「オープン球話」連載第105回 
2022年の日本シリーズ総括

(104回:郄津臣吾監督に出てきた厳しさと落ち着き。「恩師」野村克也との共通点と違い>>)


日本シリーズ第4戦に決勝タイムリーを放ったオリックスの杉本裕太郎

印象的だったオリックスナインの「厳しい目」

――昨年と同じく、セ・リーグ覇者・東京ヤクルトスワローズと、パ・リーグ覇者・オリックス・バファローズが激突した2022年日本シリーズについて伺います。ヤクルトの2勝1分から、オリックスの4連勝となりました。この結果をどうご覧になりますか?

八重樫 あまりも最初にポンポンと勝って「ストレートで勝つんじゃないか」と、周りがちょっと騒ぎすぎたんじゃないかな。郄津臣吾監督自身に油断があったということはないと思うんだけど、選手のなかに安心感というのか、「オレたちが優勝するんだ」という気持ちが生まれてしまったのかもしれませんね。

――勝ち、引き分け、勝ちで2勝1分になった際には、マスコミも「今年もヤクルトが日本一だ」というムードになりましたね。それが選手にも伝わったのでしょうか?

八重樫 そう思いますね。新聞やニュースを見ない選手はいないでしょうから。繰り返しになるけど、郄津監督のなかにはそういう思いはなかったと思います。性格を考えても、ホントに最後の最後までそういう気持ちにはならない男ですから。やはり現役時代、ずっとクローザーをやっていたので、最後のゲームセットまではホッとしたり気を抜いたりすることはないと思いますよ。

――クローザーとして生きてきた郄津監督は、最後のアウトまでまったく気を抜けないことを身に染みて知っているということですね。

八重樫 それは監督になっても変わらない印象です。監督就任してしばらくはけっこう痛い目に遭っているし、痛みも怖さもよくわかっている。ただ、僕が日本シリーズを見ていて気になったのは、テレビ中継で両軍ベンチが映った時に、ヤクルトとオリックスの選手たちの目の色が違っていたことなんです。オリックスは第1戦から最後まで厳しい目つきで、相手を睨んでいる感じだった。でも、ヤクルトのほうは表情が穏やかな印象を受けました。

――オリックスは去年の悔しさを当然、忘れてはいないでしょうからね。

八重樫 ヤクルトの2勝1分となった時点で、「絶対にストレート負けはしないぞ」という雰囲気はさらに強くなりましたね。オリックスは負けていても下を向いている選手がいなかった。負けていても上を向いていたんですよ。ひとりでも下を向いていたら、たぶんヤクルトが勝っていたでしょう。でも、オリックスナインはみんなが悔しさを噛み締めながら、決して下を向かなかった。「勝ちたい」という気持ちを全員が持っていた。もちろんヤクルトだって「絶対に勝つ」と思っていたでしょうけど、わずかな差が出たような気はします。

両チームの中継ぎ陣が踏ん張ったことで名勝負に

――八重樫さんが経験した、1992、93年の西武ライオンズとの日本シリーズは、前年敗れたヤクルトが、その悔しさを忘れずに翌93年にリベンジしました。2年目のヤクルトの雰囲気は、今年のオリックスの雰囲気に近かったのでしょうか?

八重樫 あの時は古田(敦也)を中心に、選手のほうから自発的に盛り上がったんです。その雰囲気は今年のオリックスにもありました。ヤクルトも負けはしたけど粘り強かったし、昨年、今年とすごくいいシリーズでしたね。

――どういう点で、「いいシリーズだった」と感じますか?

八重樫 試合内容がとにかくすごかった。すべてにおいて、ちょっとしたことでどちらかに流れがひっくり返るという雰囲気で、少しも気が抜けなかったですね。とにかく両バッテリーがよく頑張って、最少失点でしっかり守りながら戦った。それは両チームの中継ぎ陣がきちんと自分の仕事をしたから。ほんのわずかの差で雌雄を決したと思いますね。

――流れを変えた場面とか、勝敗を決めた潮目となった部分はどこでしょうか?

