スペインの栄光なき敗退は必然だった。日本戦に続いて、ボールは支配しても怖さなし
12月6日、エデュケーション・シティ・スタジアム。スペインはカタールW杯ベスト8をかけたモロッコ戦を、延長も含めて120分を戦って0−0、PK戦の末に敗れている。
「凡庸なスペインの失敗」(『マルカ』)
「なんて残念なW杯」(『アス』)
「スペイン、モロッコを前にPKで砕け散る」(『ムンド・ディポルティーボ』)
スペイン大手スポーツ各紙は、WEB版の速報記事にそんな見出しをつけて報じている。悔しさは滲むが、どこか突き放しているようにも読み取れる。憤慨や無念よりも、諦念と落胆というのか。
つまり、彼らは期待していなかったのだ。
カタールW杯のスペインはグループリーグを2位で勝ち上がっている。初戦でコスタリカには7−0大勝、ドイツに1−1で引き分けた。しかし日本に1−2と逆転負けし、どうにかベスト16に進んでいた。
「グループリーグ2位狙いだった」
そんな憶測も飛んだが、それは過大評価だろう。選手心理に「引き分けでもOK」というのはあったにせよ、日本に勝ちきるだけの力がなかっただけだ。議論の余地などないゴールライン上を折り返した三笘薫のクロスに対し、文句をつけるほどに追い込まれていたのだ。
PK戦の末にモロッコに敗れ、呆然と立ちつくすスペイン代表の選手たち
モロッコ戦も、スペインはボール支配では優位に立っている。ボールをつなぐことで有効打を稼ぐ競技だったら、チャンピオンになれるかもしれない。しかし日本戦でもそうだったが、そこからの怖さがないのだ。
実際、4−1−4−1の守備ブロックを作ったモロッコは、コンパクトにラインを保って、"侵入者"を間ですり潰した。バックラインが高い位置を取れていたことも奏功し、ほとんどチャンスを与えていない。カウンターの切れ味も鋭く、何度かゴールを脅かした。まるでホームのような大観衆の声援を受け、時間を追うごとに「やれる」と士気を高めていった。
一方、スペインは攻撃のテンポが上がらなかった。セルヒオ・ブスケツ、ペドリ、ガビからなる優雅な中盤とは思えないほど、何も起きないパス交換だった。
指揮官は「支配していた」と強弁この日は、偽9番としてマルコ・アセンシオがトップを担当したが、センターバックにストレスを与えることができなかった。前線で爆発を起こす選手も不在。レアル・マドリードのヴィニシウス・ジュニオールやFCバルセロナのウスマン・デンベレのようなサイドを崩すアタッカーがほしかった。
立て籠った城塞の前で銃声を響かせるだけでは、攻め落とせない。後半の終盤に途中投入されたアルバロ・モラタが再三再四、裏を突く形でモロッコを脅かしたが、あと一歩で立ち往生。延長に入って、ニコ・ウィリアムズやアンス・ファティを入れ、攻撃の強度を増したはずだが、迫力を欠いた。
結局、PK戦でスペインの選手は、耳をつん裂くようなブーイングを浴びることになる。その重圧に負けたのか、キックはことごとく相手GKにブロックされた。スペインはW杯で過去5度あったPK戦、たった1回しか勝っていない。前回のロシアW杯も、決勝トーナメント1回戦でロシアに敗れていた。
「我々が試合を支配していた」
そう言って胸を張ったのは、敗軍の将ルイス・エンリケである。
「しかし、チャンスをなかなか作れず、ゴールが遠かった。でもチームのパフォーマンスについては満足しているよ。なぜなら、私のプレーアイデアを完璧に実践してくれたからね」
何よりも、自分のプレーアイデアの実践を評価基準にする点に、人々を苛立たせるエゴイズムを感じさせる。
ルイス・エンリケ監督はマスコミと犬猿の仲である。会見は毎回、喧嘩腰。同監督はSNSで自ら発信の場を設けるほど、マスコミを信用していない。自らのサッカー哲学を徹底的に信じ、それを実践することだけが正義だと考えているのだ。
ルイス・エンリケは自らのシステムに選手を当て込んだ。偽9番の採用、本来アンカーであるロドリのセンターバック起用、足元がそこまで得意ではないウナイ・シモンにリベロ的GKを要求。とにかく独善的な言動が目立った。トレーニングにトランシーバを用いたことも(各選手がマイクを装着し、指示が聞こえる)、成果の精度を上げる意図なのだろうが、揶揄された。
「我々メディアとルイス・エンリケ監督の仲は悪いわ。でもだからといって、チームをこき下ろすような報道はできない。ルイス・エンリケ監督に信用されない記者だとしても、ね」
スペイン大手ラジオ局の女性リポーターはそう洩らしていた。
これでは一丸となれるはずはなかった。そもそも、複合民族国家だけに機運は盛り上がりにくいのだが、指揮官は悲しいほどに孤立していた。
ポゼッションは極めたに近い。ボールを奪い返す仕組みも整えた。しかし、肝心のゴールを守る、ゴールを攻めるというボックス内でのプレーについては雑で脆かった。そして栄光なき敗退。日本が劇的な勝利を飾ることができたのも、ひとつの必然だったのだ。
「今は進退問題について話すべき時ではない。来週、会長と話をすることになっている」
今年末で契約が切れるルイス・エンリケはそう言う。『アス』紙のWEB版が「続投するべきか」というインターネット緊急アンケートを行なった結果、85%が「やめて去るべき」と投票した。ひとつのサイクルの終焉だろう。