2023年ドラフトの目玉となるか。「広陵のボンズ」真鍋慧は伝説の先輩を超える実力と存在感
雲ひとつない秋の青空に一筋の弾道がのびていく。神宮球場のスタンドにいた観衆の誰もが空を見上げ、その打球の行方を見守った。いつまでも眺めていたいと思わせる白球はゆるやかに高度を下げ、ライトスタンドの中段で跳ねた。
広陵の真鍋慧(けいた)がゆっくりとダイヤモンドを回り、ホームに還ってくる。広陵に得点が刻まれてもなお、しばらく胸の奥でドクンドクンと脈打つ音が聞こえていた。ただのホームランではない。見る者に衝撃と余韻を残すホームランだった。
ボンズの異名をとる広陵のスラッガー・真鍋慧
11月19日、明治神宮大会初戦の広陵対東海大菅生戦。5対2と広陵が3点リードして迎えた7回裏、真鍋にソロホームランが飛び出した。
東海大菅生の右腕・島袋俐輝(りき)がインコースに狙ったストレートが、やや真ん中に入ってきた。真鍋に対して「インコースを突いたり、落ちる球でかわしたりしよう」と考えていた捕手の北島蒼大は、その瞬間に覚悟を決めたという。
「真ん中に入ったら、どこまでも飛んでいくんだろうなと思っていたので」
真鍋にとっては、高校通算48本目のホームランだった。
「昨年より弾道が高かったので、いい打球でした」
試合後、真鍋はそんな言葉で自身のホームランを振り返っている。
身長189センチ、体重93キロ。その縦にも横にも大きな体は、グラウンドでひときわ存在感を放つ。打席に入ると、ベンチやコーチャーズボックスから「ボンズ!」の声が飛ぶ。ニックネームの由来はMLB通算762本塁打を放ったバリー・ボンズ(元ジャイアンツほか)。真鍋は1年時から2023年のドラフト候補として名前が挙がる、大型打者である。
広陵は昨年の明治神宮大会にも出場しており、準優勝と躍進した。準決勝では佐々木麟太郎を擁する花巻東と対戦。その時点で高校通算49号となる一発を放った佐々木に負けじと、真鍋も高校通算10号をライトポール際に運んでいる。
当時の真鍋はライナー性の打球を打つタイプだった。角度のある打球というより、レフトからライトまで広角に強いライナーで外野手の間を抜くイメージ。そんな印象を本人にぶつけてみると、真鍋は「そうそう」とでも言いたげに何度も首を縦に振ってからこう答えた。
「今は飛距離というより、角度を気にして練習しています。懐を深くして呼び込めるようにしたほうが、打球に角度が出て確率も上がると指導者にも言ってもらっていました」
1年後に放った特大ホームランは、今までの真鍋のイメージを一新する美しい放物線だった。
「真っすぐを張っていて、絶対に打ってやろうと思っていました。甘いボールだったので、ミスしないように一発でとらえられるように」
一時は村上宗隆(ヤクルト)の打撃フォームを参考にした時期もあったというが、「トップの位置が決まらなくなってしまって」と軌道修正。今は「ムダな動きをなくしたい」と、シンプルな打ち方になっている。
あらかじめ軸足(左足)側に重心をかけ、バットヘッドを左肩上で寝かせるように構える。右足を軸足側に寄せてから投手に向けて強く踏み込み、ボールに対してやや斜め下からバットを入れていく。
「打球に角度を出す」という理屈はわかっていても、一朝一夕にマスターできる技術ではない。「打球角度は天性」と語る指導者やプロスカウトも多い。
ドラフトの目玉となるかだが、真鍋は正真正銘のスラッガーらしい打球を実演してみせた。真鍋の成長を見守ってきた中井哲之監督に感想を求めると、「あのくらいは......と言ったら失礼ですが」と前置きをしてこう続けた。
「夏に負けて(広島大会3回戦で英数学館に1対2で敗戦)、中心選手として悔しい思いをして、そこからキャプテンの小林(隼翔)とともにずっと頑張って、引っ張ってくれる姿を見てきましたから」
真鍋なら、これくらいはやって当然。中井監督の求める次元は、もっと上にあるのだろう。
1年前の時点で、中井監督は広陵OBでタイプの近い丸子達也(元JR東日本)と比較してこんなことを語っている。
「丸子はすばらしい選手ですが、真鍋のほうが飛距離はありますし、引っ張り中心だった丸子に比べて真鍋は広範囲にホームランが打てます。それと、真鍋のほうが足は速いですね」
丸子とてタイミングが合わずにプロ入りは実現しなかったものの、アマ屈指のスラッガーとして君臨した強打者だ。高校時代には通算46本塁打を放ち、あまりにも飛距離がずば抜けていたためグラウンドのネットを増設。通称「丸子ネット」の伝説を持っている。そんな先輩を超える実力と存在感を真鍋は備えつつある。
1年後のドラフト戦線に向けても、希望はふくらむ。来年は真鍋だけでなく、前出の佐々木(花巻東)や佐倉侠史朗(九州国際大付)のように右投左打の高校生スラッガーが目立っている。彼らのつばぜり合いは2023年高校野球界の大きな見どころになるだろう。
打球角度を得た真鍋は「鬼に金棒」となるのか。少なくとも神宮球場であの放物線を目撃した者は、真鍋慧という打者に夢を見たはずだ。