ドイツ空軍総監自らが操縦し、史上初めて同軍戦闘機が来日しました。出迎えた航空自衛隊トップの航空幕僚長とは1年前からの知り合いだとのこと。来日に至った経緯と、その裏側にあったトップ同士の交友関係についてひも解きます。

ドイツが掲げた「インド太平洋ガイドライン」

 ドイツ空軍のユーロファイター戦闘機3機が2022年9月28日、輸送機などとともに茨城県の航空自衛隊百里基地へ飛来しました。日本にドイツ空軍の戦闘機が展開するのは史上初めてとのこと。そのため、百里基地には数多くのメディアが取材のために集まったほか、基地の周りには多くのファンがその歴史的瞬間を見ようと集結していました。

 なぜドイツ空軍はこの時期に日本に戦闘機を派遣したのでしょうか。そこにはドイツの外交と安全保障に関する一大方針が関係しています。


着陸したユーロファイター「エア・アンバサダー」の前で握手を交わすドイツ空軍総監ゲルハルツ中将と井筒航空幕僚長(画像:ドイツ空軍)。

 ドイツはアジア太平洋地域に対する長期的な外交方針として「インド太平洋ガイドライン」を作成しており、ドイツ連邦軍はその外交を支えるための実行力を持っていることをアピールするために、アジア各国へ部隊を派遣し、派遣先の各国軍との交流を行うことを計画します。

 その一環としてドイツ空軍が行ったのが、アジア太平洋地域への大規模展開訓練「ラピッド・パシフィック2022」であり、シンガポール経由でオーストラリアにユーロファイターを中心とする軍用機13機を長期にわたって派遣。そんな長期展開の最終目的地として、日本に対して前出の13機の中から一部機体と要員を派出して、百里基地へ姿を見せたといえるでしょう。

 加えて、今回の訪日で注目すべきは、なんとドイツ空軍のトップ、すなわち空軍総監のインゴ・ゲルハルツ中将が自らユーロファイター戦闘機を操縦して百里の地へ降り立ったことです。乗ってきた機体は、「エア・アンバサダー(空飛ぶ親善大使)」という愛称が付けられた特別塗装機。これを中将自ら操縦し降り立つことで、今回のドイツ空軍戦闘機部隊の初来日を強く印象付けたのです。

日独両制服トップが行った空でのランデブー

 説明によると、ドイツ空軍の編隊はシンガポールを出発し、約8時間をかけ日本の百里基地まで飛んできたとのこと。その間、空中給油も複数回行ったそうで、けっこう困難なものだったといいます。


航空自衛隊百里基地のエプロンで整列した日独両戦闘機と隊員たち(画像:航空自衛隊)。

 到着後、百里基地で行われたインタビューで、空軍総監ゲルハルツ中将は次のように語っています。

「今回の日本への飛行はパイロットや整備士にとってもチャレンジングなものでした。私が実際に操縦することを決めたのも、そのチームに自らが加わることこそが重要だと考えたからです。ドイツ空軍の中将として、この『エア・アンバサダー』なる機体を操って来日できたことは、日本や航空自衛隊、および井筒空将に対して、ドイツが日本との関係を重要視していることを表す証でもあります」。

 ゲルハルツ中将が名前を挙げた井筒空将とは、航空自衛隊トップの井筒俊司航空幕僚長のこと。実は、両氏の交流は今回の来日が初めてではありませんでした。ふたりは昨年11月にUAE(アラブ首長国連邦)で開催されたドバイ・エアショーで初の2者懇談を実施しており、以降もイギリスで開催された国際航空宇宙軍参謀長等会議やオーストラリアでの多国間共同演習「ピッチ・ブラック2022」などの場で直接会談を重ねてきた経緯があります。

 こうした積み重ねがあったからこそ、今回のドイツ空軍初飛来ではゲルハルツ中将自らユーロファイター戦闘機に乗って来日したともいえるでしょう。なお、ドイツ空軍機が日本に近づくと、井筒空将も複座型であるF-2B戦闘機の後席に搭乗して迎えにいっています。こうして、ドイツ空軍トップが操縦するユーロファイターと、航空自衛隊トップが搭乗するF-2は日本上空で相対する形となり、ある意味で異例の戦闘機に乗務したトップ同士の「空での会談」となりました。

一緒にランニング、お土産は自ら作ったスケールモデル

 日独双方の戦闘機は、日本の空で合同の編隊航法訓練を実施すると、今度はゲルハルツ中将と井筒空将が直接、無線交信も行っており、ドイツ語で語りかける井筒空将に対して、ゲルハルツ中将は「こんにちは」と日本語で返事。その模様を納めた動画はドイツ空軍によってSNSで拡散されて話題にもなったほど。


防衛省で握手を交わすドイツ空軍総監ゲルハルツ中将と井筒航空幕僚長(画像:航空自衛隊)。

 また、ふたりは翌日、都内の防衛省に移動して記者会見や懇談などを行いましたが、その後、一緒に皇居周辺をランニングしており、ギフト交換では井筒空将自身が製作したユーロファイターとF-2の模型をゲルハルツ中将に手渡しています。これらは、ふたりの交友関係の深さを示すひとつの指標といえるでしょう。

 ただゲルハルツ中将と井筒空将の関係は個人的なものではなく、ドイツ空軍と航空自衛隊の交流の上に成り立っているものであり、さらに言えばドイツと日本の外交方針や、近年の国際的な枠組みによる安全保障政策の結果ともいえます。防衛省での共同記者会見では、今後の具体的な事象についての明言は避けつつも、これまで同様の血の通った日独の交友は継続すると明言しています。

 ドイツ空軍と航空自衛隊の両トップが行った今回の交流は、日独の外交・安全保障に関する将来への一助となることは間違いなさそうです。