八重樫 ヤクルト側からすれば、ちょっとしたピッチャーのコントロールミスがホームランになったり、ひとつのエラーがきっかけで試合を落としたりしましたよね。いずれも、緊張感からきているのかもしれないけど、短期決戦なので気持ちがちょっと甘くなると打たれる。ただ、王手をかけられたなかで迎えた第7戦の1回表、初球をオリックス・太田椋にバックスクリーンに運ばれた場面は、バッテリーを責めることはできません。普通なら引っ張りにいくコースのボールですし、あれはバッターをほめるべきですね。

――あれでオリックスナインはイケイケとなりましたが、シリーズ全体を通じて、ポイントとなった場面はないですか?

八重樫 (スコット・)マクガフや塩見泰隆の後逸などエラーだけじゃなく、ヤクルトはバント失敗もありましたよね。一方のオリックスは、バントを成功させていた。ふだんは打席に立たないパ・リーグの投手がしっかりと決めていたのは印象的でした。

勝敗を分けたのは「勝ちたい」という思いと悔しさ

――オリックス側に勢いが傾いたのはどのあたりでしょうか?

八重樫 杉本裕太郎が、青山学院大学の先輩である石川雅規から決勝タイムリーを放った第4試合でしょうか。第1打席はインコースの厳しいところを攻めていたけど、第2打席ではミスショットせずにチェンジアップを見事にとらえた。大学の先輩後輩対決を見事に制しましたね。僕は杉本が大学生だった時はスカウトだったので、プレーをよく見ていたんですよ。

――結果的に日本シリーズMVPを獲得しますが、大学時代の杉本選手はどんな選手でしたか?

八重樫 もともと守備は上手で、肩も強かったです。バッティングは変化球に弱点がありましたね。だから変化球への意識が強すぎて、ストレートを投げられたら手が出ない。「ホームランか、三振か」という場面がすごく多かったです。今回の日本シリーズでもそういう場面はあったけど、そのなかでああいうバッティングができた。あそこからオリックスに流れがいった気がします。

――初戦で山本由伸投手が故障して、その後も出場はありませんでした。この点についてはどう見ていますか?

八重樫 ヤクルトサイドからすれば、「かなり有利になったな」と思ったんですけど、山粼福也、宮城大弥の頑張りがすごかったです。宮城なんて、中継ぎのようなピッチングでずっと全力で投げていた。中嶋聡監督も早めの継投をしていましたね。それを見ていて、「やっぱり、キャッチャー出身の監督だな」と思いました。先発投手に早めに見切りをつけて、惜しげもなく中継ぎ陣を投入する。ベンチ入り選手も、野手をひとり少なくしてまで中継ぎ投手を厚めに入れていたし、いい采配でした。勝負勘が冴えていましたよね。

――あらためて、ヤクルトの敗因はどこにあったと思いますか?

八重樫 敗因はないと思うんですよ。本当に紙一重の差だったから。強いて挙げれば、先ほど言った細かいミスの差ではあるけど、ヤクルトも今回の敗戦から得るものは多かったと思います。負けて悔しいでしょうけど、来年の参考になるものが今年の日本シリーズには詰まっていたはず。

 逆にオリックスの勝因は、昨年の悔しさを糧にしてチーム全体の総合力、気持ちの強さがヤクルトよりも勝っていた。たぶん、それだけの差だと思うんだよね。戦略や采配などは関係なく、「勝ちたい」という気持ちが強いほうがオリックスだった。僕はそう思っています。

(106回:中村悠平の「ストレートの使い方」を絶賛。WBCではメイン捕手としての起用に期待>>)

【プロフィール】
八重樫幸雄(やえがし・ゆきお)

1951年6月15日、宮城県仙台市生まれ。仙台商1年時の1967年夏の甲子園に出場。1969年夏の甲子園では「4番・捕手」としてベスト8進出に貢献した。同年のドラフトでヤクルトから1位指名され、プロ入り。1984年に自己最多124試合18本塁打を記録。翌年には打率.304、13本塁打でベストナインにも輝いた。現役23年間で通算103本塁打、401打点。引退後は2軍監督、1軍打撃コーチを務め、2009年からスカウトに転身。2016年11月に退団するまでヤクルトひと筋だった。