【不安な未来】なぜドラッカーは日本人に繰り返し警鐘を鳴らしたのか?

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情報が次から次へと溢れてくる時代。だからこそ、普遍的メッセージが紡がれた「定番書」の価値は増しているのではないだろうか。そこで、本連載「定番読書」では、刊行から年月が経っても今なお売れ続け、ロングセラーとして読み継がれている書籍について、関係者へのインタビューとともにご紹介していきたい。
第4回は2000年に刊行、20年以上にわたって読まれ続けているベストセラー、P.F.ドラッカー著/上田惇生編訳『プロフェッショナルの条件――いかに成果をあげ、成長するか』。4話に分けてお届けする。(取材・文/上阪徹)

ドラッカーはなぜ「明治維新」に驚いたのか

 ドラッカーの入門書として初めて日本発で企画され、世に送り出されたのが、『プロフェッショナルの条件』。本書の冒頭では、「日本の読者へ──モデルとしての日本」と題したメッセージも綴られているが、こんな書き出しで始まっている。

 私の心の中で、日本は70年近くにわたって重要な位置を占めてきた。

 本書の担当編集を務めた中嶋秀喜氏はこう語る。

「ドラッカーさんと日本との出会いは、1930年代のロンドンでした。雨宿りで近くのビルにたまたま入ったら、日本の絵画展をやっていたんですね。そこで、それまでまったく意識したことがなかった日本の美術について見ることになり、魅せられたんだそうです」

 室町時代の水墨画や禅画だった。僧侶が描いた直感的な絵にドラッカーは強い関心を抱く。後に、水墨画のコレクターとなった。実は千葉市美術館で、彼のコレクションを見ることができるそうだ。

「それで日本の歴史や文化を調べて、まず驚いたことがあったんです。明治維新でした。日本をひっくり返すような一種の革命なのに、それほど大きな血が流されなかったからです。ヨーロッパの血塗られた革命に比べるとまったく違う、と」

 もしかすると、とんでもない民族なのではないか、という思いがドラッカーの中に浮かんだのである。

日本人に向けて繰り返した警鐘

 そして第二次世界大戦で日本は敗戦、都市部は焼け野原になったが、ここからまた日本はドラッカーを驚かせる。戦後の急激な復興である。中嶋氏はいう。

「モノが何もないにもかかわらず、わずか10数年で一気に高度成長していった。そうした日本の国民の心のバイタリティに魅せられたんです。このことは、いろんな原稿で書かれています」

 本書の冒頭の「日本の読者へ」にもこうある。

 私は日本の第二の奇跡を目にした。それは、混乱と廃墟からの復興だった。今日の日本、世界第2位の経済大国しか知らない人たちにとっては信じられないだろうが、1940年代末の日本を見て、その復興を可能とした者は、世界にひとりもいなかった。ところが実際には、戦後10年、そこには新生日本があった。驚くべきことに、あくまでも日本としての日本が生まれていた。ここでも、人類の歴史上、戦後日本には似たものがなかった。

 ビジネス界にもっとも影響力を持つ思想家からの、これは最大の賛辞ではあるまいか。それほどまでに、ドラッカーは日本を評価してくれていたのだ。しかし一方で、もう20年以上も前からドラッカーは日本に警鐘を鳴らし続けていたと中嶋氏は語る。

「日本の読者に繰り返しドラッカーさんが言っていたのが、成功体験は仇になりかねない、ということだったんです」

 うまくいってしまったがゆえに、陥る危なさがあったのだ。

 今日日本は、140年前と50年前の二つの転換期に匹敵する大転換期にある。ただし前の二つの転換とは違い、今回のそれは失政、混乱、敗北の類がもたらしたものではなく、主として成功の結果もたらされたものである。成功のもたらす問題は、失敗がもたらす問題とは大きく異なる。

「変われない日本」が苦境を抜け出すためのヒント

 本書の刊行から20年以上が経ち、ドラッカーの警鐘は現実のものとなってしまっている。成功体験の呪縛にさいなまれ、変われないままに長い時間が過ぎた。失われた20年とも、30年とも呼ばれる閉塞した時代が、今なお日本を覆っている。

 20年前の本だが、もしかすると今こそ、この本を読むべきなのかもしれない。

 求められる姿勢、変化と継続双方への関わり方、一人ひとりのとるべき行動、リーダーシップは同じである。そのような意味において、人と組織との関わりについての私の著作の精髄たる本書が、明治維新と戦後日本から多くを学んだ者からの返礼として、今日の日本のお役に立つならば、これに勝る喜びはない。

 亡くなるまで、ドラッカーは変われない日本を心配していたという。しかし、では、どうすればいいのか、は語らなかった。中嶋氏はいう。

「ドラッカーさんは、こうしなさい、とは言わないんです。最終的には、自分で行動しなさい、なんですよ。行動の仕方は人それぞれですから。10人みんなに、同じようにこうしなさい、とは言えない」

 どうすればいいのかは、一人ひとりが考えなければならないのだ。そこにこそ、日本が苦況を抜け出す鍵があるのかもしれない。新しい社会の主役は誰か、強い組織に何が求められるのか、成果をあげる能力とは何か、意志決定の秘訣とは、リーダーシップの本質……。本書には、そのヒントがたくさん隠されている。

(本記事は、『プロフェッショナルの条件――いかに成果をあげ、成長するか』の編集者にインタビューしてまとめた書き下ろし記事です)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『子どもが面白がる学校を創る』(日経BP)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。

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