ドイツ人記者によると、ドイツ代表のハンジ・フリック監督は日本戦を前に、選手たちに強い言葉で発破をかけた。

「我々はここに勝ちに来ている。我々にかかるプレッシャーは大きい。それならば、このプレッシャーをそのまま日本にかけてやろう。すぐにゴールを奪い、彼らが試合中、一度も自信を持てないようにするのだ」

 フリックは日本戦のFWに長身で強靭なニクラス・フュルクルクを起用するつもりでいたが、インフルエンザで間に合うかどうかは不明だ。今大会、ドイツがゴールを期待する中心選手だが、間に合ったとしても満足に練習のできていない状態でのプレーとなるだろう。一方、1週間前のオマーン戦で姿のなかったトーマス・ミュラーとアントニオ・リュディガーは、練習に復帰した。

 とはいえ、ドイツがドイツらしくない。ここ最近のドイツを見ていて、筆者が一番に感じるのはそれだ。


日本戦を前に調整中のドイツ代表のハンジ・フリック監督とGKマヌエル・ノイアー photo by AP/AFLO

 ドイツといえばゲルマン魂だった。何があっても動じず、冷静沈着。感情に振り回されず、やるべきことをやる。だからこそドイツは常に安定してW杯でいい成績を残してきた。だが、世界中で「カタール大会の優勝候補は?」という質問が挙げられているが、元監督も選手もジャーナリストも、ドイツの名前をトップにあげていない。こんなことはこれまでになかったことだ。

 2014年ブラジルW杯で優勝を果たし、連覇を狙っていたドイツは、2018年ロシア大会ではグループステージで敗退。80年間で最も早いW杯からの脱落であり、何より屈辱的なグループ最下位という成績だった。ドイツはいまだにその闇から完全に立ち直れていない。どんな苦境にあっても克服できるという自信が、根底から崩れてしまった。

 2021年に行なわれたヨーロッパ選手権ではその空気を一掃しようとしたが、グループリーグではトップに立てず、ラウンド16で宿敵イングランドに敗れ、姿を消した。W杯予選では世界で最初にカタール行きを決めたが、それは決してドイツが復活したからではない。ドイツの入ったグループJはリヒテンシュタイン、アイスランド、アルメニア、ルーマニア、北マケドニアと、かなり恵まれていた。それに油断すると、北マケドニアにホームで敗れさえしていたのだ。

「弱気な発言」に苛立つメディア

 その間に、監督はヨアヒム・レーヴからフリックへと変わった。ユルゲン・クリンスマン監督のもとでのヘッドコーチ時代を入れると、実に17年間にわたりドイツ代表を率いたレーヴの後任の役は非常に重かったであろう。

 フリック監督は就任してすぐに「ドイツをトーナメントチーム――最後まで勝ち抜くチームに戻す」と誓った。2006年から2014年まで代表のアシスタントコーチを務め、代表の空気をよく知っていたフリックは、今のチームにかつての勝者のメンタリティーがないことがすぐにわかったのだ。

 W杯は決してただサッカーが強いチームが勝つという大会ではない。短期間に集中して行なわれるだけに、心と体のコンディションを保つことが結果を大きく左右する。だが、ここにきてもまだ、ドイツの選手たちは苛立っている。9月のネイションズリーグでは、ハンガリーに敗れ、イングランドに引き分け、一度も白星を手に入れられなかった。

 イルカイ・ギュンドアンはハンガリー戦後のインタビューで「自分たちに失望した」「自らチャンスを失ってしまった」とコメントした。ドイツのジャーナリストたちも苛立っている。彼らはこうした台詞を「弱さ」ととらえるからだ。

 チーム最高のストライカー、ティモ・ヴェルナーをケガで失ったと知って、フリック監督が「苦いニュースがある」「ヴェルナーが出られないのは大きな損失」と言った時も、彼らは快く思わなかった。「監督は何があっても泰然としているべきなのに、彼は弱さを見せチームに動揺を与えた。ポジティブなエネルギーを損なった」――メディアはそう非難した。

 ドイツのテレビのサッカー討論番組はいつもだいたい喧嘩で終わり、代表が招集される前も、26人に誰を選ぶのかで喧々諤々だった。

 チームのフィジカルコンディションも決してよくはない。キャプテンのマヌエル・ノイアーは肩を痛め、約1カ月リーグ戦を欠場、11月に復帰したばかりで不安が残る。ミュラーも10月に入ってからほとんどまともにプレーしていない。

盛り上がりに欠けるドイツ国内

 もうひとつ、ドイツを不安にさせるのが、絶対的スターの不在だ。背番号10が誰か、即答できる人は少ないだろう。セルジュ・ニャブリ。いい選手だが、歴代の10番、ギュンター・ネッツァー、ハンジ・ミュラー、ローター・マテウス、ルーカス・ポドルスキ、メスト・エジルなどに比べると印象は薄い。

 本大会直前にはFIFAランキング75位のオマーンに勝利はしたものの、苦戦した。ドイツのある新聞は一面に「急募。ストライカー2名 ドイツ代表」という"広告"を出した。

 ドイツのモチベーションが上がらない理由がある。これはピッチの外の話だ。ドイツは世界の中でも、デンマークやオーストラリアと並んで、カタールの人権侵害を問題視している国だ。国内の多くのバーやレストランが、店ではW杯は放送しないと宣言しているし、ブンデスリーガでは大会のボイコットを望む横断幕が何度も出されている。

 代表選手自身も、いち早く予選の時に「HUMAN RIGHTS」と書かれたシャツを着て登場した。また、先日はドイツの内相がカタールを名指しで非難し、それに対して在ドイツのカタール大使が正式に抗議。国レベルでも外交問題となる一歩手前となった。

 ドイツ代表は、W杯期間中にネパールの孤児を支えるNPO団体に100万ドル(約1億4000万円)を寄付すると宣言している。W杯のインフラ整備のために亡くなった労働者のなかで、ネパール国籍の人が一番多かったという。この寄付が亡くなった労働者の遺族の助けになることを願ってのことだ。

 ドイツ代表のなかには、本来ならカタールには行きたくないと思っている選手も少なくないだろう。ファンもそうだ。今回のW杯はここ最近のなかで最もドイツ人サポーターの数が少ない大会である。ドイツ国内で売れたチケットは合計3万5000枚。ロシア大会のチケットは6万2000枚、ブラジル大会のチケットは5万8000枚が売れていた。同じく大会への反対論が強いイングランドだが、それでもずっと多くのファンがカタール入りしている。

 希望があるとすれば、若い世代だ。ドイツは昨年のU−21ヨーロッパ選手権で優勝を果たしていて、そのチームから代表入りした選手が何人かいる。例えばCBのアーメル・ベラ・コトチャップ。それまでA代表の試合は1試合しか出ていないものの、ベテランのマッツ・フンメルスを差しおいてカタール行きの切符を手にした。そのほかにダビド・ラウム、ニコ・シュロッターベックなどもU−21ヨーロッパ王者だ。

 また、ヴェルナーのケガで、カタールへの道が開けた選手もいる。カメルーン生まれドイツ育ちのユスファ・ムココ。まだ18歳だが、所属のドルトムントではすでに活躍を見せており、最近の若手の中では最高の選手だろう。ムココがドイツ代表のレギュラーになるのは「時間の問題」だと言われていた。こうした若手の起用は、2024年にドイツで開かれるユーロ(ヨーロッパ選手権)を見据えてのことでもあるのだろう。

 いずれにせよドイツの敵はドイツ自身である。今のドイツは、最初の対戦相手である日本に冷や水をかけられれば、自ら崩れる可能性もある。