コロナ禍で世界に広がる『あつ森』現象 その歴史をTwitterで振り返る - 木下拓海

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※この記事は2020年08月24日にBLOGOSで公開されたものです


DAY1:ビッグバン


任天堂に史上空前の営業利益をもたらし、全世界で2240万本も売れた無人島開拓シミュレーションゲーム『あつまれ どうぶつの森』(略して、あつ森)。その影響はTwitterにも及び、ゲームに関する会話量が3月後半以降に71%も増加。ツイートしたユーザーの数も38%増えたという。



そこで意を決して、過去のあつ森に関する全ツイートを日本語と英語で遡って見てみることにした。ここにはこれからのエンタメを考える上で、重大なヒントが埋もれているかもしれない。


とはいえ心境は、もはやエベレスト登山に挑戦するかのよう…。さすがにすべてのツイートは量が多すぎるため、100リツイート以上されたツイートを中心に、気になったものを掘り下げていく方向で山を登ってみることにした。


というわけで、まずは発売初日である2020年3月20日(金)。その日、いったいどんな動きがTwitterでは見られたのだろうか?


まず数百人のVTuberたちが群がった


まだ販売店が閉まっている2020年3月20日の午前0時。まずダウンロード版のあつ森の発売が始まった。その瞬間から大量のVTuberたちが、YouTubeであつ森のゲーム配信を一斉にスタート。その数、少なくとも200人以上にも及ぶ。



それと同時に、それらあつ森VTuberをスプレッドシートで一覧化し、リンクをつけてチャンネルへと飛べるようにした人も出現。時間の経過とともにVTuberの人数は膨れ上がっていき、最終的には500人近くのVTuberが配信をしたことが確認されている。



そんなVTuberたちに対して、“V”ではないリアルなYouTuberたちも負けていない。発売当日からヒカキンや、水溜りボンドのカンタといった有名どころもあつ森動画を抜け目なく投稿し、さらに、ぬいぐるみ芸で知られるお笑い芸人のパペットマペットや、『鬼滅の刃』の主人公役などでも知られる声優の花江夏樹もYouTubeで配信を始めたために、その日のYouTubeはあつ森一色となった。



また、それら番組に混じって、ゲーム画面をキャプチャしただけのショート動画もTwitterなどに大量に投稿されていく。あつ森になって初めて、簡単に動画を録画してSNSに投稿できるようになったのだ。この新機能では、ボタンを押してから録画が始まるのではなく、ボタンを押すまでの最大30秒分が遡って録画される。つまり偶然起きたゲーム内のハプニングを、逃すことなく後で記録できるというわけだ。


実際に発売日に早速投稿されたこのショート動画では、プレイヤーが虫を採ろうとしていたら、コンピュータによって動かされた島の住民(緑のクマ・チャーミー)がたまたまその上に座ってしまったというハプニングを記録している。虫を踏みつぶした後に「何か?」という表情でプレイヤーを見つめ返すチャーミーの表情。これにグッときた人が多かったようで、リツイート数は30.5万、いいねは95.5万を記録。さらにこの動画は、2日のタイムラグを挟んで英語圏のTwitterでも拡散した。



発売の瞬間から急激に充実していく、あつ森周りの動画コンテンツ。一方で静止画コンテンツもまた大量に供給されていく。


発売されたその日から、Twitterなどであつ森漫画を公開する漫画家が現れ、以降、膨大な数のあつ森漫画がプロアマ多方面から投稿されることになる。それはイラストについても同様で、自分のタッチでお気に入りあつ森キャラを描く人や、プレイした感想を早速イラストにまとめて伝える人、そしてキャラを擬人化する人が、その日のうちに登場する。



ちなみにこのキャラ、元はシーズー犬の「しずえ」(島の役場の職員)なのだが、上記イラストにも出ている麦茶にご注目いただきたい。これが外国人には何かわからず…。



朝からウィスキーをロックで飲んでるやばい女として発売前から話題に。そのため、同日発売されたゲーム『DOOM Eternal』と祝杯をあげるイラストが投稿されるなど、“呑んだくれのしずえ”というキャラクターが英語圏で流行し、やがてそれは日本でも話題となる。



発売当日の英語圏のTwitterは、日本とはまるで違う雰囲気だ。やや商売っ気を感じるYouTuberなどで賑々しい日本のタイムラインとは打って変わって、どこかのんびりとしていてゲーム配信者の数も少なく、上のイラストのようなDOOMと勝手にコラボさせたファンアートが目立つ。中でもこのライブ動画は力作だ。この日のために用意周到に作られたものなのだろう。



バーチャル上に竹下通りor新大久保が出現


このようにあつ森は発売の瞬間、あるいは発売前から、VTuberやYouTuber、芸能人、声優、漫画家、イラストレーターといったほうぼうの才能によっておもしろ画像や動画などが怒涛の勢いで供給されていったわけだが、彼らに負けないスピード感で食い込んできたある勢力の存在も見逃せない。“お菓子勢”だ。





発売初日からキャラや島をモチーフにしたアイシングクッキーや、ラテアートなどが大量に投稿され、Twitterのタイムライン上はまるで縁日のような賑わいになる。それぞれの投稿が屋台のようであり、「寄ってらっしゃい見てらっしゃい」とタイムラインを練り歩く通行人をいざなっているかのようだ。


