金利上昇や株価下落という逆風の中でも、強く勝ち抜くベンチャーの条件とは(デザイン:金子千鶴)

アメリカを震源とする株式市場の低迷が、世界のベンチャー企業に影を落とし始めている。

9月12日発売の『週刊東洋経済』では、「すごいベンチャー100 2022年最新版」を特集。注目のベンチャー100社の総力取材記事に加え、ベンチャー市場の最新トピックスも網羅する。

足元では、輝く「ユニコーン」(評価額10億ドル以上で創業10年以内の未上場企業)としてもてはやされた企業の評価額が急落し、相次いで人員削減を迫られている。ベンチャーキャピタル(VC)などの投資家は、利益を出すことを起業家たちに要求している。

影響は「まだ反映されていない」


日本のベンチャーにとってもひとごとではない。「評価額の下落は少しではない、半額だ」「想定した評価額に届かず、資金調達を諦めて事業を縮小した」。一部ベンチャーの経営陣からは苦しい声が聞こえ始めている。

スタートアップ情報プラットフォームのINITIALによれば、2022年1〜6月の国内ベンチャーの資金調達額は4160億円と、上半期として過去最高となった。大型調達が連発され、年間で初めて8000億円を超えた2021年を上回るペースではある。

とはいえ、レイターステージ(株式上場が視野に入る段階)のベンチャーが対象のファンドを運営するシニフィアンの朝倉祐介氏は、「大型調達ほど時間がかかるため、2021年から検討し2022年に入って完了したものもある。そもそもアメリカに比べ日本はレイターの比率が低いため、市況の変化がまだ反映されていない」と指摘する。




上場目前の企業に打撃

一部ではすでに影響が出始めている。

AI契約審査SaaS(Software as a Service)のリーガルフォースは、6月に137億円の大型調達を行ったが、「昨年であれば評価額はもっと高くつけられたと思う」(角田望社長)と語る。

SaaSを中心に、上場企業の時価総額や未上場企業の評価額は、これまで売上高倍率で30倍程度という高い水準だった。だが現状は「20倍、15倍という水準まで下がっている」(コーラルキャピタルの澤山陽平・創業パートナー)。

上場を直前で取りやめた企業も出ている。インフルエンサーや企業のマーケティング支援を手がけるエニーマインドグループやチャットボットのジールスは、既存投資家などからの調達に切り替えた。

内視鏡AIによるがん診断を手がけるAIメディカルサービスも80億円を調達したが、関係者によれば当初は上場を目指していたという。

投資家側を見ると、2021年は海外勢の動きが目立っていた。日本での投資を始めたソフトバンク・ビジョン・ファンドや、上場株と未上場株の両方に投資する「クロスオーバーファンド」が押し寄せた。

だが、「海外のクロスオーバーは2021年末以降、一気に引いた」と複数のファンドやベンチャー関係者が口をそろえる。


運用資金の多い海外勢はレイターへの投資を牽引してきたが、出し手が減れば調達できないベンチャーが続出する可能性がある。

調達は「早い者勝ち」に

香港を拠点とするクロスオーバーファンド、タイボーン・キャピタル・マネジメントで日本株投資責任者を務める持田昌幸氏は、「上場株が値下がりしている中、流動性の低い未上場株を高く買う理由は正直ない。ただ、高くても魅力的なベンチャーはあるので、投資は続ける」と話す。

さらに持田氏は、「レイターの投資家が減っている中、ベンチャーにとって資金調達は“早い者勝ち”。『評価額を下げたくないから、当面はコストを絞ってしのぐ』と思っても、競合が先に調達してしまうとその後の出し手がいなくなる。起業家のセンスが問われる段階になってきた」と話す。

別のある海外投資家は、「CVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)など、金融収益ではなく事業のシナジーを重視する投資家が株主に多いと、株価が割高になったままだ。反面、アメリカでは格安の会社がいくつも出ているので、無理して日本のベンチャーに投資する必要はない」と明かす。

(中川 雅博 : 東洋経済 記者)