メッシが置かれた代表での新しい立場。その姿はイタリアW杯のマラドーナと重なった
<何もないところからゴールを生み出す>
それはスーパースターのひとつの条件かもしれない。
アルゼンチン代表のリオネル・メッシは、息を吸って吐くようにそれを成し遂げてきた。言わば創造主だ。
11月26日、カタールW杯グループリーグの第2節。アルゼンチンは初戦のサウジアラビアに1−2とまさかの黒星を喫し、メキシコ戦を前に崖っぷちに立たされていた。
10番を背負ったエースであるメッシは、強力なマークを受ける。好むと好まずにかかわらず、3列目まで下がらざるを得なかった。チーム全体にデザインされた再現性のある動きが乏しかったのもあるだろう。控えめに言って、アルゼンチンは「苦戦」していた。ボールを持っても、敵陣までなかなか運べない。連動性が乏しく、個の力に頼るところが多分に見えた。しかし、この日もメッシはメッシだった。
メキシコ戦の後半19分、先制ゴールを決めたリオネル・メッシ(アルゼンチン)
64分、右サイドでアンヘル・ディ・マリアがボールを受けた時、ほんのわずかだがメキシコの選手が横にずれた。正面にいたメッシがフリーでパスを受ける。ただ、この時点でボランチの前で受けただけで、崩してはいない。相手がすかさず駆け寄り、前に立ち塞がった。何も起こらないはずだった。しかし彼は左足を一閃し、鋭いボールをミリ単位の軌道でゴールのファーサイドに蹴り込んだ。
「メッシ、砂漠に花を咲かせる!」
スペイン大手スポーツ紙『マルカ』の見出しは、なかなかシャレが効いていた。
決して大袈裟ではなく、それだけ神がかりだった。信じられない悪魔を見たというメキシコ陣営の落胆と、信じていた奇跡を見たアルゼンチンの選手たちの歓喜が対照的だった。
「僕たちはこうやってプレーするしかない。メキシコはいいプレーだった。ボールを握ってね」
試合後にそう語ったメッシは、すべてを承知なのだ。
「アルゼンチン代表のメッシは孤立し、輝かない」
それはもはや、定説となっている。
コパ・アメリカでは南米王者になっているし、W杯も5度目の出場で2014年のブラジルW杯では準優勝も経験した。しかし、あらゆるタイトルを手にしたFCバルセロナで成し遂げたことを考えたら、「栄光を逃した」と言われても仕方ないのだろう。どこか周りと噛み合わず、目くるめくコンビネーションを作り出せず、焦燥を募らせる......。
若いチームメイトを励ますようにそれは今のアルゼンチンでも大きくは変わっていない。
しかし現体制では、むしろ「浮いた存在」であることを生かす構造になっている。トップ下とMFの間のフリーマンと言うのだろうか。現在所属するパリ・サンジェルマンでもそうで、「メッシ・シフト」と言える。かつてのように荒ぶるゴールマシンではないが、下がってボールを受け、ゲームを作りながら一発のパスでゴールをこじ開け、押し込んで相手にスキが出たら自身の左足を振る。
メキシコ戦も、メッシはそうしてアルゼンチンを救った。
その姿は、イタリアW杯のディエゴ・マラドーナとどこか重なる。
当時のマラドーナは、キャリアのなかで下降線に入ったところだった。開幕戦で格下のカメルーンに黒星。一気に暗雲が漂ったが、彼は最後の力を振り絞る。神がかったプレーで得点を演出した。マラドーナの獅子奮迅に応えるように、セルヒオ・ゴイコチェア、クラウディオ・カニーヒアなどのスターも誕生。凡庸だったチームを活性化させ、見事に決勝まで進んだ。
メキシコ戦のメッシのスーパーゴールは、スタジアムで熱狂を起こした。それはスタンドにいてさえ、胸を打つものがあった。ピッチでメッシが作った熱を全身に受けた選手たちは感激し、本来以上の力を引き出されたのだろう。終了間際、交代出場のエンソ・フェルナンデスはCKから思いきって右足を振って、ファーサイドにすばらしいゴールを叩き込んだ。
歴代のアルゼンチン代表選手と比べると、能力は高いものの突き抜けたところがないチームメイトたちを、メッシは励ますようなプレーで覚醒させている。それはまさに、イタリアW杯でのマラドーナと同じである。
「つまらない」
当時のアルゼンチンは酷評を受けたが、ひとりで雄々しくチームを勝利に導くマラドーナの姿は感動的ですらあった。
「(初戦で負けたことについては)多くの選手が初めてのW杯だから。言い訳するつもりじゃなくてね。試合でいい入りができなかったのは事実で、2点目を早く決めていれば局面は変わったし、今日はそれができたということさ」
メッシはそう語っている。メッシが2点目を決めたE・フェルナンデスを抱きしめる姿に、このチームの真実はあるのかもしれない。
11月30日、メッシはバルサの新エースであるロベルト・レヴァンドフスキを擁するポーランドと、ベスト16進出をかけた勝負に挑む。