能力の高いライバルから受ける刺激も、京都移籍の決め手になった。写真:田中研治

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 攻守の重要局面となる「バイタルエリア」で輝く選手たちのサッカー観に迫る連載インタビューシリーズ「バイタルエリアの仕事人」。第19回は、京都サンガF.C.のGK上福元直人だ。

 順天堂大4年次の2011年に大分トリニータの特別指定選手となり、12年に加入。当時JFLだったFC町田ゼルビアへの期限付き移籍を経て、4年目の15年に公式戦初出場。17年にレギュラーの座を確保すると、18年に東京ヴェルディ、20年には徳島ヴォルティスに移籍。21年に初めてJ1のピッチに立つ。

 そして、今季は京都に加入。GK5人体制で、昨シーズンは33試合に出場した若原智哉やニュージーランド代表のマイケル・ウッドもいるなかで、開幕からスタメンを確保し、ここまで21試合に出場。ビッグセーブを連発していて、苗字をもじって“神福元”とも称されている。京都への移籍を決意した経緯は、どのようなものだったのだろうか。

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 昨シーズン終了後、徳島との契約を残している状況で、年末まで移籍の話はありませんでした。クラブに残留して「新シーズンをJ2で戦う」とイメージしていたなかで、京都から移籍のオファーがありました。

 誘いをもらった時に、徳島はJ1からJ2に降格、逆に京都はJ2から昇格したチームという2つの選択肢があり、どういう1年間を歩むか決断するなかで、大切にしたかったのは“どちらがより大きく成長できるか”でした。今年の11月で33歳、あと何年現役を続けられるか分かりませんが、成長できるかどうかは判断材料の大きな要素でした。

 京都での1年間で何を積み上げて、どのようなスタイルでプレーするのか、興味がありました。興味があった時点で、自分の気持ちが新しいチームでチャレンジしたいという方向に傾いた。自分に正直になったほうが、後悔せずに前に進んでいけるという気持ちが大きかったので、オファーを受けました。

 チーム内に強力なライバルがいるなかで、自分のプレーに集中するのは意外と難しいです。でも、ライバルの良いプレーから刺激を受けながら成長できる面もあります。自分に自信を持ち、周りに左右されずに、集中し続けてプレーできるか。僕にとっては魅力的なチャレンジで、移籍の決断に至った大切な要素の一つでした。

 成長への意欲は、とても大事だと思います。京都加入後、者貴裁監督から「『自分というプレーヤーはこういうプレーしかできない』という感覚になった時点で成長は止まる」という指導をしてもらっています。成長への意識を忘れてはいけないと、改めて感じています。
 大卒でJリーグに飛び込んだ上福元は、2015年7月18日のJ2第24節、V・ファーレン長崎戦で公式戦デビューするまでに約4年を要した。

 4年という月日は決して短くはなかったはずだ。大分で公式戦に出られない日々、どのように過ごしていたのか。

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 試合に出られない理由は、自分の中ではっきりと整理できていました。順天堂大で4年の途中から特別指定で大分に参加していたので、プロ4年目の7月の初出場まで、丸4年間くらい公式戦の機会がありませんでした。

 その間、メンバー外になったり、サブのメンバーとしてベンチ入りできたり、色々な状況やタイミングはありました。ただ、自分が「スタメンで出られるか?」と客観的に分析した時に、まだまだ力が足りないのは分かっていました。

 そういう状態で、本当にキリがなかったのですが、判断力、技術力、体力、どの部分でも上がいるなかで、トレーニングを積み上げた4年間でした。自分に自信がなかったわけではないのですが、当時のスタメン選手と自分を比べると、単純にふさわしくない要素だらけでした。