「一番起きてはならない展開になってしまった」

 吉田麻也はコスタリカに敗れたあと、厳しい表情で言葉を漏らした。


コスタリカに敗れて厳しい表情を見せる吉田麻也

 決して油断はしていなかった。実際、吉田はコスタリカ戦を前にしてこう語っていた。

「ドイツ戦のような試合で勝った時は気が緩みがちになるし、しかも相手は(初戦で)0−7で負けている。慢心や気の緩みに気をつけて試合に入らないといけない」

 吉田、長友佑都らベテラン勢をはじめ、こうしたことは選手間で幾度となく語られ、チーム内で共有されてきた。アルゼンチンに勝ったサウジアラビアがポーランドにあっさり負けてしまったことも、他人事ではない教訓として染みていたはずだ。

 また、万全の対策をとるために、選手のタブレットにはコスタリカのチーム情報、選手個々のデータや映像が送られ、選手たちは各自で入念に確認し、頭のなかに入れていた。

「前に出てくるのか、それとも引いてくるのか、わからないですが、どちらにも対応できるように準備していきます」

 決戦前夜、吉田は自信たっぷりにそう語った。

 はたして、コスタリカは自陣に引いて失点を防ぎ、カウンターで点を狙ってきた。スペイン相手に7失点をしたことを考えると、守備を整備し、まず失点を防ごうと考えるのは、しごく当たり前といえる。

 守備時には5バックになり、攻撃時には4−2−4にもなる変則的なシステムをとってきたコスタリカ。全体をコンパクトに維持し、ボールホルダーに対して厳しくいくことを徹底していた。

「相手は、自分たちがドイツでやったような守備ブロックを敷いてきた。相手は(初戦で)大敗を喫して、この試合に国をかけて戦っているわけで、球際はガツガツきていた。そこは受けるのではなく、自分たちも強くいかないといけないと思っていました。前半、崩せないなか、焦らずにやる、もう一回泥臭くやらないといけない、と」(吉田)

 前半は、鎌田大地ら攻撃陣と守備陣の間で、試合の運び方や戦術面において、意識の違いがあるではないか、と思えた。カウンターを注意していたのだろうが、後ろが重く、中盤でボールを奪っても、山根視来らサイドバックは低い位置のまま上がってこなかった。

 そうしたプレーについて、鎌田が「前に出て」と声を荒げるシーンもあった。全体的にやろうとしていることの意思疎通が未達で、攻撃は単調単発に終わり、得点の匂いがほとんど感じられなかった。

 後半、森保一監督は上田綺世に代えて浅野拓磨を、長友に代えて伊藤洋輝を投入した。

「球際はもっと強くいかないといけないとハーフタイムに話をして、山根を高い位置に置いて変化を加えるようにしました。それでも、相手のブロックをなかなか崩せなかった」(吉田)

 ドイツ戦の再現を狙って3バックにして攻めに出たが、一瞬の隙を突かれてしまう。後半36分、吉田のクリアを守田がつなごうとしたが、相手に奪われ、失点した。

「僕のクリアも中途半端になってしまいましたし、その前のサイドのプレスも中途半端になってしまい、徐々によくないところが出てしまった」

 失点直後、吉田の表情からは落胆が読みとれた。残り10分をきり、相手の強固な守備を考えれば、その1点がどれほど重いか、想像できたからだ。

「そりゃ、失点すればガクッときますよ」

 吉田は、失点の衝撃を素直に語った。

 コスタリカはその後も集中力をきらさず、虎の子の1点を守りきったが、日本にとってもったいなかったのは、前半の戦いだ。ドイツ戦からメンバーを5人入れ替えたが、攻撃陣は鎌田以外、全員代わり、上田と相馬勇紀はこれがW杯初出場だった。W杯までの短い調整期間のなかで、彼らとの連係がどれほど深まっていたのか、疑問だ。

「W杯で勝ち進むうえでターンオーバーが必要だというのは、大会が始まる前から監督が何度も言っていますし、そのために全員が準備して、全員が同じンコンセプトを理解してきたので、選手を入れ替えたことでの難しさはなかった」

 試合後、吉田はそう語ったが、初出場した選手は周囲の選手とカチッとはまるような感覚はそれほどなかったのではないだろうか。ワンタッチでつなぐシーンはほとんどなく、複数の人数が絡んで崩す展開はあまり見られなかった。

 ある意味、コスタリカの術中にハマり、日本は"いつもの敗戦パターン"で敗れた。相手が守備のブロックを敷いてくるなか、ボールは保持できても崩せない。それは、どこの国も苦労していることだが、力のある国は、最終的に打開の糸口を見つけ、個の力や連係でゴールを奪いとって勝っている。

 コスタリカ戦の敗戦でドイツ戦の勝利の意味が半減し、自力で決勝トーナメントに進出するにはスペインに勝つしかなくなった。だが、吉田は強気だ。

 前回のロシアW杯のセネガル戦で、GK川島永嗣は自らのプレーで相手にゴールを割られるというミスを犯した。しかし、大会期間中にそのショックから立ち直って、チームをベスト16へと導くプレーを見せたことを引き合いに出して、こう語った。

「前回のロシア大会で川島さんが見せたように、もう一度、立ち上がらないといけない。負けたことでたくさんの批判が起こると思います。こういう大きな大会、多大な注目を集める大会では、批判はつきもの。

 でも、それをマネジメントできないと、ここには立てない。自信と勇気を持って、スペイン戦に臨まないといけない。ここですべてを投げ出すのは、まだ早すぎる。

 自分らはまだ何もつかみとっていないですし、何も失っていない。気持ちを切り替えて、これまでと変わらずに、勝ち点3をとりにいかないといけないと思います」

 追い込まれた時の日本は、諸刃の剣になる可能性がある。ブラジルW杯では、勝たなければいけないグループリーグ3戦目のコロンビア戦で攻撃的に臨み、前半こそいい勝負をしたが、後半に地力の差が出て、コロンビアに返り討ちにされている。

 とはいえ、あの時から吉田は成長しており、より冷静にチームを統率してくれるだろう。そして、この日のコスタリカの戦い方は、吉田にとって大きな学びになったのではないか。

 我慢強く、焦らず、球際は厳しく――。守りの基本を90分間忠実にやりきれば、スペイン相手でも何かを起こすことが可能になる、と。