さらにお菓子勢だけでなく、洋服勢までが存在する。あつ森には自分でデザインした衣装やパターンを、自分のキャラに着せたり、島に貼ったりできる「マイデザイン(略してマイデザ)」という機能があり、そのデータをTwitterなどでシェアすることも可能。つまり無料配布することができるのだ。


早速マイデザを使って、自分の好きなアイドルやアニメキャラの衣装を再現してみたり、



自分の好きなアーティストのジャケットを作って楽しむ人たちが現れた。



ツイートを概観した感じでは、衣装の中では特にメイド服のマイデザを作る人が多く、血まみれバージョンを公開した人が話題になった。



ちなみに、あつ森内でどう使うのかいまいち謎だが、公式ホームページの表示が速いことで有名な“阿部寛”の顔のマイデザも、そのスピードに負けない速さで作られた。



そして、これまたスピーディーな記事化で知られる「ねとらぼ」によって作者は取材され、投稿からわずか16時間後にはインタビュー記事として公開。こうして話題はものすごい速度で、あつ森にそれほど関心のない“外部”に対しても向けられていく。



「何かいいデザインないかな?」と参考にできそうなマイデザをTwitterで探す感覚は、もはや縁日というより、原宿竹下通りや新大久保の街をブラブラと歩いている感覚に近いのかもしれない。おしゃれなお菓子やイラストもあって、有名YouTuberや声優のショップもある。人気アニメやゲームキャラのグッズで溢れかえっている。しかもそこでは、“カブ”を高値で売るチャンスもあるのだ。


カブ取引できる市場もオープン


カブとは野菜のカブのことだ。あつ森の島では毎週日曜にカブを買うことができて、月曜から土曜にかけて毎日午前と午後でカブ価が変動し、その価格で「タヌキ商店」に売ることができる。買った金額よりも高値で売れたらそれが儲けになるという、まさに株なカブなのだ。


発売初日からTwitterでは、ゲーム内の時間を操作している“タイムトラベル勢”と思しき人たちから、カブ価が暴騰したという報告が見られるようになった。そして自分の島のパスワードを公開することで、通信プレイによって誰でも来島できるようにして、カブを売らせる。その売却益の一部を見返りにもらうことで、来島者も自分もウィンウィンになるという取引が始まった。



やがてその対価は、みんなのゲームの進展具合やアップデートによって、ゲーム内のお金「ベル」から、「マイル旅行券」や「金鉱石」「真珠」など、その都度入手が大変で“価値のあるもの”へと変遷していく。まさに“市場”そのものだ。



ちなみにこの取引は、ネット通信ができるようになった2005年11月発売の『おいでよ どうぶつの森』(ニンテンドーDS)の頃から行われているようだが、ただし当時はTwitterはまだ存在せず、mixiやブログなどで自分の村(あつ森でいう島)のカブ価や開門情報が交換されていた。


そんな経済の本質をあつ森に感じたからなのだろうか、アメリカのビジネス誌「ブルームバーグ ビジネスウィーク」も「あつ森=だいたい65ドル(税込)、WTI原油3バレル=22.90ドル×3 どちらを買うべきか?」と発売日にツイートしている。



そして翌日にはあつ森上でドラム缶を3つ手に入れて、こう報告した。「どちらも買いました」。



そんなカブ取引が始まる一方で、Twitterではあつ森攻略アカウントがいくつか始動。ゲームのノウハウのみならず、おもしろ動画やマイデザ、流行なども随時伝える“街の案内所”のような役割を果たしていく。


同時に「フォロー&リツイートであつ森を●名様にプレゼント!」といった、嘘か本当かわからない呼び声が飛び交い、東京から遠く離れた隠岐の島のおもちゃ屋でもあつ森の入荷を伝え、



その合間を縫うように「俺の生活のほうがあつ森だ」と“田舎暮らしおじさん”がつぶやく。さらに言うと、信長の敦盛とかけたダジャレを披露する“歴史好きおじさん”も散見される。それが『あつまれ どうぶつの森』1日目のTwitterの様子であった。


公式とファンの絶妙なバランス


この時点でまだ99.9999%のプレイヤーの島は、開拓が進んでいないほとんどサラの無人島だ。だが、こうしてTwitter上に様々なコンテンツがファンの側から供給されることで、それら島々を取り巻く周囲では一夜にして名実ともに立派な“市”が立った。それはもはや市という規模ではない。あつ森を中心に集まった城下町と言えそうなスケールだ。そこに行けばなんでもある。それはまさに無から突如ユニバースが生まれたビッグバンのようだ。


SNSがこれだけ普及した今、公式側(コンテンツ制作者)は自らのコンテンツだけでなく、これらファンダム(ファンによって作られる世界)についても考慮せねばならない。ゲームやライブはこのファンダムと両輪で盛り上がっていく、もはや両者は不可分の関係なのだ。


しかもそのファンダムの賑わいはファン側から自発的に生まれるものであって、公式側が狙って作れるものではない。このあつ森の賑わいは『どうぶつの森』シリーズの19年の長い歴史で培われた信用を土台にして花を咲かせている。それがまだ盤石でないうちに、ファンと公式、どちらかの思いが強くなりすぎてしまうとたちまちバランスは狂い、その城下町は砂上の楼閣のごとく消え去ってしまう…ということを、3月20日、まさにその日死んだワニくんは教えてくれた。


こうしてあつ森はコロナ禍という状況を追い風に、急ピッチでインフラが整えられ、その中で新しいアイデアや楽しみ方がファンの側から供給されていく。これはまだほんの始まり。発売からわずか24時間の出来事だった。