「終わってみれば大勝だけど、なんというか、(選手には)安心してほしくないというか、たまたま勝ったので......」

 11月10日、豪州との強化試合後の会見で、侍ジャパンの栗山英樹監督は「たまたま」という表現を使って、手放しに喜ぶことはなかった。

 この日は9対0で勝利し、前日の初戦でも8対1の快勝。点差だけでなく、内容からも力量の差は歴然としていた。それだけにやや過敏すぎる発言にも思えたが、おそらく本音なのだろう。我々が想像する以上に栗山監督は不安なのだ。その最大の理由は、栗山監督に与えられた時間があまりにも少ないからだ。


豪州との強化試合に完勝した侍ジャパン・栗山英樹監督だが......

少なすぎる実戦経験

 侍ジャパンの代表監督に就任したのは昨年12月2日。この時点で、代表チームの強化、練習試合は今年3月に予定されていた台湾戦と、今回の豪州戦の2回だけ。コミュニケーションを図る合宿もない。これは代表に専任監督を据えるようになった小久保裕紀監督、稲葉篤紀監督の時と比べれば、質量ともに圧倒的な少なさだ。しかも3月に予定されていた台湾戦はコロナ禍の影響により中止となった。

 就任から1年で代表チームの指揮を執ったのは、日本ハム、巨人との練習試合2試合と豪州との2試合の計4試合だけ。そのなかで誰を選び、どのような戦いをすべきなのか。そこで栗山監督は少ない実戦経験のなかで攻守にいくつかの柱を立てた。

(1)攻撃は機動力を重視

 一発に頼るチームは脆さも同居する。その点、日本は巧打者が揃っている。就任会見で「足を使い、みんなで動きながら得点できる形を目指す」と言ったように、つなぎの打線を重要視した。個の力でなく、チーム力で勝つパターンに持っていく考えだ。

(2)先発を増やし"第2先発"を重要視する

 先発投手が好投したあと、第2先発がすんなり試合に入っていけるかどうか。シーズンでは先発しか経験していない投手を試合途中から送り出すため、適性を含め、その難しさをいかにクリアするか。

(3)各選手複数のポジションを守る

 WBCの登録メンバーは28人だが、入れ替えができない。選手の好不調やケガなどのアクシデントを想定すれば、従来とは違うポジションでプレーする必要性が生じてくる。不測の事態が起きた時にも冷静に対処できるよう準備が必要になる。

 栗山監督は、これらのことを強化試合でテストした。選手の適性を見るだけでなく、監督自らが采配を振るうなかで迷わず、流れに逆らわずにできるかどうか。いわば自身のテストも兼ねていたはずだ。

強化試合での収穫と課題

 はたして、結果はどうだったか。攻守とも栗山監督が目指すものはクリアできたと思うし、手応えは確実にあったはずだ。だが、テストしきれなかったこと、あるいはタイミングを逸したものもあった。

 たとえば攻撃陣。村上宗隆(ヤクルト)の一発が印象に残るが、手堅く1点を奪いにいくような展開がなかった。また村上のあとを打つ打者を誰にすればより機能するのかという点も、明確な答えを出せなかった。以前から「ポイントは5番」を明言しており、今回の強化試合では山田哲人(ヤクルト)、牧秀悟(DeNA)らを起用したが、ここに鈴木誠也(カブス)など、まだテストしていない打者を選択する必要性が生じてくるかもしれない。

 投手陣では、「予定せずアドリブ的な使い方を試してみたい」という趣旨のプランを持っていたが、結果的に実現できなかった。日本ハムの監督時代は、先発投手を短いイニングで交代させる"ショートスターター"を積極的に使っていた指揮官だ。だが強化試合では、イニングまたぎなど本番を意識した使い方は実現しなかった。

 このほかにも試したいことはまだまだあったはずだ。そうしたもどかしさが、冒頭のコメントとなったのだろう。このほかにも栗山監督はこんなコメントを残している。

「安心してほしくない」
「本当にやればやるほど、やらなきゃいけないことは多い」
「まずは自分たちのよさを出しきらないといけないので」

 そうした言葉の多くは、選手へのメッセージであり、自分自身へ言い聞かせているようにも思えた。つまり、選手への意識づけと自己暗示。

 そう考えていくと、栗山監督は選手をピースに見立て、自らのプランに適するように動いてもらうタイプの指揮官と言える。それは「選手が気持ちよく試合に臨めるように気を配り、グラウンドに送り出すまでが仕事」と言っていた第1回WBCの王貞治監督から稲葉篤紀監督まで、これまで代表チームを率いた指揮官たちとは対照的だ。

 では栗山監督が、選手たちをどのように動かして、勝ちきる野球を演出していくのか。豪州との試合前、栗山監督はこう言っていた。

「世界大会で先制された時の怖さがある。みんなが焦らないように。手を打てなくなるのが一番ダメ」

 国際大会はまだ1試合も戦っていないが、すでにツボを心得ているようだ。世界一奪還へ向け、準備は慎重に着々と進められている。