日本がバブル期前後に建造した帆船「日本丸」と「海王丸」。この2船が船齢40年を迎えようとしています。大規模修繕をするのか、後継船を造るのか、予算も場所も人手もないなか、帆船の必要性そのものが論じられているようです。

設計から建造まですべて国内で行った初の帆船

 船員養成を担う独立行政法人、海技教育機構が保有する練習帆船「日本丸」(2570総トン)と「海王丸」(2556総トン)が岐路に立たされています。国土交通省(国交省)は海技教育機構の第4期中期目標(2021年4月から2026年3月)において、効率的な業務運営に向けた船隊規模の検討について明記。その中には帆船を汽船へ更新する可能性も含まれました。

 実際、帆船「日本丸」は建造から間もなく40年を迎え、代替船を建造するか延命工事を行って使い続けるか、どちらを選ぶか判断しなければいけない時期に差し掛かっています。海上自衛隊が興味を持っているという話も違う方面から聞こえており、去就に注目が集まりそうです。


独立行政法人 海技教育機構が保有する練習帆船「日本丸」(深水千翔撮影)。

 現行の帆船「日本丸」と「海王丸」は、1930(昭和5)年に建造された先代の「日本丸」と「海王丸」の代替船として計画されました。建造ヤードは住友重機械工業 追浜造船所 浦賀工場(当時)です。構造は4本のマストを持つバーク型の帆船で、全長110.09m、幅13.8mと日本が保有した練習帆船としては最大規模。メインマストの高さは船楼甲板から43.5mもありました。

 1隻目の「日本丸」は1984(昭和59)年9月16日に竣工します。実は帆装・艤装の設計から建造まで、全て国内で一貫して行った帆船は「日本丸」が初めてでした。日本は大型洋式帆船の建造実績がそれまで5隻しかなく、加えて約50年ぶりの新造帆船ということもあり、開発にあたっては試行錯誤の連続だったそう。コンピューターを用いた解析や、模型を用いた水槽実験や風洞実験まで行われています。建造予算の総額は約68億円にのぼりました。

国産帆船建造のノウハウは今どこに?

 2隻目「海王丸」は1989(平成元)年9月12日に竣工。「日本丸」竣工から5年が経過していたため、バーキールの大型化や、帆装艤装の性能向上、可変ピッチプロペラの装備とさまざまな点で改良が図られており、「日本丸」よりも良好な帆走性能を持っています。機関や航海計器なども当時としては最新のものを搭載しました。

 こうして次世代の船員を育成するために、造船技術を結集して建造された「日本丸」と「海王丸」ですが、日本ではこれ以降、大型帆船は建造されていません。小型帆船も住重浦賀工場で1993(平成5)年3月31日に竣工した「みらいへ」(230総トン)が最後となっています。


横浜市内で保存・展示されている初代「日本丸」(深水千翔撮影)。

 先に建造された「日本丸」は老朽化が進んでいる上、全力での帆走に必要な乗組員と実習生を恒常的に確保するのも難しくなってきており、エンジンに負荷がかかり続けている状態です。初代「日本丸」も末期は遠洋航海の規模を縮小しており、同様の事態になる可能性が大いにあります。対策としては近年の環境規制に適合した最新鋭の主機への換装や救命設備の更新などを含めた大規模な改修、もしくは代替船の建造といった選択肢があげられますが、造船所と予算の問題が立ちはだかります。

 生まれ故郷である住重浦賀工場は艦艇専門ヤードとなった後、アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド(IHIMU)横浜工場(現JMU横浜事業所磯子工場)への完全統合に伴って2003(平成15)年3月に閉鎖。住重グループで造船事業を手掛ける住友重機械マリンエンジニアリングは現在、建造船種についてアフラマックスタンカーをメインとした中型タンカーに絞っており、官公庁船の建造からは手を引いている状態です。そのため新たに帆船の建造や、大規模改修を行う可能性は限りなくゼロに近いといえます。

帆船実習自体が時代にそぐわない?

