駅で見かけたタイプの男性に、声をかけるため…。男の働くビルに入ろうとした女の末路
「あの子…フツーじゃない！」
そんな風に言われる女たちが、あなたの周りにもいませんか？
― どうしても、あれが欲しい…
― もっと、私を見て欲しい…
― 絶対にこうなりたい…！
溢れ出る欲望を抑えられなくなったとき、人間はときにモンスターと化すのです。
東京にひしめくモンスターたち。
とどまることを知らない欲望の果て、女たちが成り果てた姿とは──？
▶前回：「色気がない」と言われ続けた女子校育ちの女。異性の目を引くために身につけた異様な手段
諦めない女
ふっくらとしたお腹をさすりながら、真由美は立ち止まった。
「緊張してる？」
夫は、真由美を気遣う。
「うん…。ちょっとね」
「大丈夫、そんな緊張することないよ」
「…」
夫の言葉が聞こえていないのだろうか、真由美の顔は真剣そのもの。
「真由美…、行くよ？」
「うん」
家先からは、綺麗にガーデニングされた庭が見える。さぞ幸せな家庭なのだろう、そんなことが伺える榊原家。
そんな榊原家の門をくぐった、そのとき―。
表情は一変し、真由美は不敵な笑みを浮かべた。
◆
あれは3年前、通勤が当たり前の頃の話だ。
大手損保会社のエリア職として、淡々とした毎日の中にいた真由美の人生に、突如強烈な光がさした。
東京駅を歩いていた時、ある男性に目が留まったのだ。
スラっと背が高く、すっきりとした顔立ちの男性。
同じようなスーツを着た男たちが、まるでベルトコンベヤーから出てくるように押し出される東京駅の中で、彼だけが光って見えたのだ。
それは、まるでドラマのワンシーンだった。
真由美はその光に吸い込まれるようにして、彼の方へと歩みを進めた。自分の会社とは違う方へと彼が歩いて行っても、真由美は止まらなかった。
彼が入っていくオフィスビルの中へも入り、フラッパーゲートもダメ元で通過してみようと試みたが、さすがにそこで止められてしまった。
「ちょっと、ちょっと！！入館証はお持ちじゃないんですか？」
そう言って真由美を遮る警備員の声に、その男性は一瞬真由美の方を見た。
「あ…」
男性と目があった、そのとき。思ってしまったのだ。
「彼が、運命の人だ…」
その日の夜。
仕事を定時で切り上げ、真由美はダッシュであのビルへ行った。そして、ご主人様を待つ忠犬ハチ公さながら、彼を待ち続けた。
18:15からその場で待ち続けて、23:00過ぎ。
ようやく、あの男性がビルから出てきた。
ネクタイを緩める仕草もスマートで、その仕草に釘付けとなった真由美。確信はさらに強まる。
― なんてかっこいいの…。
真由美は、また光に吸い寄せられるようにして彼のあとをつけながら、そして考えた。
このまま彼の素性を探ってから声を掛けようか、それとも、すぐに声を掛けてしまおうか。
けれど、そんな悩みは無用だった。
「あ、あの…」
気づくと、無意識のうちに話し掛けてしまっていたのだ。
「はい…？僕ですか？」
「あ…」
「…どうしましたか？」
「すごくタイプで…、つい話し掛けてしまいました…」
ノープランだった真由美からの、突然の問いかけ。
「…」
「…」
当然のように戸惑う男性だったが、思わぬ反応を示す。
「こんな綺麗な女性からそんな風に言われるなんて、嬉しいですよ」
「え…」
朝の1コマがドラマのワンシーンなら、それは映画のラストシーンほどのインパクトだろうか。
「榊原誠」と名乗ったその男性から見つめられたそのとき、真由美は完全に恋に落ちてしまった。
それから2人は、並んで歩きだした。
「真由美さん、お食事されましたか？」
「いえ、まだ…」
「よかったら、ご一緒にどうですか？」
「ぜひ…！」
「僕の家、すぐそこで…」
翌朝、彼の自宅で目覚めた真由美は決心した。
これは運命だ、と。
「私、誠さんの奥さんになる」
「嬉しいよ」
誠はあしらうように言い放っただけだったが、真由美は本気だった。
その日から、毎日誠の家へと通いつめ、せっせと炊事洗濯をした。将来の奥さんとして、当たり前の行動だと思ったから。彼の要望には何でも応えた。本当になんでも…。
しかし、2ヶ月がたったある日。
彼のマンションはもぬけの殻と化した。
上海へと海外赴任に発ったと知ったのは、そのすぐあとのことだった。実は、彼には婚約者がいて、上海で新生活をスタートさせているということも―。
◆
榊原家の居間に通され、久々に義両親に再会する真由美。
「あら、真由美さん、すっかりお腹も大きくなって…」
「もう7ヶ月目に入りました」
幸せそうにお腹をさすりながら、義両親と会話する真由美。
そこに、2階から1人の男が降りてきた。男は、真由美を見て立ちすくむ。
「…」
「あら、何そこに突っ立っているの。あなた、真由美さんとお会いするのはじめてよね？」
「はじめまして、真由美と申します」
義母に紹介され、真由美は行儀よくペコリと頭を下げる。
「…」
そして、真由美はそこに立つ男性をじっと見つめた。あの頃と同じ眼差しで──。
真由美の隣の男が、上機嫌で2階から降りてきた男…誠に話しかける。
「兄貴、久々だな。上海赴任行ってすぐコロナ禍になっちゃって、3年間まったく会えてなかったからな」
「…そうだな。…あ、真由美さん、はじめまして」
よそよそしく挨拶する誠を、真由美はじっと見つめ続けた。
◆
真由美は、誠のことを諦められなかったのだ。彼に奥さんがいたと知っても、全然。
本当は、すぐにでも上海に飛んで駆けつけたかった。けれど、あいにくのコロナ禍で入国すらできない。
だからといって、彼が赴任から帰ってくるのを待つなんてできなかった。
考えた真由美は、彼の素性を徹底的に調べ上げ、そして弟がいることを突き止めた。
そして、思ったのだ。
― 彼が無理なら、彼と同じ遺伝子を引き継ぐ男性と…。
そして、今に至る。
別に、これから誠とどうにかなろうなんて思っているわけじゃない。復讐しようなんて思ってない。
ただただ彼への愛を、誠に近づきたいというどうしようもない欲求を、真由美は抑えられなかっただけ。
その姿は、異様なほどの執着に囚われる、執着モンスターだった。
▶前回：「色気がない」と言われ続けた女子校育ちの女。異性の目を引くために身につけた異様な手段
▶1話目はこちら：15分前に頼んだUberより早く、食事会に駆け付ける女。彼女のまさかの移動手段とは…
▶Next：11月1日 火曜日更新予定
人生に悩み、何の気なしに占いに行った女は…
