ピッチャーが投球に入る。ランナーを背負っているのでクイックモーションだ。プロ野球選手のなかでは小柄なほうに見える渡辺勝(元中日)は、左打席でスッと右足を高く上げた。

「荒川(博)さんに野球を教えてもらっていて、自分には"これ"が合っていたんで、『それでいけ』って言われたのがきっかけです」

 渡辺が言う「これ」とは、ピッチャーのモーションに合わせて足を高く、長く上げる"一本足打法"のことだ。アマチュア時代からこの一本足打法を引っ提げてプロ入りを果たし、今回のトライアウトでも全3打席でまっとうした。


トライアウトで一本足打法から豪快なスイングを披露した渡辺勝

荒川博「最後の弟子」

 渡辺は東海大相模、東海大を経て2015年の育成ドラフト6位で中日に入団。東海大相模時代にはこの日同じくトライアウトに参加していた一二三慎太(元阪神)らとともに甲子園に出場し、興南高校との決勝戦では敗れはしたが、"琉球トルネード"こと島袋洋奨(元ソフトバンク)から2安打を放った。

 プロ入り後は2019年に支配下登録されると、このシーズンは27試合に出場して4安打。翌20年も一軍では15打数3安打にとどまるが、21年には48試合に出場。プロ初スタメンを果たした8月17日の試合では初ホームランを含む2安打2打点の活躍。9月11日の巨人戦でもホームランを放つなど、オフには年俸も上がり大きな期待を受けた。

 この渡辺に一本足打法を授けたのが、王貞治の才能を開花させた荒川博(故人)だ。渡辺が荒川博「最後の弟子」と言われる所以である。

「すごい人ばかりなので......たいした弟子じゃなくすみませんって感じです。自分は本当に不甲斐なさすぎて」

 渡辺が荒川から指導を受けたのは中学生の時。以来、渡辺の野球人生は一本足打法とともに歩むことになる。

 一本足打法は王貞治を筆頭に、片平晋作、大豊泰昭など、数々の強打者を生んだが、誰でも容易に会得できるものではない。駒田徳広(元巨人など)なども挑戦したが、習得できずに断念した。

 その一本足打法でプロ入り、支配下登録を勝ちとった渡辺だったが、レギュラー奪取には至らず、今季は10試合の出場でわずか2安打に終わり、オフに戦力外通告を受けた。

一本足打法だからプロに入れた

 先述したように、一本足打法を身につけるのは容易なことではない。しかもタイミングを外されやすいなどデメリットも大きく、習得しても継続するのは並大抵のことではない。これまでの野球人生で一本足打法を断念しようと思ったことはないのか。渡辺に聞くと、こんな答えが返ってきた。

「もちろん難しいですし、変えたいっていう気持ちはありました。でも、結局は普通の打ち方で打てないから教えてもらったわけですし。一本足打法だからプロにも入れたので......。そこはやっぱり、自分にはそれが合っているんだなと思ってやってきました」

 迎えた運命のトライアウト、渡辺は3回打席に立った。

 1打席目の相手は元巨人の山上信吾。死球で出塁した吉持亮汰(元楽天)を一塁に置いた場面での対戦だった。山上は振りかぶらず、セットポジションからクイックで投げ込んでくる。当然、タイミングをとるのは難しい。それでも渡辺は、大きく右足を上げたまま静止し、ボールを待ち構えた。3ボールからでも積極的にスイングし、ライト方向に大きなファウルを打つこともあったが、この打席はファーストゴロに倒れた。

 第2打席では元巨人のドラフト1位右腕・桜井俊貴と対峙。この打席でも積極的に振って、内野安打をもぎとった。そして走者一、三塁で迎えた第3打席、釜田佳直(元楽天)との対決は3球目を打つもファーストゴロ併殺打となり、この日の打席を終えた。

 衆目を集めるようなインパクトは残せなかったが、それでも渡辺は最後まで一本足打法を貫いた。

「トライアウトに向けて練習してきたので、『やっと終わったな』というのが率直な気持ちです。結果がいい悪いではなく、そこに向けてやってきたことが自分のなかでの力になればいいです」

 入団希望先は「NPBか、社会人は場所と条件次第」と語った渡辺だが、今後も一本足打法を続けるのかどうか尋ねるとこう語った。

「自分の考えは貫きたいなと思っています。もちろん、教えてもらって向上する部分はあると思うんでけど、変えない部分は変えないでやりたい。やれるだけやりたいです」

 たとえアップデートすることがあっても、渡辺にとって一本足打法は不変のベースなのかもしれない。軸足一本で立つ微動だにしない美しいシルエットと同様、ブレない渡辺勝の生き様は、これからも続いていくはずだ。