 修繕はジャパンマリンユナイテッド(JMU)が、磯子工場で「日本丸」と「海王丸」の入渠を受け入れた実績があるため、帆船の構造に関するノウハウを蓄積していると考えられます。ただ、それが新造帆船の建造や大規模改修の施工へ結びつくかというと、難しいものがあるでしょう。

 ネックの一つになっているのがマストとヤード、索具などで構成されている帆装。これらは2隻にしかない特殊な設備であることから、新たに作る場合は技術力に加えて相当の費用が必要となります。鋼材価格の高騰でただでさえ新造船の船価が上がっていることに加え、甲板に敷き詰められているチーク材は海外からの輸入に頼っているため、記録的な円安が進んでいる状況では建造コストのさらなる上昇にもつながりかねません。


JMU磯子工場で修繕中の「海王丸」(深水千翔撮影)。

 海技教育機構は独立行政法人に移行後、運営費交付金が漸減し、今後も厳しい状況が見込まれていると指摘されている上、世界的な原油価格の上昇に伴う燃料費の高騰にも直面しており、その影響は航海訓練にも出てきているとか。そのため、新造にしても改修にしてもコストがかかる帆船を手放す可能性は十分にあります。

 また、国際条約の改正や技術革新に適応した人材が求められる中、帆船実習自体が時代にそぐわないといった意見も出ており、実際、国交省の中期目標では「他効率的な業務運営のために帆船を汽船に更新することも含め、船隊規模について検討する」と明記されています。

 このように課題山積の練習帆船。日本では旧帝国海軍も海上自衛隊についても、軍事組織が大型の練習帆船を保有したことはありませんが、他国を見回してみると軍が帆船を運用している例が多々見受けられます。

世界では軍が帆船を運用するケースが多々

 たとえば、アメリカは準軍事組織である沿岸警備隊が「イーグル」(満載排水量1784トン)を保有し、士官教育に使用しています。ちなみに同船は第2次世界大戦後にドイツから戦争賠償として得たもので、竣工時の船名は「ホルスト・ヴェッセル」でした。

 ヨーロッパ諸国も軍が練習帆船を保有・運用しており、ドイツ海軍の「ゴルチ・フォック」(満載排水量1760トン)や、イタリア海軍の「アメリゴ・ヴェスプッチ」(満載排水量4146トン)、ポルトガル海軍の「サグレス」(満載排水量1755トン)などが例として挙げられます。


並んで停泊する「海王丸」(前左)と「日本丸」(深水千翔撮影)。

 日本で見る機会が多いのは中南米の海軍が保有している練習帆船でしょう。たとえば2013(平成25)年9月にはコロンビア海軍の「グロリア」(排水量1300トン)が、2017(平成29)年9月にはメキシコ海軍の「クアウテモク」(排水量1800トン)が東京港に入港しました。2019年10月には天皇陛下の即位で祝賀ムードが漂う中、チリ海軍の「エスメラルダ」(満載排水量3754トン)が晴海ふ頭に接岸しています。

 ユニークな例としては民間の財団が保有しながら、船員教育やセーリング体験ツアー、クルージング、さらにはノルウェー海軍やオランダ海軍の士官教育などに使用されている「スターツロード・レムクル」があります。こちらは公的なバックアップも受けながら、クルーズ客の乗船料などから収入を得ることで、帆船を維持できるようにしています。

 練習帆船は天測航法のような伝統的な航海術を学びつつ、帆の展開作業などでチームワークを育む教育の場としての役割のほかに、遠洋航海で他国へ親善訪問した際に交流を行う「動く大使館」としての役割も持っています。そのため国の顔として、常に美しく保たれる必要があり、予算や人員が確保できる組織での運用が基本となっています。

 日本でも海技教育機構の練習船隊の見直しを契機に、帆船「日本丸」「海王丸」を例えば防衛省へ移管し、海上自衛隊の練習船として活用するなどといった新たな動きがあるかもしれません。