日本の逆転勝利には、偶然性を含めて、さまざまな要因が複合的に絡んでいた。事実は小説より奇なりと言われるが、ハリファ国際スタジアムで行なわれたこのドイツ戦は、各所に伏線が散りばめられた、高度で難解な極上すぎるミステリーだった。

 前半33分、先制点となるPKを自らの反則で献上し、先制点を許した権田修一が、終わってみればマン・オブ・ザ・マッチに輝くとは。世の中にはミステリーが無数に存在するが、この一戦に勝るものはそう多くないと思われる。 

 0−1で折り返した前半のボール支配率は28%対72%。これがスペインを相手にした数字なら納得できる。技術自慢のチームに支配を許す姿は想像しやすいが、ドイツはどちらかと言えば身体能力が売りのチームだ。支配を許すにしても、40対60ぐらいがせいぜいではないか――との予想は甘かった。見事に外れることになった。

 前半、1対13というシュート数はもちろん、決定機の数でも大きく上回られた日本。その0−1は限りなく0−2に近い、点差以上の差を感じさせるスコアだった。今大会、グループリーグの観戦はこの試合が5試合目になるが、ここまでの一方的な展開を見るのはこれが初。それが日本戦になろうとはと、ひどく落胆したなかでハーフタイムのひとときを過ごしたものだ。100%絶望するのもつまらないので、同僚ライターと「こうなったらサッカーの特殊性にかけるしかないね」と話したものである。これだけ押されていてもまだ0−1であるという事実に、すがろうとしたのだ。


ドイツ戦のマン・オブ・ザ・マッチに選ばれた権田修一

 ドイツは前半、終了間際まで2点目、3点目を狙おうと積極的に出てきた。そこでゴールが奪えないままハーフタイムを迎えた。残念な気持ちと、一方では日本は強くないと、安堵する気持ちを交錯させながら。勝っていたのは後者のようだ。前半の終盤に比べ、後半の入りが緩くなった原因だろう。

 一方、日本は、後半開始とともに冨安健洋を投入した。交代で下がったのは前半、4−2−3−1の左ウイングを務めていた久保建英で、それは3バックへの変更を意味していた。

3バックへの変更をどう見るか

 3バックは一方で5バックとも言われる、ともすると守備的になりかねない布陣だ。森保一監督がサンフレッチェ広島時代に採用した3バック(3−4−2−1)は、5バックになりやすい3バックだったが、最近行なわれた数試合で森保監督が見せた3バックは、守備的なものもあれば、攻撃的なものもあるといった具合で、その3バックの持つ意味がわかりにくくなっていた。

 森保監督は何がしたいのか。この場合もコンセプトは伝わってこなかった。前半4−2−3−1の1トップ下を務めたエース格の鎌田大地が、5−2−3(3−4−3)的な3バックの左ウイングの位置で構える姿を見て、ミスキャストではないかと懐疑的になったものだ。鎌田はサイドに適性がなさそうに見えるセンタープレーヤーである。スピード系の1トップ、前田大然にとっても、鎌田との距離が離れることは好ましい話ではなかった。

 後半12分、森保監督はさらに交代のカードを切った。左ウイングバック(WB)長友佑都に代え三笘薫を、1トップ前田に代え浅野拓磨をそれぞれ投入した。前田と浅野という同じキャラ同士の交代はともかく、長友と三笘の交代にもミスキャストではないかと懐疑的な目を向けたくなっていた。

 三笘の武器は前線での切れ味鋭いドリブル突破だ。ウイングハーフではなくウイングバックになりがちな、定位置の低いポジションではその魅力は活かされないと考えるのは筆者だけではないはずだ。実際、そのドリブル力が発揮されたのは1回きりだった。そしてそれが後半30分に挙げた堂安律の同点ゴールにつながったのだった。

 日本が間延びしがちな布陣を選択したこともあったのか、試合は後半の頭からオープンな展開になっていた。ドイツに3回チャンスがあれば、日本にも1回巡ってくるという調子で、前半の28対72(ボール支配率)の関係は、結果的に34対66程度に変化していた。ドイツペースではあったが、日本の攻め返す回数は前半より増えていた。

