カタールW杯は「史上最も小さなW杯」と呼ばれている。カタールはこれまでの開催国のなかで一番小さな国だし、コロナの影響もあって、サポーターや記者の数もかなり少なくなると予想されるからだ。

 そんな小さなW杯のなかで、大幅に数が増えているものがある。それが審判団だ。今回、審判団は史上最高の129人という大所帯となった。その理由ははっきりしている。ジャッジに最新テクノロジーを駆使するため、それに関わる人員が大幅に増やされたからだ。


日本から唯一、カタールW杯の審判に選ばれた山下良美さんphoto by Masashi Hara/Getty Image

 これまではVARを担当するのに特別な資格は必要なかったが、今大会からはVMO(ビデオ・マッチ・オフィシャル)と呼ばれる専門職となる。彼らは少なくとも2年間、自国の1部リーグで定期的に審判をし、VMOとして少なくとも15試合の審判をした経験がなければならない。

 ボールがゴールラインを割ると、審判に自動的に知らせるGLT(ゴールラインテクノロジー)はブラジルW杯から、VARはロシアW杯から投入されていたが、今大会はそれに加えて、オフサイドを感知する新システムが取り入れられる。このシステムはSAOT(セミオートメーテッドオフサイド・テクノロジー)と呼ばれ、GLTと同様に、オフサイドがあるとビデオオペレーションルームに知らせる仕組みになっている。

 カタールW杯の公式球アル・リフラにはボールの中心にチップが埋めこまれており、1秒間に500回、自分の正確な位置を送信する。一方、スタジアムの屋根の下には12台の8Kカメラが設置されていて、このカメラは1秒間に50回、選手一人ひとりの体の29カ所の部分を感知し、各選手の位置を正確に把握する。

 このふたつのデータを組み合わせ、AIがオフサイドと判断したらオペレーションルームに連絡がいくのだが、それだけではジャッジはしない。VMOはすぐにボールと選手の位置を実際に自分たちで確認し、オフサイドであればピッチの審判に伝えるのだ。だからセミオート(半自動)なのだ。

 VARにはこれまで多くの批判が寄せられてきた。その一番の理由は時間がかかりすぎるというものだった。オフサイドの判定を下すために試合を止め、映像を確認すると、平均で70から75秒かかり、試合の流れが変わってしまうというのだ。

カタールで必要な強靭なフィジカル

 そこでVAR導入にも尽力したFIFA審判委員会会長のピエルルイジ・コッリーナ氏が、どうにかこの時間を短縮したいと開発を急がせたのが、SAOTシステムだった。これを使えば平均25秒程度でジャッジができるようになるという。

「オフサイドは審判の仕事のなかでも一番ジャッジが難しい」と、コッリーナ氏は言う。

「だからこれは、正確で迅速な判定を下すのに、審判の大きな助けとなる」

 このためFIFAは資金を惜しまずこのシステムを開発してきた。ちなみに8Kのカメラは一台25万ドルするそうだ。

 オフサイドの様子はすぐに3Dアニメーションに作成され、プレーが次にストップしたタイミングで、会場のモニターやテレビなどで流される予定だ。これで見ている人もすべてが納得するというわけだ。このSAOTは昨年12月のアラブカップ、そして今年9月のルサイル・スーパーカップですでに導入され、どちらも結果は良好だった。

 VMOの仕事はより重要性を増していて、連係も大事となる。そこで他の審判たちに先立ち、彼らはすでにカタール入りしている。

 今回のW杯で、人数のほかにもうひとつ変わったのが、審判の選抜の仕方である

 W杯で審判をするには、審判としてのキャリアのほかに3つのテストに合格しなければならない。ひとつ目は心理テスト。感情をうまくコントロールできるかなどがチェックされる。ふたつ目は知識と実技。新たに加えられたルールなどをきちんと理解しているか、そして導入された新テクノロジーを理解し、使いこなせるかが問われる。

 そして3つ目がフィジカルテストだ。今回はこれが非常に重視されている。暑いカタールで90分間、もしくはそれ以上、審判をするには、かなりの体力が必要となる。実はそれもあって、今回は審判の年齢の上限が45歳から42歳に下げられた。経験も大事だが、何よりも必要なのが体力。スピードだけでなく持久力も重要となってくるため、テストではその点に重きが置かれた。

 また、すべてのテストの前にはドクターチェックが行なわれ、長距離を走ったあとの心拍数や血圧が測られ、終了後には乳酸の蓄積具合から筋肉疲労の度合いを測る。アシスタントレフェリーは主審の80%の出来でいいとされる。

日本の審判たちには課題も

 これらにすべてパスした審判たちは、カタールでは隔離状態に置かれる。かつて筆者はコンフェデレーションズカップの審判団の広報を務めたことがあるが、普通の広報とは違い、誰も近づけないのが私の仕事だった。審判の宿泊先は多くのセキュリティに守られていて、許可がない限りはホテルにさえ近づけない。

 審判団には14人のスペシャリストが帯同し、彼らが最高のジャッジをできるよう日々サポートする。フィジカルコーチ、ランニングコーチ、心理カウンセラー、ドクター、マッサー、テクノロジー講師、フィジオセラピスト、そして日本人の鍼灸師までいる。ふたつの部屋は彼らをケアする機器がいっぱいで、6台の車と2台のミニバスが24時間待機し、自由に使えるようになっている

 今回、特筆すべきはW杯の歴史上初、女性審判が採用されたことだ。3人の審判と、3人のアシスタントレフェリーだ。審判のひとりが日本人の山下良美さんであることは皆さんももうご存知だろう。男子の試合における女性審判はオリンピックやユースの国際大会ではすでに取り入られてきた。今回が初というのは遅いくらいだろう。彼女たちが主審を務めるには、前述のテストで男子同様の結果が求められる。

 ただし今回、山下さん以外に日本人の審判はいない。アシスタントレフェリーにもVMOにもいない。一番多いブラジルとアルゼンチンは、3カテゴリー合わせ7人ずついるし、W杯に出場しない中国でさえ3人が選ばれている。これはつまり日本の審判のレベルが、世界水準に達していないと見られているということだ。ちなみにVMOに関しては、24人に絞られる前に70人が候補として呼ばれたが、そのなかにも日本人はひとりもいなかった。これらは今後の日本の課題だろう。