サッカー日本代表は前線に前田大然、浅野拓磨、伊東純也など、スピード自慢の選手たちが並んでいる。これにセルティックの古橋亨梧、Jリーグの韋駄天・永井謙佑(名古屋グランパス)を加え、「100m競走したら誰が一番速いのか?」という話をきっかけに、サッカー選手の「走り方」を解説してもらった。訪ねたのは、元陸上短距離のオリンピアンで、サッカー選手のパーソナルコーチも務める杉本龍勇氏だ。

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5人のなかで最も速いのは......

 前田大然、伊東純也、浅野拓磨、古橋亨梧、永井謙佑という日本人選手のなかでも指折りのスピードスター5人が、100mを競走したら誰が一番速いのか。


前田大然(左)と浅野拓磨(右)。競走したら速いのはどっち?

 今回のお題で5人の試合中の走りを見比べたところ、結論から言えば前田選手がもっとも速いと思います。

 各選手の走りの特徴を見て、伊東選手、浅野選手、永井選手の3人は、技術的に見て同じタイプだと思います。彼らは確かにスピードがあって力強いと思われている選手ですが、技術的にはまだ粗の目立つ走り方をしています。現在の彼らはもともとの素地であれだけのスピードを出せている、という状態です。

 彼らは走る時に地面をすごく踏むんですね。その走り方はピッチコンディションが悪いと踏む脚が動かなくなるので、その良し悪しでスピードの差が出そうです。この点も3人に共通して印象を受けたところです。

 また、プレー面でも3人に共通するのは、ボールを持った瞬間に素走りの速度が落ちること。もちろん、根本的にスピードがあるのでそれでも速いです。ただ、彼らが素走りで見せているスピードを、ドリブルではもっとうまく生かせるかもしれません。

 ドリブルでスピードが落ちてしまう理由は、上半身がまだうまく使えていないところにあります。走る時に背中が丸く猫背になっていて、それに加えて腕もうまく使えていない。そこが改善できれば、もっとしなやかに、なおかつ柔軟性のある走りができて、ドリブルでもよりスピードを生かせるようになると思います。

前田大然は攻守で常にインテンシティが出せる走り方

 古橋選手は、先ほどの3人と比べると、根本的なスピードが速い印象は持っていません。素の速さよりも、動き出しの速さやタイミングの取り方がうまい印象で、タイプ的には岡崎慎司選手と同じですね。

 一定のスピードはありますが、相手との駆け引き、動き出す判断のよさがあった上で、2、3歩でスピードに乗るのがうまいという解釈が正しいでしょう。長い距離を走るとなると、先ほどの3人には劣ってしまうと思います。

 前田選手もまだ技術的に粗いところはありますが、走る時のリズムの取り方、しっかり脚を前に出すという点で、他の4人よりも優れていると思います。それがあることで攻守において常にインテンシティ(強度)が出せていて、なおかつそれが90分間できている要因だと思います。

 日本代表やセルティックの試合を見ていて、彼がコンタクトプレーにも強いのは、単に体が強い、筋力があるというだけではなく、リズムの取り方、脚をしっかり前に運べるところも起因しています。

サッカー選手に大事なのは"加速力"

 サッカー選手の走りのなかで大事な能力は、"加速力"だと思っています。サッカーでは5m、長くても30mくらいのなかで、どれだけ早くトップスピードに到達できるかがとても重要です。

 スピードというのは右肩上がりで曲線を描いて上がっていくんですが、陸上の短距離種目の場合はその曲線がなるべく急角度で上がっていくようにして、最高速に乗ったらそれを維持するのが大事になります。短い距離のスプリントを繰り返すサッカーにおいても、急角度でスピードを立ち上げる加速力が求められます。

 たとえば、Jリーグと世界最高峰のイングランドプレミアリーグを比べると、その加速力の部分で明らかな差があると感じます。戦術やフォーメーションという要素だけでなく、選手たちの急加速する能力が高いことで、1対1の局面での選手間の距離が近くなります。

 最近はトランジション時の判断を早くとか、トップレベルになると判断ではなく、反射的に動き出してシームレスに攻守が切り替わる時代になっていますよね。プレミアリーグの選手は判断が速いだけでなく、加速も速いことで、試合ではあれだけのスピード感が生まれて、コンタクトも激しくなるわけです。

