かった。