アロマセラピストとしても活躍する大橋マキさん

「日焼けしちゃってるので、仕事で東京に行くとちょっと恥ずかしいんですよ」と笑うのは、元フジテレビアナウンサーの大橋マキさん(45)。1999年に入社し、2001年に退社するまで、人気アナウンサーとして活躍。そのころから、大きな口を開けて元気に笑う姿が印象的だったが、20年以上経った今も、その姿はまったく変わらない。

 14年ほど前に、東京都内から神奈川県葉山町に移住した。

「夫の仕事の都合で、半年ほどオランダのアムステルダムで暮らした時期があって。アムステルダムは都会なんですが、のんびりした場所なんです。川が流れていて空も大きくて、その中をのんびり自転車に乗ったりして。帰国してから『水辺に住みたいね』という話になって、葉山に引っ越しました。私は鎌倉で育ったこともあって、葉山に友達もいたので、ご縁があったんです。

 東京で暮らしていたころは、猛烈なスピードで時間が過ぎて、気がつくと夜になっていた、みたいな感覚でした。今になってみると、『夕日を見ないで過ごすって、なんてもったいなかったんだろう』って思います。太陽であるとか、季節の歩みとともに生活するのが当たり前になりました。今でもときどき、東京に行ってお仕事をするんですが、歩くペースも呼吸も違うような気がして、もう東京で暮らすのは無理かなって思います」

 現在は、10年前に立ち上げた一般社団法人「はっぷ」(法人化は5年前)の代表として、ガーデニングを通じてシニア世代の心と身体を支える活動をするほか、介護や園芸の専門スキルを持つ仲間たちと、リハビリ病院のプログラムなどをおこなっている。

「はっぷ」を立ち上げるきっかけになったのは、病院に6年半ほどアロマセラピストとして勤務した経験と、介護に関する出来事だった。

「700床近くある都内の病院で、アロマセラピストとして、患者さんのむくみや床ずれ予防などの施術をさせていただいていました。このことをご存知だった葉山町の社会福祉協議会さんから『介護をしているご家族、介護者のためのアロマセラピー講座を開いてくれませんか?』というお話をいただいて。それで、3年ほど講座を開かせていただきました。

 最初は、介護者の方が前向きになれたり、介護者と介護を受ける方のコミュニケーションの助けになったりするような、日常的に使えるアロマを紹介していたのですが、そのなかで『いちばん必要なのは、本当にアロマなのかな』と疑問を抱き始めたんです」

 大橋さんは、介護が閉じた環境でおこなわれていると感じていた。

「アロマの講座に参加していた方から、介護に関する体験談を直接、聞きました。皆さん、本当に切実で。まだ介護が今のように“プロの手を借りるもの”という時代ではなかったので、自宅で介護をされているご家族は、ご近所にもそのことをあまり言わないような状態でした。介護の悩みが語られる場所は、いつもグレーの壁の会議室だし、なんでこんなに“隔離”されているんだろうって思ったんです。

 葉山には、ワカメにタケノコに山菜にヒジキなど、地元で採れる四季折々の食材がたくさんあり、旬を楽しむことが、世代を超えて日常になっています。こうした葉山の自然を、介護に活かせないかと思ったんです。普段は話しづらい話でも、畑の土をいじりながらだと、できるのではないか。そう思って『もしよかったら、一緒に畑をやりませんか?』と、アロマの講座の最終回で、出席されていた方に呼びかけたんです。そこで、参加すると言ってくださった人たちと一緒に『はっぷ』の前身となる活動をスタートさせました」

「はっぷ」の活動では、高齢者と接することも多い。葉山の野山に育つ植物の話など、“おばあちゃんの知恵袋”のような話を聞く機会が増えていった。そして、それを後世に残せないかと考え、1冊の本にまとめることに。それが「はっぷ」のメンバーが力を合わせて完成させた『葉山 和ハーブ手帖』だ。葉山周辺の書店やオンラインなどで販売されているが、口コミで広がり、全国的に人気となっている。

「おばあちゃんたちは、実際はキラキラしているんですが、写真にすると、どうしても“いぶし銀”の渋いビジュアルになってしまって(笑)。いまの“映える世の中”で、どうしたらおばあちゃんたちの魅力が伝わるかと考えて、地元の友人に頼んで、温かなイラストを描いてもらいました。

 アメリカの企業「UPS」の助成金を申請して製作費に充てました。私は編集と執筆を担当しましたが、何もかも初めての作業だったので、完成するまでは大変でした。おかげさまで『葉山 和ハーブ手帖』を見てくださって、『コラボしたい』とお声がけしていただくことや、講演の依頼が増えたんです。『葉山 和ハーブ手帖』をテキスト代わりにお話をするんですが、好評で。こうして広がっていくことは嬉しいなって思います」

 アロマセラピストや社団法人の代表以外にも、母としての顔を持つ。子育てももちろん、葉山の自然の中だ。

「葉山は海も山もあって、贅沢な場所だなって思います。中学3年生の長女は、そんな自然の中でめちゃくちゃ青春してますし、小学5年生の長男は、川や海から魚を獲ってきて育てながら、自然について学んだりしてます。葉山の自然のおかげで、コロナ禍のなかでも息が詰まることなく過ごせました。

 私も今年、46歳になるんですが、老いは誰にでも訪れるものですよね。そんなに先の話ではないなって思ったりして(笑)。葉山が楽しくエイジングできる場所になればいいなって。そこで年を重ねたくなるような町になればいいなって思います。

 私は、体調のことと、アロマに夢中になってしまったこともあって、フジテレビを退社しました。アロマは土に生えているものを蒸留するので、追いかければ追いかけるほど、最終的には目が土に行ってしまう。そんな私が、いま夢中になっているのが畑で土をいじること。土に帰って良かったなって(笑)。土いじりをしている今が、いちばん心地いいですね」

 そう笑う大橋さんは、おでこに土をつけながら、大きく口を開けて笑った。