9割以上が男性、平均年齢が60歳近いタクシー業界に弱冠35歳の女性個人タクシー事業者が誕生しました。なぜ彼女はタクシー運転手になったのか、そして個人タクシードライバーになるための苦労はどれほどだったのか、聞きました。

リーマンショックによる勤務先の閉店が契機

 2022年9月20日、東京都内で35歳の女性個人タクシードライバーが誕生しました。なぜ、彼女は個人タクシーの道を選んだのでしょうか。

 一般社団法人全国ハイヤー・タクシー連合会が公開しているタクシー事業の現状によると、タクシーの運転者数は約37万人、そのうち女性数は7700人あまり。また運転者の平均年齢は56.8歳、平均勤続年数は9.3年。ゆえにタクシードライバーというと、中高年男性が中途の仕事として選ぶというイメージが定着しています。


35歳で個人タクシー事業者になった村瀬沙織さん(雪岡直樹撮影)。

 そうしたなか、女性最年少個人タクシー運転手となったのは村瀬沙織さん。八王子市や日野市、町田市、多摩市、稲城市がおもな活動範囲である南多摩エリアで営業する村瀬タクシーのオーナーです。

 経歴を聞くと、なんと元ギャル。若かりし頃の写真を見ると、いわゆる「ガングロギャル」でした。タクシードライバーを始めたのは2008(平成20)年夏の世界金融危機、俗にいう「リーマンショック」で務めていたキャバクラが閉店し、失業したことがきっかけだったそう。

 新たな仕事を探すなか、個人タクシー事業者であった父親から「タクシードライバーはイイぞ」「若いうちに始めれば、その分早くに個人タクシーを開業することも可能」といわれ、「若さ」と「女性」は武器になると考えて、軽い気持ちでタクシー業界に飛び込んだといいます。

「タクシーなんか」じゃない。「タクシーだから」なんだ!

 こうして、弱冠22歳で法人タクシーの運転手として仕事を始めた村瀬さんですが、やはり入る前に抱いていたタクシー会社のイメージは「THE 昭和の男社会!」というものだったとか。男性が9割以上を占める業界のため、ちょっと気後れする部分もあったようですが、入ってみたら逆に自分の父親世代ばかりで、むしろ周りが気を使って色々教えてくれたといいます。

「飯は食ったか?」「夜遊びばっかすんなよ」「客に絡まれたらすぐ呼べよ」などと、まさに父親のような声がけをしてくれ、それによって仕事上の不安はすぐ吹き飛んだと話してくれました。


センパイ個人タクシー事業者である父親とともに写る村瀬沙織さん。両者とも村瀬タクシーの名で営業している(雪岡直樹撮影)。

 ただ、友達など同世代は好意的に捉えてくれなかったようで、「なんでタクシーw」という反応だったとか。利用客からも「若いのにタクシーなんてもったいない」とよく言われたそうで、いまでも記憶に残っているそうです。

 タクシー運転手という職業が底辺に見られている、年金もらっている老人や働き口のない人が仕方なく選ぶ職業――「タクシーなんか」「タクシーなんて」と言われるたび、逆に、負けん気が強くなったのだそう。周りにはこう熱弁していたといいます。

「私は自らの意思でこの仕事を選んで好きでこの仕事をやっている。この仕事はただ客を運ぶ仕事と思われがちだけど、他人の人生に寄り添うことができる楽しい仕事だ」

 こうして、法人タクシー運転手として腕を磨いた村瀬さんですが、やはり親の背中を見ていたからか、当初から個人タクシー事業者になることを目指したそうです。

娘に励まされ、日々奮闘のシンママ運転手

 22歳でタクシー運転手になった村瀬さんは、10年間無事故無違反、同一会社勤務などの条件をクリアーすれば、最短32歳で個人タクシー事業者になることができました。実際、彼女もそれを目指し、最年少の女性個人タクシードライバーを目指して頑張ったといいますが、子どもができたことで入院と産休・育休せざるを得ず、泣く泣くその夢を後ろ倒しにしたと話してくれました。

 それでも35歳で個人タクシー事業者として開業したのはレアケースであり、彼女いわく「おそらく女性最年少の個人タクシー事業者」だとのこと。


父親や娘とともに笑顔を見せる村瀬沙織さん。シングルマザーならではの目線も忘れていない(雪岡直樹撮影)。

その間、離婚も経験し、いまではシングルマザーとして頑張る毎日。当初の目標からは3年遅れてしまったものの、営業車を我が子に初めて披露したとき、「ママのタクシー、かっこいい! ムラセタクシーって書いてあるよ。わたしも大きくなったらムラセタクシーになるの!」といってくれたのが、最高のプレゼントになったと嬉しそうに話してくれました。

 ただ、とうぜんながら個人タクシー事業者は個人事業主。自分のスタイルで好きな時間に好きなペースで仕事できるというメリットはあるものの、車両管理や運行管理、事務作業、会計処理など、それまで会社がやってくれていたことを全て自己責任でこなさなければならない苦労はあるとのこと。

 お客様の命を預かる仕事のため、全てにおいて手抜きはできないことから、車両管理や運行管理においての緊張感は常に持っているといいます。

将来乗ってみたい営業車は?

 ちなみに、まだ開業したばかりのため、現在の営業車は中古の「クラウンセダン」。将来乗ってみたい営業車について聞いてみたところ、少しばかり考えたのち「カムリ」もしくは「アルファード」と答えてくれました。

 理由を聞くと、カムリは純粋に自分が乗ってみたいからだそう。対してアルファードは、友人に心身障害児の親がいるからだといいます。


愛車のハンドルを握る村瀬さん。将来乗りたいクルマがあるそう(雪岡直樹撮影)。

 その子どもは座位保持車椅子を使っているため、必要に応じてタクシーを利用するそうですが、介護タクシーは完全予約制で利用するにはハードルが高いので、通常のタクシーを可能な範囲で福祉仕様にして、何かあったときは気軽にタクシーを使ってもらえるような体制を整え、障害児を育てている家族の移動の選択肢のひとつになりたいからだとのことでした。

 個人タクシードライバーとして事業を開始したばかりの村瀬さん。しかし我が子に励まされながら将来を見据えて仕事にまい進するその姿に、ここでも負けん気の強さを垣間見ることができました。