カタールW杯でブレイク期待のブラジル代表ヴィニシウス。風間八宏が「劇的に成長している」と見る一番の理由はなにか
第19回:ヴィニシウス・ジュニオール(レアル・マドリード/ブラジル)
独自の技術論で、サッカー界に大きな影響を与えている風間八宏氏が、国内外のトップクラスの選手のテクニック、戦術を深く解説。今回はカタールW杯で活躍が期待されるブラジルの若手、ヴィニシウス・ジュニオールを取り上げる。昨季、覚醒とも言える成長を見せ、トップクラスの選手に。その理由はどこにあったのだろうか。
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ボールを動かして相手を操れる過去5度のW杯優勝を誇るブラジル代表。目前に迫ったカタールW杯でも優勝候補の最右翼と目されるが、そのなかで最も旬な若手選手を挙げるとすれば、レアル・マドリードで活躍するヴィニシウス・ジュニオールになる。
カタールW杯での活躍が期待される、ブラジル代表のヴィニシウス
現在22歳のヴィニシウスの名前が最初に広まったのは、2017年5月。当時所属していたブラジルの名門フラメンゴとレアル・マドリードが、18歳以降の移籍契約を発表したのがきっかけだった。
まだ16歳の選手に、しかも数年先の移籍契約にレアル・マドリードが投資した金額は、推定4500万ユーロ(当時約55億8000万円)。それだけでも、いかに特別な才能を持った"金の卵"であったかがよくわかる。
そんな天才もレアル・マドリードで頭角を現すまでには時間を擁したが、加入4年目の昨シーズン、ついに本格ブレイク。それまでとは別人のような傑出した活躍を見せ、リーグ戦で17得点を記録したほか、チャンピオンズリーグ決勝でもチームを優勝に導く決勝ゴールを決め、大舞台に強いところも証明して見せた。
いまでは2019年にデビューした"セレソン・ブラジレイラ(ブラジル代表)"においても、絶対に欠くことのできない選手になったヴィニシウス。これまで数々のワールドクラスを見てきた風間八宏氏の目に、彼はどのような選手として映っているのか。
「以前から一番の武器になっていたのが、他の選手にはないスピード、速さです。そこに、正確な技術が備わったことで、現在は得意のドリブルだけでなく、シュートやパスも大きな武器になりました。
たとえば、彼が最も得意とするドリブルの特徴で言うと、ボールを動かして相手を操れること。もちろん、ボールに近づいたり離れたりして、自分の体を動かすことでも相手を操れる選手ですが、どちらかと言えば、ボールを細かく動かして相手を揺さぶるほうが特徴的と言えます。
しかも現在のヴィニシウスは、ドリブルをゴールやアシストから逆算して使い分けられるようになった。それによって、プレースピードがより際立つようになりました。
そもそも最近のブラジルは、ネイマールのように、ボールを動かして相手を操れるタイプの選手が減少している傾向がありますが、ヴィニシウスを見るとそのエッセンスが残された貴重な選手だと感じます。見ていて面白いと思わせる才能の持ち主ですね」
一番の変化は技術の精度確かに左サイドでヴィニシウスがボールを持った時は、次にどんなプレーを見せてくれるのか、見る者をワクワクさせる雰囲気を漂わせる。一昨シーズンまでは、その後にファンをガッカリさせたこともあったが、現在は期待以上のプレーで見る者に歓喜をもたらせてくれる実力とスター性が備わってきた。
では、ブレイク前と後ではヴィニシウスの何が違っているのか。風間氏が、その違いと進化のポイントを解説してくれた。
「ゴールを決める力、周りとのコンビネーション、プレーを選択する時の判断力など、すべてにおいて劇的な成長を遂げていると思いますが、そのための一番の源になっているのは、技術の精度が高まったことだと思います。
以前のヴィニシウスは、ドリブルをする時にボールが自分の真ん中の位置からずれてしまい、武器である速さを生かしきれていませんでした。また、ドリブルで相手を抜き去る時も、走る速さで相手と勝負しようとしていましたが、現在は競争することなく、正確な技術によって速さを生み出し、複数のドリブルを使い分けます。要するに、ボールを動かして相手を操れるようになったので、競争する必要がないんです。
また、決定力が上がった理由も同じで、キックの精度が高まったのが大きな要因でしょう。キックの技術が上がれば、シュートを狙う時の自信につながるので、チャンスの時も慌てません。
周りの選手たちと絡む時も、技術が追いついてきたことで、(カリム・)ベンゼマや(ルカ・)モドリッチとコンビネーションプレーをしても、彼らのスピードに合わせられるようになりました。それによって、プレーの選択肢が増えただけでなく、選択するための判断力を成長させることにもつながりました。
技術力を磨いて正確にプレーできるようになるのが、いかに大切なのか。ヴィニシウスの成長を見ても、そのことがよくわかると思います」
レベルの高い環境で成長できる選手サッカーの世界では18歳から21歳の4年間がその後のキャリアを決めるとされるが、ヴィニシウスはレアル・マドリードで過ごした最初の4年間で、しっかりと成長の跡を残すことに成功。いわゆるワールドクラスの選手になるための資格を手に入れた。
なかなかワールドクラスの選手が現れない日本からすると羨ましいサクセスストーリーだが、果たして、どうすればヴィニシウスのような成長を遂げられるのか。
「ヴィニシウスに限った話ではありませんが、彼らは教えてもらって成長しているわけではない、というのがポイントだと思います。
わかりやすく言えば、速いサッカーのなかに入ってしまえば、自然とその速さのなかでプレーできるように成長するということ。もちろん、周りの選手から技を盗んだり、自分なりに切磋琢磨して技術を磨いたりしますが、誰かに教えてもらうわけではなく、そういう環境に身を置いてずっとプレーしてきたので、成長する力も自然と身についている。
まだ教えてもらわないとなかなか成長できない日本人の選手とは、そこが違いなのかもしれませんね」
カタールW杯でも、そんな成長力によって世界の第一線で活躍するようになったワールドクラスたちが数多くプレーする。日本代表の行方も気になるところだが、世界の一流選手たちのプレーぶりにも、ぜひ注目したい。
ヴィニシウス・ジュニオール
Vinicius Junior/2000年7月12日生まれ。ブラジル・リオデジャネイロ州サンゴンサロ出身。10歳の時に名門フラメンゴの育成組織に入団。常に年齢より上のカテゴリーで活躍し有名になり、16歳の時にトップチームとプロ契約。直後、レアル・マドリードへの移籍が決まり、2018年の夏からスペインでプレー。4シーズン目の2021−22シーズンはリーグ戦17ゴール、チャンピオンリーグファイナルでの決勝ゴールなどブレイクを果たした。2019年にデビューしたブラジル代表でも、左サイドのアタッカーとしてカタールW杯での活躍が期待されている。
風間八宏
かざま・やひろ/1961年10月16日生まれ。静岡県出身。清水市立商業(当時)、筑波大学と進み、ドイツで5シーズンプレーしたのち、帰国後はマツダSC(サンフレッチェ広島の前身)に入り、Jリーグでは1994年サントリーシリーズの優勝に中心選手として貢献した。引退後は桐蔭横浜大学、筑波大学、川崎フロンターレ、名古屋グランパスの監督を歴任。各チームで技術力にあふれたサッカーを展開する。現在はセレッソ大阪アカデミーの技術委員長を務めつつ、全国でサッカー選手指導、サッカーコーチの指導に携わっている。