7月に欧州選手権を制したイングランドに0−4、若い力がどんどん成長してきているスペインに0−1。なでしこジャパンの今回のヨーロッパ遠征は2連敗という結果に終わった。

 イングランドは今、最もワールドカップ優勝に近い存在であることは間違いない。スピード、球際の強度、高さ、球威、そして戦術理解度......そのすべてが最高峰レベルだった。パス1本、シュート1本を放つたびに音がその重さとスピードを感じさせる。そんな相手に日本は、先月、格下ナイジェリア、ニュージーランドとの国際親善試合で試したバカリの3バックで挑んだ。個人的にはサンドバックと化す覚悟は固まっていた。


スペイン戦で無得点ながらも、積極的なプレーを見せた藤野あおば

 前半、「日本がどんな3バックを見せるのか――」イングランドは明らかに様子見の構えだった。それでもシンプルではあるが、とてつもなく強度の高い展開をしてくる。トップギアに入っていないこの段階で、すでに日本はイングランドのオーラに飲み込まれていた。ボールロストを恐れすぎてボールを受けたがらない。

 すさまじいハイプレスのなか、岩渕真奈(アーセナル)がキープして時間を作っても、フィニッシュに絡める選手が間に合わず孤立することもしばしば。終始"できる範囲のプレー"を繰り返しているように見えた。それも必要なことではあるが、それぞれの局面で勝敗度外視の開き直ったチャレンジがもっと欲しかった。

 試合後、熊谷紗希(FCバイエルン・ミュンヘン)、岩渕は「危機感」という言葉を何度も口にした。その表情は厳しく、ここまで落胆する姿は珍しい。それだけ海外でプレーする彼女たちにとってショックなゲームだったということだ。

 しかし、もっと大きなショックを受けたのはスペイン戦だった。0−1で惜敗? とんでもない。この日のスペインの完成度は低かった。

 今のスペインチームは揺れている。主力メンバーを含む15名が代表チームの指導方針を巡って首脳陣と対立。当該選手たちは今回も招集されていない。ワールドカップへ向けてチームの再構築をしている事情がある。スペイン選手が持つブレない体幹とキックの質はやっかいだが、粗さも目立ち、十分競り勝てる相手だった。

 ところがスペイン戦で、イングランド戦の失点を引きずっていたのが、まさかの守護神・山下杏也加(INAC神戸レオネッサ)だった。日本がゲームを支配しかけていた8分に放たれたミドルシュートがバーを叩き、その跳ね返りを拾われて先制されてしまった。その後、立て直したものの、これが決勝点となった。

「失点はセカンドボールを作ってしまった自分の実力のなさ......(イングランド戦で)4失点してからボールスピードが違う相手に対して前後のポジショニングに自信がなくなってしまっていた」(山下)

 イングランド戦後はそれぞれの失点を、3バックゆえのものとミス絡みと、冷静に分析していた山下だったが、苦しい葛藤があったようだ。人一倍自分に厳しい性分が発動し、「これをただの"経験"にしないつもりです」と自らを奮い立たせていた。

 選手のみのミーティングを行ない、守備を見直したことでスペイン戦は、ずいぶんと改善されたが、3バックの強みである"中盤の厚さを生かした攻撃"が結実しなかったことは大きな課題として残った。田中美南(INAC神戸レオネッサ)はGKと1対1に持ち込み、左ウィングバックの遠藤純(エンジェル・シティ)から長谷川唯(マンチェスター・シティ)、清水梨紗(ウェストハム・ユナイテッド)へつなぐ好機もあった。それでも結果は無得点。今の状況のスペインには勝たなければならなかった。勝負強さは試合のなかでしか培われない。

 このスペイン戦は3バックの修正とともに、最低でもドローに持ち込まなければならなかった。世界トップクラスのイングランドに大敗することも褒められたことではないが、それよりも万全でなく成熟していないスペインに勝てないことのほうに危機感は募った。

 そのなかで10月の親善試合で爪痕を残した藤野あおば(日テレ・東京ヴェルディベレーザ)はスペイン戦でフル出場し、高いクオリティのプレーを出し続けた。後半に至っては何度もドリブル突破をファウルで止められ、ピッチに転がされながらもセットプレーのチャンスを量産。特に長谷川から出たライナーパスに反応して空中で受けた場面は得意のボレーシュートまでは、つなげられなかったものの印象に残った。

「絶対にいいボールが出てくると思っていたので走るタイミングさえ合えば......でもワンタッチで振るかトラップするかっていうところの迷いがその一瞬に出てしまった」と悔やむ藤野。途中出場したイングランド戦でも堂々と相手と渡り合っていた数少ない選手だった。

「相手の間でボールを受けられる場面もあって、もちろんポジショニングだけで強度も対人の強さも避けられないところではあるんですけど、ちょっと余裕がありました」とパワーが落ちた後半とはいえ、イングランド相手に驚くべき感想を持っていた。また彼女にボールが入るとスペインは何度でもファウルを繰り返した。それらのファウルこそ、そこまでしないと藤野を止められないとスペインが判断している証拠だった。

「U-20の決勝では成す術なくスペインに負けた感じだったので、今回はフル代表に入って一つひとつのプレーがかみ合ってきている手応えはあります。でも、2試合とおして結果は得点ゼロ。最後とおればとか、シュート惜しかったね、じゃ終われない。日常のパスの1本1本の質とか気を抜いている部分もあったと思うので、そこは強くこだわっていきたいです」(藤野)

 格下相手ではなく、紛れもない世界トップとのマッチアップ経験は藤野を大きく変えるかもしれない。それだけでも収穫と言えよう。

 これで、なでしこジャパンの今年の活動は終了する。今のままではW杯は戦えない現実を突きつけられたなでしこジャパン。この重要な2連戦を3バックにかけたことで、今後に何を繋げられるか。

 グループリーグはともかく、決勝トーナメントを勝ち抜くためには今の強度の3バックでは通用しないだろう。このまま成熟させていくのか、はたまた4バックに戻すのか、攻守で使い分けるのか――。ワールドカップまで8カ月。池田太監督の取捨選択に注目だ。