キリアン・エムバペの勢いが止まらない。

 決勝トーナメント1回戦が終わり、ベスト8が出そろったワールドカップだが、個人タイトルに眼を向けると、フランスのエムバペが得点王争いで頭ひとつ抜け出し、トップに立っている。

 エムバペはここまで全4試合に出場(うち3試合先発出場)し、5ゴールの荒稼ぎ。すでに1試合2ゴールを2試合で記録している。

 しかも、ただ多くのゴールを決めているだけでない。その内容も、巧みなワンタッチゴールあり、豪快なミドルシュートありと、一瞬スタンドが静まり返ったあとに、ワッと沸くようなインパクトの強い一発ばかりだから驚かされる。

 ベスト8進出を決めた決勝トーナメント1回戦のポーランド戦(3−1)でも、目の前のDFが間合いを詰めてこないと見るや否や、その瞬間的なスキを見逃さず、強烈なシュートを、それも2本も、文字どおりゴールに叩き込んでいる。

 決められたポーランドの名手、GKヴォイチェフ・シュチェスニーも、これにはお手上げといった様子だった。


W杯連覇へ向けてゴールを量産しているフランス代表のエムバペ

 MFポール・ポグバ、MFエンゴロ・カンテら、主力選手にケガが相次ぎ、大会直前にはセンターフォワードとして期待されていた今年のバロンドール受賞者、カリム・ベンゼマまで失ったフランス。それでも十分ワールドカップを戦える戦力がそろっているとはいえ、さすがに控え選手の層は薄くなり、前回大会に続く連覇は難しくなったかに思われた。

 だが、実際に大会が始まってみると、エムバペは初戦から、桁違いのスピードで相手選手をぶち抜くドリブルと、パワフルかつ正確にゴールを射抜くシュートで得点を量産。チームもまた、メンバーを入れ替えたグループリーグ第3戦のチュニジア戦(0−1)を除き、順調に勝利を重ねて、準々決勝へと駒を進めてきた。

 とはいえ、ピッチ上では絶好調のエムバペも、ひとたびピッチを離れると、突如お騒がせ男に早変わり。グループリーグ初戦のオーストラリア戦(4−1)と、続く第2戦のデンマーク戦(2−1)でいずれもゴールを決め、マンオブザマッチ(その試合のMVP)に選ばれたにもかかわらず、受賞者に義務づけられている記者会見への出席を拒否。その理由についてさまざまな憶測が流れる結果となり、せっかくチームともども順調に試合をこなしているというのに、フランス代表の周囲は少なからず不穏な空気が覆い始めていた。

 ところが、そんなエムバペが突如変心。今大会で初めてメディアの前でコメントしたのは、前述のポーランド戦のあとのことだ。この試合でもマンオブザマッチに選ばれたエムバペは、多くのテレビカメラや記者が待つ部屋に入ると、質問に答える形で口を開いたのである――。

 試合後のスタジアム内にあるカンファレンスルーム。本来は両チーム監督と、マンオブザマッチに選ばれた選手の計3人が記者会見を行なうが、出席していた記者たちにしてみれば、「どうせまた、エムバペは来ないんでしょ?」。ややシラけた空気が漂っていた時だった。

 突如開いた扉から、マンオブザマッチのトロフィーを手にユニフォーム姿のエムバペが入ってくるや、今度は「おいおい、来るのかよ」。たちまち記者たちは色めき立った。

 まずは今日の試合について。

「準々決勝へ進出できたし、いい試合だった。ポーランドはタフな相手だったけれど、うまく試合をコントロールできた。前半は難しかったけれど、最後は勝ててよかった」

 続いて、過去2回記者会見を欠席した理由について。

「大会に集中したかったからだ。記者との間に問題があったわけではない。だから今、この場に来ている。この大会は夢の大会。フィジカル的にも、メンタル的にも準備してきた。ワールドカップを勝つことが、今は最も重要なことだ」

 そして最後に、個人タイトルについて。

 前回2018年大会ではヤングプレーヤー賞を受賞しているが、今回は大会得点王を狙っているのか。そんな質問をされると、エムバペは"食い気味"に「正直、答えはノーだ」と即答し、こう続けている。

「自分の唯一の目標は、優勝すること。だから、まずは次の試合に勝つことだ。ここには勝つために来ているのであって、ゴールデンボール(大会MVP)だろうが、ゴールデンブーツ(大会得点王)だろうが、そんなものを獲るために来ているわけではない。この大会で勝つ(優勝する)ため、フランス代表のために来ている」

 通例どおりに3つの質問だけに答えると、足早に会見場をあとにしたエムバペ。プレー同様、キレのいい電光石火の早業だった。

 今大会では初めて出席した記者会見のなかで、エムバペが何度か繰り返し話していた言葉が、「勝つために来ているので、大会に集中したい」というもの。そのために、ナーバスになりすぎるのはよくないが、現在のゴール量産体制を見る限り、ここまでうまく集中力を高め、調子を上げることができているようだ。

 フランスが次の準々決勝で対戦するのは、イングランド。ベスト8にして早くも優勝候補同士が潰し合う。

 今大会では多くの選手が得点を挙げ、どこからでも点が取れるイングランドに対し、エムバペとFWオリビエ・ジルー(得点ランキング2位タイの3ゴール)のふたりだけで、チーム総得点9のうち8点までを決めているフランス。対照的な得点パターンの両者だが、高い得点力を誇るという点では共通している。激戦必至の大一番だ。

 はたしてフランスは、優勝した前回大会に続くベスト4進出なるのだろうか。

 そのカギを握っているのが、得点ランクトップをひた走る、背番号10であることは間違いない。