「戦車大国」と例えられることの多いロシアですが、ウクライナ侵攻から半年以上が経過し、ほころびが見えつつあるようです。最近では予備保管されていた旧式のT-62を最前線に送り込んでいる模様。戦力になるのでしょうか。

世界初の滑腔砲搭載戦車として誕生したT-62 だが今は?

 2022年2月下旬から始まったロシアによるウクライナ侵攻では、ウクライナ軍の果敢な防戦により、ロシア軍の戦車をはじめとする各種戦闘車両(AFV)に多大な損害が生じているという報道がなされています。また、それらのうち少なくない数が無傷で遺棄されており、ウクライナ側が多数鹵獲(ろかく)しているとも伝えられています。

 このような戦況下、ロシア軍は予備兵器として保管していたT-62戦車を、再整備のうえウクライナの戦場へと投入するようになったといいます。しかしいかんせん、近代化改修が施されたT-62Mといえども、元は半世紀以上も前に開発された旧式戦車。現代戦に対応できない恐れもあるとか。いったいどういうことなのでしょうか。


イギリスのボービントン戦車博物館(ザ・タンクミュージアム)に展示されているT-62戦車(柘植優介撮影)。

 T-62戦車が開発されたのは、東西冷戦が激化の一途をたどっていた1950年代後半、T-64戦車とほぼ同時期でした。

 当時旧ソ連(現ロシア)は、NATO(北大西洋条約機構)と対峙するヨーロッパ正面での戦車戦を念頭に、第2次世界大戦における戦訓に基づいた同国軍の戦車戦術(ドクトリン)に合致する、最新MBT(主力戦車)としてT-64の開発に着手しました。しかし、新機軸を盛り込んだことなどの影響で開発に遅れが生じたため、その「保険」ともいうべき戦車として、T-62を開発・採用したのです。

 T-62は、世界初の滑腔砲搭載戦車です。装備する115mm滑腔砲は本来、T-64のために開発されたものでしたが、同車が車体や射撃システムの開発に手間どっていたことから、先に完成していた115mm滑腔砲を、既存のT-55戦車の発展型として、従来技術により造られている車体に搭載することで、T-62は誕生しました。

 泥濘や深い積雪上でも高い機動力の発揮が可能な幅広の履帯、被弾率がもっとも高い車体前面の投影面積を減らすための低い車高、その車体正面でもいちばん被弾する砲塔の被弾確率を減少させる目的で、ぎりぎりまで幅と高さを削り込んだ砲塔などが特徴。しかもその砲塔は、「弾に貫かれない」だけでなく「弾をはじく(滑らせる)」という概念も考慮したいわゆる「避弾経始」という理論により、お椀を伏せたような形状とされました。

初披露は今から半世紀以上も前

 また、攻撃力の要である115mm滑腔砲は、装甲貫徹力に優れた装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS弾)を使用するために、わざわざ滑腔砲とされました。実は当時の滑腔砲技術では、中射程以上での命中精度に難がありましたが、当時のソ連軍は、第2次世界大戦中のヨーロッパの地形や気象における戦車の交戦距離を参考に、1500m前後で適切な命中精度が得られればよしとしていたため、遠距離ではライフル砲より命中精度が劣る滑腔砲でも問題視しなかったのです。その結果、同じく世界で初めて実戦配備されたAPFSDS弾は、同砲用のものとなりました。

 なお、前述したようなポイントは、後継のT-64以降にも概念的に継承されている部分が多いようです。


ウクライナ領内で撃破されたロシア軍のT-62戦車(画像:ウクライナ国防省)。

 T-62にはT-64以降のソ連製(ロシア製)戦車より、乗員にとってありがたい点もありました。それは、自動装填装置がないため、砲弾が砲塔底部に配されておらず、ゆえに被弾時に砲塔が吹き飛ぶといった、いわゆる「びっくり箱戦車(Jack in the Box)」化しにくいというものです。

 しかし、一方で砲塔の高さと車高を低くしたために、主砲の俯角がほとんどとれず、起伏の多い場所では射界を得にくいという弱点もありました。

 T-62は、1965(昭和40)年5月9日に赤の広場で行なわれた「対独戦勝20周年祝賀パレード」で初めて公式に披露されましたが、それ以前から、西側軍事筋はかなり情報を得ていたようです。

 なお、肝心の実戦における戦績ですが、T-62はたとえ近代化改修されたアップグレードモデルであっても、第4次中東戦争や湾岸戦争などで、アメリカ製のM60戦車やM1「エイブラムス」戦車、イギリスの「チャレンジャー」戦車といったNATO加盟国の、いわゆる西側戦車には敵わないことが証明されています。

「クラシックカー」に乗りたい戦車兵いるのか?

 このように、すでに旧式戦車といえる存在のT-62は、絶え間なく性能向上が図られている同時代の西側戦車(M60やレオパルト1、AMX-30など)と比べても、格下の存在という見方が強いです。にもかかわらず、総生産数は約2万両に上るともいわれます。ソ連が崩壊し、国がロシアに変わった1990年代後半になっても、かなりの台数が二線級装備として現役にあり、2000年代に入っても、やはり多くが予備兵器として保管されていました。


ウクライナ領内に遺棄されたロシア軍のT-62戦車(画像:ウクライナ国防省)。

 今回のウクライナ侵攻で、ロシア軍はウクライナ軍が使用する「ジャベリン」対戦車ミサイルを始めとする西側の先進的な各種対戦車兵器により、T-72やT-90といった現役の第一線装備戦車を多数失っています。なお、その損耗率や損傷率は完全にロシア軍の当初予測を上回っているとか。

 加えて西側の経済制裁による影響などもあり、ロシア国内における戦車の新造が滞っているほか、長らく続いた財政困窮で予備部品の備蓄も少ないため、損傷戦車の修理すらままならない状況にあり、思うように前線へ向けて戦車の補充ができていないようです。

 そこで苦肉の策として、予備兵器として保管されていたT-62を引っ張り出し、再整備して第一線へ送り出しているのではないでしょうか。同車の生産期間は東西冷戦真っただ中の旧ソ連時代だったので、もしかしたら、新しい現用のロシア戦車より予備部品の備蓄は多いのかもしれません。それに、なにぶん前述したように約2万両も生産されているので「2個イチ」や「3個イチ」、はては「寄せ集め」でも整備が可能なのでしょう。

 しかも、T-62のような旧式戦車であろうと、最新のT-90M「プラルィヴ」であっても、あるいはお馴染みの「やられメカ」T-72も、西側の最新対戦車兵器の一撃で撃破されてしまうのは同じです。結果、このような「開き直り」が、ロシア軍によるT-62の再装備と第一線配備の背景にあると筆者(白石 光:戦史研究家)は考えます。

 とはいえ、こんな「クラシックカー」に乗せられて「ハイテクバトル」に送り出されるロシア戦車兵はどう思っているのでしょうか。できることなら、少しでも新しく強力な戦車に乗りたいのは万国共通でしょう。筆者としては、現場の兵士らの心情も気になります。