カタールW杯決勝トーナメント1回戦。韓国戦のブラジルをなんと評価したらいいだろう。最初の36分間のブラジルは最高だった。ブラジルのサッカーがすべて詰まっていた。ジョゴ・ボニート(美しいプレー)、たくさんのゴール、明るく陽気な雰囲気......。スタンドにいた外国人記者やサポーターも思わず乗り出す楽しさだった。36分で4ゴール、まさにゴールの嵐だった。このままいったらいったい何ゴール入るのだろうか。

 しかし、4点目を決めたところでブラジルはプレーをすることを止めてしまった。その落差はあまりにも顕著だった。

 ハーフタイムに入り、私は近くにいたマウロ・シウバに聞いた。いったいセレソンに何が起こったのか、と。彼は1994年アメリカW杯の優勝メンバーでもある。彼は言った。

「まあ、落ち着いて。もう勝ちは決まりだから、次の試合のために力を温存してるのさ」

 私は納得できなかった。

「でも、こんなにあからさまに気を抜いたプレーをするのはよくない。これはW杯なんだから」

 だが、15年以上セレソンでプレーしてきたジュニオールも口をそろえる。

「エンジンを止めただけさ。ごく普通のことだよ」


韓国戦でケガから復帰したブラジル代表のネイマール photo by AP/AFLO

 後半のブラジルは、もっと露骨に無責任で気のないプレーを始めた。本当に退屈な試合で、私の隣りの記者は居眠りをしていたくらいだ。韓国はゴールを返そうと必死だったが、彼らはブラジルよりも、とてつもなく疲れていた。ブラジルのほうがグループリーグ3戦目を1日早くプレーしていたが、それだけが理由ではない。

 ブラジルはすでに勝ち抜けが決まっていたカメルーン戦を、ほぼリザーブの選手でプレーした。つまりブラジルの主力選手には1週間のインターバルがあり、ネイマールに至っては(ケガをしたため)12日間の休息期間があった。一方、韓国は3日前にポルトガルと死闘を繰り広げた末に勝利し、決勝トーナメント進出を勝ち取っている。体力的にも大きな差があっただろう。

 私はこのブラジルのやり方が気に入らなかった。ブラジルは自分たちがやる気を出せばなんでもできると思い込んでいる。それがカメルーン戦の敗戦にもつながったと思う。韓国戦でも後半はミスが多く、ペク・スンホのゴールシーンでは誰も彼をマークしていなかった。

【韓国戦はネイマールのウォーミングアップ?】

 ブラジルのプレーを楽しみにしてくれている人たちが、世界には大勢いるはずだ。なかにはなけなしの金をはたいて、この試合を見に来てくれていた人がいたかもしれない。そういう人たちに対しても、ブラジルの戦い方は失礼であったと思う。

 それにしてもネイマールがいるのといないのでは、ブラジルはまるで違った。メッシ依存症のアルゼンチンと違い、ブラジルはついにネイマール依存から脱却したと思っていたが、どうやらそれは私の思い違いだったようだ。

 ネイマールの復帰は明らかにチームに多彩さと活気をもたらした。選手層の厚い今のブラジルには、ネイマールのポジションでプレーできる代わりの選手は数多くいる。しかし本当にネイマールの代わりができる選手はひとりもいない。ネイマールにボールが渡れば、予想以上の何か特別なことをしでかしてくれるのだ。

 退屈な韓国戦の後半を見ながら私は思った。これはネイマールの調子を上げるための試合でもある、と。これから始まるガチンコ勝負に備えての練習なのだ、と。私としてはやはりそのやり方に同意はできないが。

 もうひとつ私が気に入らなかったのはブラジルがゴールした時のパフォーマンスだ。リシャルリソンはゴールを決めると、彼のニックネームでもある鳩の動きを模した「ポンボ・ダンス」を披露する。ゴールして嬉しいのはわかる。喜んで全然構わない。しかし、ベンチの選手や監督まで巻き込んでやったのは少しやりすぎだった気がする。試合後ならまだしも、まだプレー中なのだ。

 案の定、各方面から批判が飛んできた。チッチ監督は「韓国に対しリスペクトがないわけではない。選手のためにやった」と述べているが、さすがにもう一度やってくれと請われた時は、やらなかった。

 今、ブラジルのチーム内の雰囲気は最高だ。それはチームの26人の選手全員がプレーしていることにも起因する。韓国戦の後半35分、チッチ監督は第3GKのウェベルトンを投入。これでブラジルは今大会で唯一、全員がピッチに立ったチームとなった。W杯で26人の選手を起用したのは新記録だ(これまでの登録選手数が23人だったため)。

 全員を使うことで、チッチは選手一人ひとりに信頼と責任感を感じさせた。部外者は誰もいない。このチームはみんなのものだ。ブラジルはチッチ監督のもと、家族のようになっている。それはどこか2002年日韓大会の「スコラーリ・ファミリー」と呼ばれていたチームを思い出させる。あの大会でブラジルは優勝を果たした。ブラジル選手がいいプレーをするには、いい気持ちでプレーすることが大事なのだ。

 ただしブラジルはまだ、いわゆる「強豪」と呼ばれるチームとはここまで一度も対戦していない。グループリーグではセルビア、スイス、カメルーンと組み合わせに恵まれたし、ラウンド16も与しやすい韓国と当たった。しかし、これからはそうはいかないだろう。ベスト8に勝ち上がったチームは決して偶然そこに至ったわけではない。韓国戦で見せたような驕りを少しでも見せれば、足元をすくわれかねない。

 準々決勝の相手は前大会準優勝のクロアチアだ。ここまで彼らのプレーはそれほどいいものではなかったが、日本戦では1点ビハインドから同点に追いつき、PK戦で勝った。その精神力は無視できない。調子のいい時はすごくいいパフォーマンスができるのに、ひとたび逆境に陥ると崩れやすい感情的なブラジルとは正反対だ。

 そしてクロアチア戦に関して、チッチ監督は日本に感謝していた。

「日本が最後の最後まで全力でプレーしてくれたおかげで、クロアチアはすべてを出しきり、我々は彼らの手の内を知ることができた」