東京都が実証実験として始めた「舟旅通勤」を体験してきました。目黒川をむすぶルートや、江戸川区の住宅街まで直結するルートなど、6種類が運航しています。どのような通勤スタイルになるのでしょうか。

都心部の水運活用を図る

 東京都が2022年10月17日から、目黒川と隅田川の水運を利用した「らくらく舟旅通勤」の実証実験を開始しています。東京の舟運を活性化するため、通勤への舟運活用の可能性について検討するものです。


五反田から出発する「舟旅通勤」の船の様子(乗りものニュース編集部撮影)。

 今回は3年ぶり2回目の実証実験です。日の出桟橋を拠点に、天王洲や五反田、一之江方面にも足を伸ばす、全6ルートが設定されています。詳細は以下のとおりです。

【朝】※平日運航
・両国〜日の出〜天王洲
・日本橋〜勝どき(朝潮運河)〜日の出
・豊洲ぐるり公園〜日の出〜お台場海浜公園
・天王洲〜五反田

【夕】※水・金のみ運航
・天王洲〜日の出〜勝どき(朝潮運河)〜一之江
・日本橋〜勝どき(朝潮運河)〜日の出〜お台場海浜公園
・天王洲〜五反田

 今回、2つのルートを乗り継いで、最長距離の移動となる「五反田〜天王洲〜勝どき〜一之江」という「通勤」をしてみました。行程は以下のとおりです。

17:30 五反田→17:55 天王洲(乗り換え)18:05→20:30 一之江
(運賃は、目黒川ルートが200円、一之江行きが1000円)

 五反田の船着場は、ちょうど東急池上線の高架下にあります。入口で予約完了画面のQRコードを読み込んでもらい、乗船券を受け取ります。小さなオープン船が停まっており、定刻に乗り込みます。20人ほどの乗客がいて、子供連れの親子も何組か見られました。

実際に乗ってみた

 五反田を出た船は、両岸の桜並木に囲まれながら海へ下っていきます。橋は桁下2〜3mの低い位置にあるものが多く、目黒川自体がコンクリート三面張りの水路なので、意外と「交通レーン」感があります。とはいえ、都心の真っただ中にあって、喧騒が遠く霞んで聴こえ、束の間のオアシスに感じます。


五反田から出発する「舟旅通勤」の船の様子(乗りものニュース編集部撮影)。

 しばらくすると、船を操縦するスタッフが、ぽつりぽつりと沿線紹介を始めました。「ここは旧東海道の品川宿です……」「この桜、川に向かって垂れ下がってるでしょう。空に伸びるより、近くの水面の反射のほうが、光が多いんですよ……」そうこうしているうちに、あっという間に河口部へ出て、東品川の天王洲船着場に到着しました。五反田から天王洲へわずか25分、鉄道と対抗してもかなりの快速移動です。背もたれの無い簡素な船でしたが、この所要時間なら苦にもならなさそうです。

 ここで今度は、日の出・勝どき経由、一之江行きに乗ります。待っていたのは全天候型のクルーズ船。宴会用のものを改装した形で、座席の代わりにテーブルが並び、バーカウンターやカラオケ機器もそのままです。

 こちらは一之江まで約2時間半の長旅。スタッフが「お酒はいかがですか?」と席を回ります。最初こそ乗客は物珍しく、デッキに出たり窓から写真を撮ったりしていましたが、そのうちリラックスしきった(あるいはすっかり出来上がった)様子で、無言で窓辺にもたれかかっていました。

 気になっていたのが、勝どきを出ると一之江まで、東雲運河と砂町運河を経由する冗長なルートを辿ることでした。しかしこの謎は、乗ると解けました。沖と違って、水路は全く揺れないのです。ともすれば「あれ?船着場に着いたのか?」と思うほどの安定性で、エンジン音をのぞけば、船室内は居酒屋の店内のようなアットホーム感です。

「速達便」と「疲労回復便」の2つの顔

 目黒川ルートはまさに「移動手段+ちょっとした観光」という印象でしたが、一之江ルートは所要時間が長く、「一刻も速く家に帰りたい」という人のための交通ではない印象でした。これは裏を返せば、「家に帰るまでに、一日の疲れを回復しておきたい」という人にとって、多少時間をかけても、落ち着いた気分で過ごして家に近づけるという「新たな形の帰宅手段」なのかもしれません。 

 西葛西から旧江戸川を遡っていくクルーズ船。都心の喧騒が嘘のように、周囲も水面も闇に包まれています。はっと「家に近づいてきたんだ」と気付かされる瞬間です。アフター5の気分でいたら、いつの間にかもうすぐ自宅。そんな通勤スタイルを、東京都は「澄んだ空気、ゆったり開放的な舟旅通勤いかがでしょうか」として、定着を図ろうとしています。