片岡保幸インタビュー(前編)

 球界きっての"韋駄天"として、西武時代の2007年から10年まで4年連続盗塁王に輝いた片岡保幸氏。09年の第2回WBCでは、イチロー氏も認めた"快足"で世界一の立役者となった。だが、14年に巨人に移籍してからはケガも重なり、思うような結果を残せぬまま17年シーズンを最後に現役引退。その後は21年まで巨人のコーチを務め、今年は解説者として活躍。また11月8、9日にはDeNAの秋季練習に臨時コーチとして招聘されることになった。そんな片岡氏に、現役時代に残した数々の伝説について語ってもらった。


現役時代、4年連続盗塁王のタイトルを獲得した片岡保幸氏

夢の中でいつも走っていた

── 現役時代には埼玉西武ライオンズ、読売ジャイアンツで活躍。2007年から2010年までは4年連続で盗塁王に輝き、第2回WBCでも優勝の立役者となりました。そんな片岡さんに、あらためて「盗塁」について伺いたいと思います。初めて盗塁王のタイトルを獲得した07年オフのインタビューでは、「ずっと走る夢ばかり見ている」と話していました。

片岡 あぁ、あの頃は走る夢ばかり見ていましたね。無人のグラウンドをずっと走り続けているんだけど、なかなかセカンドベースにたどり着かない。いや、そもそもベースが見えないんです。朝、ぐったりして目が覚めるなんてことは、よくありました(笑)。

── 当時は精神的に追い込まれていたのでしょうか?

片岡 おそらく、そうでしょうね。初めての盗塁王をすごく意識していたし、「絶対に獲りたい」と思っていましたからね。さらに、「試合にも勝たなくちゃいけない」「一番打者として抜擢してくれた伊東勤監督の期待にも応えなくちゃいけない」という責任感が大きかったからだと思います。

── この時のインタビューでは、「そもそも僕は、足は速くない」と発言していたのも印象的でした。足は速くはないのですか?

片岡 速くないですね。自分よりも速い選手はたくさんいたし、のちにコーチになってからも足の速い選手をたくさん見てきました。僕の場合はスライディングの技術でカバーしていたと思います。

── 具体的にはどのような技術なんですか?

片岡 今はリプレー検証があるから難しいですけど、僕が現役時代に意識していたのは「審判の目をごまかすスライディング」でした。いかに「足が速くベースに入ったと思わせるか?」ということは強く意識していました。ポイントとなるのはスピードを落とさずにスライディングすることですね。

── スピードを落とさずにベースに到達するためには、なるべくベース付近でスライディングを始めるのがいいと聞いたことがあります。

片岡 そうですね。ベースから遠い位置でスライディングを始めると、どうしてもお尻で滑ったり、手がついてしまって摩擦部分が大きくなってスピードが落ちてしまいます。その摩擦を減らすために、なるべくベース付近で、膝裏で滑る。滑ってもすぐに立つ。そういうことが重要になってきます。

盗塁成功のメカニズム

── 片岡さんの盗塁のメカニズムについて伺います。リードはどのくらいとっていたのですか?

片岡 リードは大体、5歩半ですね。ほかの選手と比べてそこまで変わらないと思うけど、多少短いのかな? 僕がプレーをした西武ドーム(現・メットライフドーム)、東京ドームで言えば、リードをして左足が土と芝の境目、右足は完全に芝の上でした。左ピッチャーの場合は両足とも芝生に出ていました。

── 左ピッチャーの場合のほうがリードは大きくなるんですか?

片岡 リードは大きくなりますね。右ピッチャーの場合は回転して速い牽制がくるけど、左ピッチャーの場合はそれがないですから。左ピッチャーの場合、お互いに正対して向き合うことになるけど、僕はピッチャーの目は見ないでユニフォームの胸のロゴ、チーム名の刺繍を見るようにしていました。

── それは、どんな理由からですか?

片岡 一点に集中してしまうと、そこに気をとられて身体が前傾姿勢になってしまうんです。身体が前にいってしまうということは動きが止まるということだし、肩に力が入るということでもあります。肩に力が入ると、膝にも力が入って力んでしまう。そうなると、動き出しがコンマ何秒か遅れてしまいます。だから、僕は一点を凝視しないで胸のあたりをボンヤリと見るように意識していました。

── 右ピッチャーの場合はどうなるんですか?

片岡 右ピッチャーの場合も考え方は同じで、一点に集中せずに背中全体をボンヤリと見ているイメージです。牽制の場合、ピッチャーの動き出しが右足になるけど右足ばかりを見ていたらやっぱり固まってしまうんです。むしろ、動きが少ないところ、右ピッチャーなら背中の辺りを見るのがいいんです。直視するよりも、ボーッと見ていたほうが、細かな違いに気づけたりすることも多いんです。

克服できなかったメンタルの弱さ

── 投手のクセの見抜き方、モーションを盗むコツなどはありますか?

片岡 あまりクセは意識しないようにしていました。首の使い方でかなりやられていたので......。

── 「首の使い方」とはどういうことですか?

片岡 キャッチャーを見たり、ランナーを見たり、ポイントとなるのはピッチャーの首の動きなんですけど、わざと首の力を抜くピッチャーがいるんです。その時に、ランナーも無意識にフッと力を抜いてしまうことがあるんです。その瞬間に牽制でアウトになったりしましたね。首の使い方が上手だったのはロッテの清水直行さん、唐川(侑己)でした。

── ロッテでは久保康友投手もクイックが速くて有名でした。

片岡 久保さんの場合は本当にクイックが速かったので、「絶対に無理だな」ってあきらめていました(笑)。一度、点差がある時にトライしてみたんですけど、やっぱり余裕でアウトでした。キャッチャーからの送球が逸れたら、何とかなるかもしれないけど、あれだけクイックが速いと、キャッチャーも余裕をもってスローイングできるのでやっぱり厳しかったですね。

── 冒頭で話題に出た「走る夢」は、その後も見ていたんですか?

片岡 見ていましたね。あとはハチに追いかけられる夢もよく見ました。

── どんなシチュエーションだったのですか?

片岡 とにかく大きいハチなんです。大群ではなくて一匹なんだけど、ずっと追いかけてくる。「逃げる」というよりは、「追われる」という感じでした。僕はそもそもメンタルが強くないんです。だから、いつも不安でした。それが夢にも出ていたんですね。

── メンタル面の問題はどのように乗り越えたのですか?

片岡 もう、練習しかなかったですね。僕の場合は「開き直る」とか「切り替える」ということができなくて、いつも後悔したり、引きずっちゃったりしていました。悪いほうにハマってしまうと、なかなか抜け出せなくて苦労しました。だから、自分ができることは練習しかなかったですね。

── 片岡さんと言えば、さまざまな被り物も話題となりました。でも、実際のところは、いろいろ考えながらのパフォーマンスだったんですね。

片岡 あのパフォーマンスは、かなり無理していましたね(苦笑)。「試合途中に帰ってしまうお客さんに、最後まで残ってもらうため」という思いで、お立ち台で被り物をしたけど、そもそもそういうことをするタイプではないんです。そのくせ、目立ちたがりという、ちょっと難しい性格なんですよ(笑)。

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