 気がつけば撃ち合う展開になっていた。パンチ力で勝るのはドイツ。シュートはバーをかすめ、ポストをも直撃した。権田のセーブも飛び出した。ヨナス・ホフマンのシュートを1本、セルジュ・ニャブリのシュートを3本防いでいる。試合のアヤとなるセーブであったことは、彼が前半、PKを与える反則を犯しながらマン・オブ・ザ・マッチを獲得したことに証明されている。

ドイツを混乱させた怒涛の選手交代

 34対66程度に回復した力関係に基づけば、ドイツに惜しいシュートが連続すれば、確率的に日本にもチャンスが巡って来る。だが同点、逆転弾が生まれた最大の原因は何かと考えたとき、もう少ししっくりくるのは選手交代だ。3バックへの移行というより、布陣変更を伴う戦術的交代である。さらに言うならば、采配のスピード感と選手交代5人制の新ルールを最大限活用することができた点にある。

 後半30分、三笘から南野拓実を経由して、堂安が同点ゴールを蹴り込む直前に、森保監督は4枚目、5枚目の交代カードを切っていた。

 田中碧に代え堂安律。酒井宏樹に代え南野。守備的MFと右ウイング、右SB(WB)と左ウイングの交代という、日本人でもほとんどみたことがない交代を、怒濤の勢いで行なった。

 繰り返すが、三笘を左のWBで使ったり、鎌田をその過程のなかで左ウイングに置く采配には、いまとなっても首を捻りたくなる。だが、そこに目を瞑りたくなるスピード感と大胆さがあったことも事実。ドイツを慌てさせるに十分な采配だった。選手交代が遅く、満足に5人代えられないこともあったこれまでの森保采配とは180度違っていた。W杯アジア最終予選の前半の戦い、さらには東京五輪の戦いはその典型になるが、森保監督のこのドイツ戦は当時とはすっかり別人になっていた。

 森保ジャパンの試合を見慣れているはずのこちらでさえ、誰がどのポジションにいるか、選手交代のたびに混乱した。南野はどこに入ったのか。鎌田はどこへ行ってしまったのか。ノートに布陣を整理するまで、いつになく時間を要すことになった。ピッチを俯瞰できないドイツベンチなら、なおさらだったのではないか。その混乱ぶりは容易に想像できた。

 想起するのはヒディンク・マジックだ。戦術的交代を駆使し相手を混乱に陥れる采配を世に普及させたオランダ人の元韓国代表監督、フース・ヒディンクが、2002年日韓共催W杯決勝トーナメント1回戦対イタリア戦で見せた采配だ。

 この時も、交代のたびに変化する選手の位置を把握するのに、こちらは四苦八苦させられた。交代枠3人制で行なわれたにもかかわらず、3度の交代で8つのポジションに変化を生じさせた采配だった。イタリアはこの目くらまし戦法と言うべきマジックに大慌てした。イタリアの敗因を誤審のせいにする人もいるが、日本サッカーがなにより見習うべきは、ヒディンクの交代術だった。

 今回の森保采配は、それに匹敵する采配だった。選手交代5人制のメリットを最大限利用し、無理矢理、風を吹かせることに成功した"凄み"さえ感じさせる交代だった。

 それを可能にしたのが、日本の選手層の厚さだ。誰が出てもそう変わらない。悪く言えば、"どんぐりの背比べ"だが、よく言えば粒ぞろい。スターはいないが、使える選手は多くいる。実際、大迫勇也をはじめ、今回ほど落選者に同情したくなった過去はない。ベンチスタートの堂安、浅野拓磨がゴールする姿に、そんな日本の特徴は現れていた。それに森保監督はよく応えたというべきか。

 当初15%と予想した日本のグループリーグ突破確率は、これで一気に45%ぐらいまでアップした。コスタリカ戦、スペイン戦と、ヒリヒリとしたギリギリの戦いは続く。カタールW杯は俄然、面白くなってきた。