NHK杯SPの宇野昌磨

 今年3月、宇野昌磨(24歳、トヨタ自動車)はフランス、・モンペリエで世界王者に輝いている。日本男子で史上3人目。すでに王座にいるわけで、横には誰もいない。

「置いていかれないように」

 宇野本人は心から謙虚に言うが、スキルと表現力において比類がない領域に達している。今シーズン、グランプリ(GP)シリーズ初戦のスケートカナダでも、苦しみながら逆転で優勝。地力が違うのだ。

 宇野の最大の敵は、宇野自身なのだろう。彼自身が納得のいくジャンプを跳び、演技ができるか。

「求めている基準に、明らかについていけていない自分にもどかしさを感じる」

 彼はそう言うが、世界王者は高い基準で戦っている。誰とでもない。自分がたどり着くべき自分との対決だ。

自分自身への苛立ちと対峙

 それをNHK杯でも示している。

 11月17日、北海道・真駒内。グランプリシリーズ、NHK杯公式練習はじわじわと熱を帯びていた。

 しかしリンクサイドの一角で、宇野はどこか晴れない顔つきだった。身を乗り出すように話すステファン・ランビエルコーチのアドバイスを真剣な目で聞く。この日は、いつになく練習中にランビエルに声をかけられている。彼は何度かうなずくと、ペットボトルの水を口に含んだ。

「(声かけは)ステファンが気遣ってくれていたと思います。こういう時、コーチの存在をありがたく感じます」

 宇野はそう明かしている。この日、課題のトーループやフリップが決まらないことで勇み立ち、浮足立った。曲かけ練習はフリースケーティングの『G線上のアリア』を滑ったが、ジャンプで転倒し、束の間、氷上に寝転んだ。

「自分は『今日の練習はこうしよう!』とやりがいを感じ、ワクワクするんです。それが(GPシリーズ・)カナダ大会が終わってからなくなっていて。(ジャンプは)やっても毎日、違う跳び方になってしまい、反映したい技術がトライしてもできないことに苛立ちを感じています。練習していても、これは意味ないなって。思いどおりにいかない苛立ちやもどかしさが、公式練習でも出ていました」

 大勢の記者たちに囲まれ、マイクを右手に持って話す表情はやや曇っていた。

原点を思い出させたコーチの言葉

 その日、宇野はレストランでランビエルコーチと話し込んでいる。「時間ある?」と誘われたのは初めてのことだったという。それだけ切迫した様子だったのだろう。

「完璧を求めすぎるな。一つひとつやった先に、それは待っている。目指すものではない」

 宇野はランビエルにはっきりとそう言われて、再びスケートに向き合えるようになったという。実は靴の調整がうまくいかず、万全ではない焦りもあった。どうしようもできないことをわかっていながらも、思い悩んでいた。

「毎回、完璧な状態で望めるわけではない」

 そう諭されると、ようやく腹をくくることができた。

「一昨年、昨年とずっと積み上げてきた基準を下げたくなかったんです。それで、イライラとしていました。でもステファンが言ってくれたように、今日までやってきたことをちゃんとやろうって」

 王者は原点に戻った。


ステファン・ランビエルコーチ(右)と言葉を交わす宇野

本番で見せたスケート人生の賜物

 11月18日、ショートプログラム(SP)で宇野は『Gravity』を滑っている。6分間練習から飛ばしていた。何本もジャンプをきれいに降り、前日とは別人のようだった。火星を思わせるエンジのきらめく衣装が、よく映えていた。

 冒頭、苦しんできた4回転フリップを3.61点というGOE(出来ばえ点)で鮮やかに降りている。次の4回転トーループは着氷できず、コンビネーションもつけられなかった。

 ただ、少しもひるまない。トリプルアクセルは2.29点のGOEだった。ネコ科の動物が弾むように、あるいは重力から解き放たれたように、スケーティングで曲の世界観を伝えた。トータル91.66点は今シーズンの自己ベスト。SP2位は、悲観することはないスタートだ。

 そして成績以上に、中身の充実があった。

「引き続き練習したい、というプラスの思いになって良かったです」

 宇野は、雲間から光が差したように小さく笑みを浮かべた。スケートを追求する自分と邂逅(かいこう)したようだった。

「あんなフリップはこっち(札幌)に来て、一度も跳んでいません。試合だけで跳んだもので、練習から試合のフリップではないなと。ただ、スケート人生で長くフリップを練習してきた賜物だとも思います。

 トーループは失敗しましたけど、いつもどおりに跳び、着氷だけ失敗で。だから、なんで失敗?とは思っていません。降りられると思った場所が、降りられる場所ではなくて。6分間(練習)で靴が硬かったのをゆるめた結果、フリップはうまくいって、トーループはうまくいきませんでした」

 宇野は常に論理的な答えを探した。冷静に語る姿は、彼自身が一番、「宇野選手」を観察・考察しているようだった。

「僕はフワッとしたものはあまり好きではないんです。たとえば、勝負強さ、とかって言うのも、それは運がいいだけというか。メンタルはすごいけど、自分にとってはいいことではない。練習してきたことが試合に出るべきで。もちろん、試合で失敗したいわけではないですが。今シーズンはショート、フリーともにミスが目立ちます。でも試合ごとに課題を見つけ、次の試合で活かせています。1シーズンを通して、完成したものを見せられるように」

 宇野は徹底的に自分と対峙する。そこに答えはある。この日、SPでトップに立った山本草太が「スケートの向き合い方を学びたい」と言ったように、宇野は大勢の若手の見本となっている。

 11月19日、フリーで宇野は再び自分と向き合う。己をコントロールし、必然で勝てるか。ひとつのプログラムを滑るたび、王冠の輝きは増す。