 プレミアリーグやラ・リーガ、ブンデスリーガなど、日本のサッカーが欧州トップレベルに追いつきたいのであれば、ここは避けては通れない要素ですね。

 わかりやすい例で言えば、ロシアW杯で日本がラウンド16で敗れたベルギー戦。アディショナルタイムでベルギーに決められた決勝ゴールですね。いろんな要素があるなかで、初動の加速の差でケビン・デ・ブライネのドリブルに、素走りの日本選手は追いつけなかったということになります。

 たとえ最高速度が同じでも加速時に差をつけられると、もう追いつくことはできません。あの場面を見るだけでも、日本人選手が加速能力をつけるのは、大きな課題だと思います。

最短距離を動く脚の動かし方

 日本は、サッカーにおけるスピードの観点をアップデートしなければいけないと思っています。前述したように、近年のサッカーはたとえばカウンターの場面では加速力がなければ点になりません。そして、攻撃でそれだけ急加速が求められるということは、守備側にも対応できるように同じことが求められるわけです。

 それだけに日本はもっと"最高速度にどれだけ短い距離で到達できるか"にフォーカスして、世界基準のスピードに追いついていくべきだと思っています。

 では、世界基準のトップ選手たちはどのように走っているのか。その走りのフォームには共通点があります。とくに大事なのが脚を前に持っていく動作です。動き出しのところで、カカトがお尻に近づいていくのではなくて、ヒザの裏あたりを通って前に出ていくと、脚の動きとして最短距離を動くことになります。

 また、よく地面についている支持脚で、地面を蹴るようにイメージして走る人がいますが、これは、毎回片足でスクワットをしているようなものなんです。

 スクワットをするたびにヒザが伸展して余分な動作、負荷がかかっていることになります。90分の間にスクワットを何度も繰り返していれば、前半走れても後半にバテてしまうのは当然です。余分に負荷がかかるということはケガのリスクも高くなります。

 ですから走るというのは、地面を蹴るのではなくて、作った力を地面にちゃんと伝えられるかが大事になります。そうなると「足の回転を早くすればいい」と考える人がいますが、ピッチやストライドは、その人の身長や筋力のバランスによって成り立つので、一概にこれが正解と言えるものではありません。

 欧州のトップ選手たちがあれだけの強度で90分間走り続けられるのは、単にスタミナがあるからというだけではありません。もちろん、その部分でも秀でていると思いますが、なにより余計な負荷をかけずに高い出力で走っているからです。

 ブラジルのチアゴ・シウバが38歳であれだけのハイパフォーマンスを維持しているのは、さまざまな要素があるなかで走りの質が高いことも間違いなく含まれていると思います。

種目の垣根を越えてさまざまな要素を取り入れるべき

 最近ではマンチェスター・シティなど、欧州のビッグクラブの練習の風景がSNSにアップされたりしていますが、サッカーのトレーニングのなかに陸上の要素がたくさん取り入れられているのがよくわかります。

 ここも日本が変えていかなければいけない部分だと思っています。どうしても日本はサッカーならサッカー、野球なら野球、陸上なら陸上と、情報ややり方を分断しすぎる傾向にあります。

 たとえば遠くに蹴る、速く走る、コンタクトで負けない。そのために必要な要素は、どの種目から取ってきてもいいわけです。そこを指導者間でも区分けしたがる傾向があって、ダイバーシティな感覚がないのは非常にもったいないと思います。

 マンチェスター・シティのジョゼップ・グアルディオラ監督が、他競技の要素を勉強して取り入れているのは有名な話です。種目の垣根を越えてさまざまな要素を含んでいたとしても、受け手の選手がそのメニューをサッカーの練習だと思えば、サッカーの練習になるわけです。

 そうした競技に対する概念や考え方、定義などの捉え方が、日本は欧州のトレンドとは違うものだと思います。遅れているのではなく違う。

 でも欧州トップリーグで活躍する日本人選手を本気で数多く育てていくならば、走り方やスピードに関する認識のアップデート、トレーニングの捉え方など、根本的なところから意識改革をする必要があると思います。

杉本龍勇 
すぎもと・たつお/1970年11月25日生まれ。静岡県出身。1992年バルセロナ五輪の100m、4×100mリレーに出場。競技引退後は清水エスパルスやサントリーサンゴリアスのコーチなどを歴任。現在は法政大学経済学部教授。吉田麻也、板倉滉、堂安律、岡崎慎司らのパーソナルコーチも務めている。
Twitter:@TatsuoSugimoto